第二章 家族

第5話 康二と恋



ここに一組の兄妹がいた。

康二と恋である

ふたりは歳の離れた兄妹。

康二が15歳、恋が4歳。

ふたりの父は借金を残して失踪、母は育児放棄してパチンコ狂い。

典型的な不幸な家族だ。

食事も満足に与えられず、毎日母が置いていく1000円が二人の食費であり命綱であった。

育ち盛りの子供二人では、充分に満たされず、康二は給食費も払えず、非常に貧しかった。

大人に優しくされたことがない。康二が通ってた学校の教師も康二のことには知らんぷり。

当時、市営住宅に住んでいて、賃料も滞納。

市の職員が訪問して、はじめてこの家の実情が表沙汰となった。

すぐに児童相談所に通報されて、児童施設へと行くことになった。

出発する日は雨が降りしきっており、ふたりは児童相談所の人の車に乗せられた。

その時、彼らの母親はほっとしたような顔をした。康二は憎しみを込めた表情で母親を睨みつけた。

彼らが行くことになったのが、児童養護施設「興正学園」である。

外は雨が強く降っていた。

施設に着くと反抗心からか、職員が差し出した傘には入らず、雨に打たれながら施設へ歩みを進めた。

彼らは大人が信用できないからだ。

恋は兄である康二の手をぎゅっと握り、歩いていた。

女性の職員の美和さんが迎えてくれた。

「やだーずぶ濡れじゃないの!風邪ひいちゃう!」

美和さんは、おっきくて真っ白なフアフアなタオルを掛けてくれた。

柔軟剤のいい匂いがするタオル…

康二と恋は、今まで大人は「敵」だと認識してた。

だから急に優しく迎え入れてくれた事に困惑していた。

「何も心配することないよ。今日からみんなが家族だからね」

その言葉を聞いた恋は涙が溢れて大きな声で泣いてしまった。

「あらー恋ちゃん。大丈夫!大丈夫だよ!」

美和さんが恋を抱きしめて頭を撫でた。

康二はそのそばで恋をなだめていた。

その時、入り口付近から声がした。

「まーたアンタ達!喧嘩してきたのかい!」

「ごめんごめん!ちょっと許せない奴らでさー」

「ちょっと、龍の怪我見てやってよ」

元気な二人の男の子の声がした。

まぁやんと龍弥である。

「ちょっとあんたら泥だらけなんだから、さきに風呂場に行きなさい」

みさき先生がふたりの後ろから叫んだ。

そしてまぁやんが康二と恋に気づいた。

「あれ?新しい子たち?」

まぁやんは泥だらけで、顔に傷があって、髪がリーゼントだったので、恋は怖がって美和さんの後ろに隠れた。

「そうだよ!仲良くしてあげるんだよ」

美和さんがまぁやんに頼んだ。

するとまぁやんは肩を貸してた龍弥を振り解いた。

途端に龍弥は尻餅をついた。

「って!まぁやん!ひどい!」

その言葉をスルーして、まぁやんは恋の目の前まできて、しゃがんだ。

「よう!俺、雅志ってんだ。みんなはまぁやんって呼んでるからまぁやんでいいよ!よろしくな!はいこれ!」

傷だらけの手を差し出して、見るとそこにはいちご味の飴がふたつあった。

「雨が降ってるだけに飴だな」っと戯けて笑った。

龍弥はそれを聞いて

「お前、さむいわー」

と言ったが、それもまぁやんはスルーした。

そして康二の目の前にしゃがんだ。

「お前の妹か?歳、いくつ?」

康二はおどおどしながら答えた。

「俺は15歳、妹は4歳」

「へー俺のいっこ下かー。ここでは先輩後輩はねぇからよ!よろしくな!」

康二の肩をポンっと叩いて、ニヤッと笑った。

「それとそこに座り込んでるヘタレは龍弥っていうんだ。ついでにコイツもよろしくな!」

「おい!ついでってなんだよ!ごほん!龍弥だ。よろしく!」

