プラシーボ

リクエスト「小指、贈り物、止まる」で書きました。

ありがとうございました!



 今朝はもう起きた瞬間から厄日だった。

 夜間の気温変化へついていけなかったのか、フリース毛布は中途半端に腰へ巻きつき、あらわになっていた上半身と脚が冷え切り関節が痛む。

 少しでも温めようとコーヒーのため湯を沸かせば手にかかり火傷をして、仕舞い込んだ絆創膏を探す羽目に。

 そして極め付きはぎりぎり駆け込んだ電車が飛来物で止まったことだった。

 遅延証明書で遅刻にはならなかったものの、その時間俺が実際会社にいた訳ではなく。先週から準備していた会議の進行を笹木ひとりに託してしまった。笹木は不可抗力だと気にした素振りもなかったが、人前で話すのが苦手なことは態度でわかってたってのに。

 昼休み、右手の甲へ貼り付けた絆創膏を見つめていると、笹木が、


「どした、クラ」 


 モニターの向こうから顔をのぞかせた。


「……いや、厄日やなと思ったんやけど、これはさっさの台詞か。すまん」

「朝から飛んでくる布団が悪いから気にすんな、っても無理そうだな」


 右手の甲、そして火傷をした訳もない胸元がずっとひりついている。視線を落としているうち、気づけば隣に気配があり、顔を上げれば笹木が瞬間移動したのか俺の右側へ立っていた。


「さっさ?」

「ん」


 普段よりも眉根を寄せた顔をして笹木は俺の右手を取り、小指へポストイットをくるりと巻き付ける。端にはセロテープをつけていたようで、パステルグリーンの指の輪がそこに完成した。


「幸せは右手の小指から入って、左の小指から抜けるんだと。だから右手のピンキーリングは幸せを呼ぶお守りらしいぞ? 厄除けにやるよ」


 こういうのは鰯の頭も信心から、だ。

 俺が何かを言う間もなく自席へ戻った笹木は皺を刻み込んだまま煙草を手にし、そのままいつも通りフロアを後にする。


「あ、待て、さっさ、おい」

「うるせぇ」


 いつも通り俺も後を追えば一度も振り返ることなくエレベーターに乗り込んでしまう。目の前でドアが、閉まる、ええいままよ!

 一か八かで踏み込んだ足は閉じかけたドアに挟まり、無事にエレベーターへ身体を滑り込ませることに成功した。


「お、早速効いたな、さっさからもらった指輪」

「ヤな言い方すんなよ……」


 げんなりとした横顔が染まっていたのは都合のいい幻かもしれない。指輪効果は少なくとも鰯の頭よりもあったようで、午後からは平穏そのものだった。

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