第五話
「先月大統領閣下は仰った。『What should we do? It’s to never surrender!』。これは〈暗黒物質〉への宣戦布告とみていいだろう」
あの中にいるのは神だとか、はたまた世界征服を目論む秘密結社だとか。そんなことが囁かれ続けているが、アメリカ軍の見解はただ一つ。あれに何がいようと、敵だと。
「我々はこの宣言をもとに、ロシア率いるPPCと〈
円卓で球状のホロディスプレイを囲み、年のいった士官たちがタブレット端末を凝視しながら眉を顰める。
初老の司令長官はそう話し、沈黙が流れた。
また、ペンタゴンからの丸投げかと、ここにいる皆が思ったことだろう。
空母打撃群は、有事の際に大統領がまず最初に所在を確認するほどに信頼されており、重要だ。ペンタゴンから無理難題を投げられるのも納得できる。
「まずは台湾だが。台湾の作戦は海兵隊との共同作戦となる。〈
ホロディスプレイにはアメリカ級強襲揚陸艦アメリカ、サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦のポートランドやハリスバーグが浮かび上がる。太平洋を航行中の艦らしい。これを見ると、本当に反撃が始まるのだと思わされる。
海上の空母打撃群によってロシア・中国海軍を撃退したのはさすがアメリカ海軍だ。
「長官、発言の許可を」
グリズリー少将がそう言う。真っ直ぐな目で、初老の男を見つつ。
初老の男が小さく頷くと、少将は席から立った。
「制空確保にはオスロ協定のイングランドやフランスの協力がありましたが、本作戦に彼らは参加しないのでしょうか」
特にイングランドはクイーン・エリザベス級空母を中心とした強力な空母打撃群を保有しているほか、航空戦力や海兵隊の兵力も侮れない。〈暗黒物質〉の警戒や抑止に戦力を裂いている米軍からすれば、イングランド軍は貴重な戦力になりうる。
「先にフランスについてだが、ポーランド戦線に戦力を割いているために協力を断念。イングランド軍はクイーン・エリザベスの損傷の為に海兵隊のみの参加だ」
「ありがとうございます」
ノエルは考える。
フランス軍は長官のいった通りポーランド戦線で行き詰まっており、イングランド海兵隊の戦力はおよそ三千。
敵は恐らく強力な戦車や装甲車を以て迎撃するに違いない。素人でもわかる、戦力が圧倒的に足りない。
台湾はすでに敵の根城だ。2042年になった今でも、攻撃三倍の法則は攻撃側戦略の基になる考え方であるが。
「そして特殊作戦小隊、名を改めてアルカンシエル小隊は、海兵隊の上陸もとい陽動の後上空から台東、花蓮への攻撃を開始する」
そう、精鋭の攻撃を邪魔されないための大規模な陽動を強襲上陸で行うということだ。
ノルマンディー上陸作戦をはじめとするオーバーロード作戦や、沖縄戦。計画のみで終わったがダウンフォール作戦。それらは上陸隊やそれに続く兵を主戦力として組み立てられた大規模なものだ。
だが今回は違う。まったくもって、だ。
「台東、花蓮の重要軍事施設の破壊だが、すべてアルカンシエル小隊のみの作戦となる。上陸隊の負担を考慮し、タイムリミットは二時間。軽十か所の飛行場と陸軍基地を踏みつぶせ」
台湾の東側。台東県と花蓮県に十か所、赤点が出現する。基地のネームと座標が続けて表示。
「作戦決行は三か月後だ。細かい説明だが――」
「一時間でできます」
ノエルは口を挟んだ。周囲の人間は驚愕するが、当の本人は冷静沈着に、だが少し微笑みを持って、タブレット端末を見る。
F-14トムキャットを彷彿とさせる可変後退翼のそれ。空母の格納庫に詰められた同機だが、五機だけ、その存在感と異彩を放っている。
ノエルはLexingtonという刻印を撫で、パーソナルナンバーを次に撫でる。
人工神経を初めて取り付けた兵器である〈サンドリオン〉であるが、まだその恩恵を全く感じていない。だがこうやって撫でられている間、〈レキシントン〉の中央処理装置にくすぐったいや気持ちいいなどという感覚が発せられているのだろうか。
そんなことを思慮した後、ノエルは〈ドグマの黒眼作戦〉の資料を見る。もう二年も戦場に立っていた齢十六の少女だが、こんな大規模作戦に参加するのは初めてだ。
「緊張するね、ノエル」
背後から、聞きなれた声が格納庫に響いた。
アメリア・セルディック中尉。普段ノエルはミリーという愛称で呼んでいて、二年前から飛行隊隊長と副隊長の仲。ウィングメイトであって、戦友である。
ミリーが羽織っている水色の軍服はとても可憐で、よく似合っている。全てのボタンを留めており、ミリーらしいなとノエルは思う。
「こんな作戦初めてだから、死ぬかもしれないし」
ミリーはそう続けた。〈サンドリオン〉に少年少女が適合しているとはいえ、非人道極まりないと、普通の感覚の人は思うだろうか。
「大丈夫。私とミリーはもう二年も戦ってるんだから。これまでどんな任務でもこなしてきた。今回も成功するよ」
ノエルは初めて部隊の隊長になった一年前から、隊員を誰一人死なせたことがない。女神と言われたこともあるほどだ。
「あと……」
ノエルは繰り返す。深刻な眼差しで〈レキシントン〉を眺めて。
「私たちの敵は人間だけじゃない」
「分かってる」
ここより何百キロも遠い。人類からも程遠い存在であり、アメリカ政府は長くその存在を隠してきた。
これはノエルの勝手な想像であるが、あれが人類を直接的な攻撃を敢行する日は近いだろう。
対中戦で死ぬはずがないが、敵が非人間であった場合。死亡のリスクはどんと跳ね上がる。
対人間の為にやってきた訓練や演習などは一切意味をなさないだろう。災害という地球規模の武器を持つ奴らに、こんなちっぽけな兵器で対抗できるはずもない。
「神に対抗する為にも、人間同士が争ってる時間なんて」
ないはずなのに。
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