ふたりは康二と恋に挨拶をした。

「彼らはね、ここ長いんだ。ヤンチャで困るけど、仲良くなれると思うよ。」

みさき先生が一言苦言をいった。

「ヤンチャってなんだよ!子供じゃあるまいし…」

まぁやんが拗ねた顔で言った。

「私から見りゃーね!いつまでも子供だよ!」

『ははははー』

康二と恋は唖然としていた。

こんなに明るい雰囲気は初めてであったからだ。

特に恋はすごく嬉しかった。

飴をくれたのもあるが、明るく笑い合える環境に、不安を消しとばしてくれたまぁやんの笑顔に…


康二と恋は兄妹ということもあり、同室になった。

学園に来て初めての夜を迎えた。

「康二くーん!恋ちゃーん!ご飯だよー」

こんな普通な事も言われるのが初めてであった。

部屋を出ると、龍弥と鉢合わせした。

見た目が怖かったからか、恋は康二の後ろに隠れた。

「おっ飯か!こっちだよ!」

龍弥は康二と恋を食堂まで案内した。

「恋ちゃん、やっぱりお兄ちゃん怖いかい?」

恋はコクっと頷いた。

「ははは!恋ちゃんは正直だ。でもね、お兄ちゃんは怖くないからね」

すると龍弥は恋に手を差し出した。

「さっ!一緒に楽しいご飯に行こう!」

恋は恐る恐る、龍弥の中指を握った。

龍弥も嬉しそうに恋と一緒に食堂へ向かった。

食堂では、すでに数人の人が食事を始めてた。

「京子さん!今日のメニューは?」

京子さんとは、食堂でご飯を作ってくれる人だ。

「今日はね!中華丼だよ!」

龍弥は康二に食堂での動きを伝授していた。

「まずな!ここで手を洗う!次に食器はここから自分の好きな食器を選ぶでしょ。あとは自由に盛り付けて、好きな席に座って食べる。簡単だろ?」

「うん!ありがとう!」

見た目はリーゼントに眉毛が細く、剃り込みも入った怖い印象だが、中身はとても親切で優しく、温かい人だった。

「よし!食べよう!いただきます!」

康二と恋も続けて

「いただきます…」

康二と恋にとっては、温かい手作りの食事なんて何年ぶりだろうか…恋にとっては初めてと言ってもいい。

康二は一口食べると

「…お…美味しい…」

と涙を流した。

「おいおい!どうした?」

「いや…こんなご飯食べたの…久しぶりだから…」

温かいご飯にありつける…当たり前の事かもしれないが、彼らのような家庭環境では、こんなにも嬉しいことはなかった。

「でもわかるなーその気持ち!俺もさ、元ホームレスみたいな生活しててな。まぁやんに助けてもらったようなものだよ」

「そうなんだ…」

「だからよ、ここにいるみんな、状況は違えど同じような子供たちばかりだ。遠慮なんていらないからな」

「うん…ありがとう…」

すると恋が

「お兄ちゃん。なんで泣いてるの?どっか痛いの?」

「恋…」

まぁやんがそのタイミングできた。

恋の前で屈んで目線を合わせて

「恋ちゃん、お兄ちゃんはね?嬉しくて泣いてるんだよ」

っと教えてあげた。

「痛くないのに、嬉しいのに泣くの?」

まぁやんは恋の頭を優しく撫でながら、

「恋ちゃんもね、もう少し大きくなったらわかるよ」

「ほんとぉ?じゃあ恋、早く大きくなる!」

まぁやんは恋を抱っこして高い高いして

「そっかぁー!早く大きくなるか!」

恋はキャッキャと喜んで笑った。

「あの人見知りの恋が…」

康二は驚いた!

「そこがあいつ、まぁやんのすげーとこだよ!相手を掴むのが上手というかな」

「ふふ…ほんとだね」

新しい家族が増えたことにより、学園はさらに明るくなっていた。


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