空き部屋
リクエスト「空き部屋、溶ける、鈴」で書きました。
ありがとうございました!
※ホラーテイストです。
氷の溶ける音が聞こえるほど、部屋は静まり返っている。からん、の後すぐに、倉田がひっそりと唾を飲み下す音が続く。息が止まりそうな緊張感に自分の喉もやけにうるさく鳴った。
倉田とふたり顔を突き合わせたまま、耳を澄ましている。また、鈴らしき甲高い金属音が余韻を残すほど長く鳴った。すぐそばで。
今の会社では内勤が主だが、たまに取引先への挨拶や説明など、要望があれば営業へ同行することもある。今回はその「たまに」で倉田を始めチームメンバー全員で、地方まで出張で来ていた。
新たな取引先様は太っ腹で、今回社内システムのほほ全てを弊社に委託してくれたらしい。その取引先様向けの説明会を任されたのがウチのチームだった。準備にも相当の時間が取られたが、これで年度末の賞与はかたいと言われれば頑張らないわけにはいかない。
そんな頑張りもあり、説明会は成功と言える円満な雰囲気で終了し、打ち上げも終わっての二次会を倉田の泊まる部屋で開催していた、のだが。
最初に気がついたのは倉田だった。
「さっさ、ピアスしてる?」
さきいかを噛みちぎろうと、口からはみ出した部分を必死に引っ張る手を止めて倉田が首を傾げる。アルコールで色づいた首が髪の間からのぞいた。
「いや? 仕事だからしてない。どした」
ほら、大して長くもない髪を除けて耳を見せれば、そうだよなとさきいかを口へ押し込む。最初からそうしろよ、続く言葉は倉田に遮られた。
「さっきから、ちりんちりん聴こえるから……さっさが新しいピアスをしてるって思い込みたかったんやけど」
テレビはつけていない。思い込みたかった、倉田はそう言った。持てる限りの神経を耳へ集中させ、呼吸にも気を遣って感覚を研ぎ澄ます。自分が耳になったような錯覚を起こしそうになる頃、ようやく小さな音を捉えた。
確かに何かが、一定間隔でか細く、尾を引くように鳴っている。倉田はちりんちりんと表現したがそんな可愛らしい音ではなく、物悲しげに空気を震わせていた。
「……隣で、何か観てるとか?」
プラカップの中で、ほとんど溶けた氷と一体化したチューハイを一気にあおり、眉を下げた倉田へ話しかけてみる。にしても、他の音が一切しないのにそれだけが聞こえるのもおかしな話だった。
倉田も矛盾に気づいているようで悲しげに目尻を下げ、
「……さっさ、一緒に寝ない?」
自分が腰かけているベッドを叩いた。安いビジネスホテルのシングル、辛うじてドレッサーがある程度の部屋にソファはない。つまり。
「いや無理だろ。オマエとシングルで寝る方が恐怖だわ」
「だよなぁ」
それは流石に、と自分で言い出したくせに笑う倉田が怖がりなのは知っていた。フロントへ部屋替えを願い出るにしてもなかなかに遅い時間だ。しかも理由が鈴の音が聞こえるんです、では対応も難しいだろう。
「しょーがねぇ」
「ん?」
ポケットへ突っ込んでいたルームカードを倉田へ握らせ、まだひろげてないからオレの荷物を持って来いと半ば無理矢理追い出した。耳を澄ませなければ聴こえない鈴の音なんか、ないのと一緒だ。
褒められた行為ではないことは百も承知で、それでもと思うのは酔っているからだろう。目を白黒させて戻ってきた倉田の荷物をまとめて背を押す。さっさ、声が聞こえた気もしたが無視して部屋を乗っ取った。
布団を頭まで被ると、鈴の音は聴こえない。もしかしたらもう鳴っていないのかもしれない。
翌朝にはすっかり音は止んでいた。申し訳なさそうな倉田の背を叩いてから、そこそこ混雑したロビーを抜けてフロントでチェックアウトを済ませる。
「繁盛してるんですね」
思わず出た一言は多少頭が寝ていたからかもしれない。フロント係は、
「はい。おかげさまで、昨日も空き部屋はございませんで」
ここ最近は連日満室なんですと微笑んだ。
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