第45話 不思議な夢

まぁやんが救急搬送されてから2日目の夜の事だった。

恋はまぁやんの手を握っていたが、微かに動いた気がした。

「ん?まぁ兄?まぁ兄!聞こえる?聞こえたら手を握って?」

するとまぁやんの手が微かに恋の手を握った。

「すぐ先生呼ぶね!」

恋はナースコールを押した。

「どうしました?」

「まぁ兄の…いや!高崎の手が動きました」

「すぐ行きますね」

そしてすぐに佐々木医師と看護師数名が来た。

佐々木医師がまぁやんの瞳孔などを確認して、

「高崎さん!聞こえますか?高崎さん?」

すると目が少し開いた。

「期間内チューブを外して、酸素マスクに変えよう」

「はい高崎さーん。ちょっと苦しいけど頑張ってくださいねー」

まぁやんの気管に挿入されたチューブが外された。

「高崎さん、何か話せますか?」

「……あ…う……あぁ…」

「意識レベル問題ありません」

「よく頑張りましたねー。もう大丈夫です」

恋の目から涙が溢れた。

「先生!ありがとうございます。ありがとうございます!」

「いや、私は何も…高崎さんの生きようとする力です」

「先生…」

「チューブが入っていたので、喋れるまでちょっと掛かるかもしれません。まずは側にいてあげてください」

「はい!」

まぁやんは呆然と天井を見上げていた。

「俺…どう…したんだ…?」

「あのね、まぁ兄は仕事中に倒れたんだよ。心筋梗塞だって」

「心筋梗塞…何か覚えているのは…胸の凄い痛みあった直後から意識が…」

「でも良かった…ほんと…」

恋は涙をポロポロ流した。

「すまん…心配かけた…」

「ううん。まぁ兄が無事なだけで…ほんと…」

まぁやんはまた天井を見上げた。

そして力ない言葉で語り始めた

「俺…夢を見てたんだな…」

「夢?どんな?」

「見たこともない場所…川が流れていて…河川敷みたいな場所なんだけど…誰もいないんだ…俺一人だけ…河川敷を歩いていたんだ…」

「うん」

「そしたらなぜか、目の前に俺たちが育った興正学園が出てきてな…中に入ったんだけど…誰もいないんだ。食堂や談話室、俺たちの部屋…でも当時のままなんだ…」

「わたしの部屋は?みた?」

「恋の部屋も見たよ…俺らが送ったランドセルがあったんだけど、恋はいなかった」

「ランドセル…懐かしいね」

「あぁ。それからまた河川敷を歩き始めた。どこに向かってるのかわからないんだけど…歩いていたら…」

「いたら?」

「遠くで手を振ってる人がいたんだ。俺はその人のほうに向かっていった。そして…その人は舞華だった…」

「まい姉?まい姉がいたの?」

「あぁ。俺嬉しくてな…やっと会えたっと思った。舞華のやつ、満面の笑みだった。俺が大好きだった笑顔だったんだ。俺、舞華の元に行こうとしたんだ」

「…うん…ぐす…」

「そしたっけな…頭の中っていうか…舞華の声が聞こえたんだ。『まぁやん…まだダメだよ…こっちじゃないよ』ってな…」

「まい姉…」

「そしたっけ、舞華の足元から2匹の猫が出てきてな…そのうちの一匹がみりんだったんだ。みりんともう一匹の…見たことない寅柄の猫が俺の足元でコシコシしてきて…」

「みりん達が…」

「その瞬間、俺の足が勝手に動いて、歩いてきた道を引き返す感じになって…みりんともう一匹の猫が先導して、俺もそのあとをついていく形になってな…俺は舞華と離れたくない一心で舞華の元に行こうとするんだけど…ダメだったんだ…」

「まだ…来ちゃダメってことだね…」

「振り向いたら…舞華がまた手を振ってて…そしたらまた頭の中で舞華の声がしたんだ」

「まい姉はなんて?」

「今じゃないから…また…逢おうね…って」

「…うぅ…まい姉が…まぁ兄を引き戻してくれたんだ…」

「そうなのかな…」

「そうだよ!あとみりんと…もう一匹のネコちゃんも…何だか天の使いみたいだね」

「天の使いかぁ…」

「うん…でも良かった…ほんとによかった…」

まぁやんは恋の頭を撫でながら

「もう泣くなよ…いい女が台無しじゃねぇか」

「…もう!バカ!」

「ふふふ…あぁ何か久々に喋ったら疲れたな」

「うん。無理しないで…わたし、一旦帰ってみんなに知らせてくるから…」

「わかった…みんなに謝っといてくれ…心配させたから」

「うん!わかった。また来るね」

恋は涙を拭い…笑顔で病院を後にした…


まぁやんはその後、しばらく入院したが、順調に回復して退院した。

「まぁ兄、退院おめでとう!みりんちゃんはしっかりお預かりさせていただいてます!」

「ありがとうな!いやー死ぬかと思ったぜ!」

「あほ!そんなんで死ぬタマかよ!お前は!」

龍弥が車を運転しながらツッコミを入れた。

「そうかね?龍弥くん、人はいつ何が起きるかわからんのだよ。わかるかね?君に」

「お前…もういっぺん死の淵に行ってくるか?」

いつものまぁやんと龍弥のやりとり…それが聞けて、恋は小さな幸福感を感じた。

「もう!二人とも!やめなさい!」

「ほーい!」

「へーい!」

3人で笑い合った。他愛のないことが一番幸せだと感じた瞬間であった。


まぁやんの家に着くと、玄関の前に一匹の猫が座っていた。まるでまぁやんの帰りを待っていたかのように。

「ノラちゃんかな?可愛い」

「あっ!」

まぁやんが驚きの声を上げた。

「どした?まぁやん」

「夢に出てきた猫だ…」

「うそ!あの時の話の?」

「何?あの時のって?」

「まぁ兄が意識不明の時に見た夢…そこに出てきた猫ちゃんみたい。みりんと一緒にいた…って」

その猫は、まぁやんを見つけるなりまっすぐまぁやんの元に歩き出し、まぁやんが手を差し出すと、顔を擦り付けた。

「随分人に慣れてる猫だな?元飼い猫かな」

「でも首輪とかないね」

「……うちで引き取るよ」

「え!マジ?」

「おおマジだよ。何かの縁だしな」

「まぁ兄、本気で言ってるの?」

「だから本気だって」

まぁやんは猫を抱っこして、家に連れて行った。

「もう!言い出したら聞かないんだから!」

すると龍弥が恋の頭をポンっと叩いて

「なんかよ!いつものまぁやんじゃね?あの猫も、なんか意味があるんだよ。好きにさせてやろう」

「うん…わかった!じゃあ、わたしがお風呂に入れる!」

恋は走って、まぁやんの家に入って行った。

「結局ノリノリじゃん。ほんっとあのふたりは似た者同士だな」

その日から、まぁやんの家族が増えた。

猫の名前は『ちゅり』と名付けた。

名付け親は恋であった。

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