詰め合わせ①
Twitterへ掲載した短い話を集めました。
基本的には笹木さん視点、時期や長さはまちまちです。
◆読書の成果(冷やし中華のはなしオマケ)
「結構前に食べた、映えパフェなんだけど」
「映えパフェ……あ、カフェで自撮りしてストーリーに上げてたやつか」
「そうそう。何かカラフルな丸? 粒がたくさんついてたやつあるやん」
「何なのか聞いたら、知らんで終わった丸な」
「あれ、おいりって言うらしい」
「大入り? 縁起いいな?」
「いきなり可愛さ出さんで、さっさ。おいり。おがひとつ多い」
「あ、おいり。はいはい、知らねーなぁ」
「この間行ったデパートで普通に売ってたのよ。香川とか愛媛のあられみたいなもんらしい」
「へーあられ。言われると雛あられに似てたかもな。味はどうだったの」
「中が空洞ですぐなくなるから、味って言われてもって感じの儚さ。末の露、本の雫や、よ」
「……和歌?」
「新古今和歌集」
「知性が光ってんね、クラ」
「折角爪出したからもっと褒めていいぜ」
「どや顔がうるさい」
「えー」
付け焼き刃でも知識は知識やからね。
◆ギャップ 倉田さん視点
気がついたのは単なる偶然だった。かき上げてあらわになった瞬間を凝視していた、それだけ。
「さっさ、ピアス穴あるんだ」
左の耳たぶに窪みがある。俺の言葉に同僚はあぁ、と頷きもう一度もみ上げの部分を手でさらけ出してくれた。行為に甘えて見つめれば、耳の上部、軟骨にも同じ様な窪みがある。
「痛くねーのこれ」
好奇心から伸びそうな指を堪えた俺はえらい。
「……正直に言っていい?」
なにその意味深な感じ。
「たまに膿むからいてーよ。年かも」
「まじか。やば」
ヤバいのはオマエの語彙力だろと笑う同僚の知られざる部分を噛み締める。俺も空けようかな、適当な発言には皮膚科がいーよ、真面目な横顔にそれは何かずるいんだわ。
皮膚科行くか。
◆恋人の日(6月12日)
三百六十五日、毎日何かの日だ。昨日は梅雨入りに関係して傘の日、今日は恋人の日らしい。
理由は恋人達の聖人、聖グレゴリオの記念日前日だからだとか。当日じゃない理由は残念ながら読んだ本には書いていなかった。
そんな日でも、倉田と一緒に昼飯を食べている。最近伸ばし始めた髭がまだ、見慣れない。
◆幽霊の日(7月26日)
どれがいい? 倉田はにやけながらマイリストを開いた。幽霊の日らしいから、ホラー映画鑑賞会しよ。誘われてやってきた倉田の部屋は意外にもシンプルで、居心地の良さと疎外感がない交ぜな雰囲気、結局は尻の座りが悪い。
いつか慣れることがあんのか、これに。
ほとんど観たことのあるタイトルを流し見ながら、取りあえずプルタブを引いた。
◆バニーの日(8月2日)
「今日バニーの日やって」
「わざわざバニー、って言うってことは兎じゃない雰囲気だな」
「そりゃな。人型バニー一択やろ」
「一択かは知らんがそうだろうな」
「やっぱクラシカルに黒の立ち耳がいいなぁ」
「あ? 時代は白の折れ耳だろ」
「いくらさっさ相手でも譲れないものがある」
「そりゃこっちのセリフだな」
小一時間プレゼンしあい、結局お互い譲らないままにお開きとなった。絶対白の折れ耳がいいと思う。
◆今日もバニーの日(8月21日)
喫煙所で顔を合わせた日下が、今日バニーの日だって、何気なく呟いた。
「ん? その言葉、少し前にクラから聞いたぞ」
「そうなの? あ、八月二日もそうらしいね。今日は八月二十一日でバニイだって」
「バニー好きすぎるだろ、誰が言い出したんだか」
語呂合わせだと十一月はほとんどいい日だ。煙草を咥えたところで前回の不毛な争いを思い出す。
「日下、バニーと言えば?」
味方は多い方がいい。念のためと日下へたずねれば少しの間沈黙し、勿体ぶるよう、
「……内緒ー」
なんて笑った。あ、コイツ別に味方じゃないわ。察しがついたので詳細は聞かなかった。折れ耳バニー仲間はどこにいるのか。
◆二回目の七夕(8月7日) 倉田さん視点
「あ、七夕か今日」
帰り際笹木が小さく呟いた。
「さっさ、北の方だっけ。今日結構晴れてるし会えそうだな」
「実は年二回会ってるんだな、そう考えると」
それでも少ないけどな、恋人達を思ってか、しかめっ面をする男と並んでフロアを出る。珍しくピアスをしているようで金色の輪が照明をぎらりと反射し、目を奪う。やや焼けたような黒髪からのぞく軟骨にも同じ光が宿っていた。
「珍しいやん、ピアスしてくるの」
「あー……塞がりそうになってて、無理やり通してきた」
「俺も外したら一日で通らんくなって焦った。まだ若いわ」
「はは、お互い回復力はあんだな」
エレベーターへ乗り込み、音もなく降下していく間にも思い付いた一言を口にしてもいいものか、すぐに出なかったことで言葉が喉へ引っ掛かってごろごろする。
似合っている。すぐに言えば良かったものを躊躇った理由に想いを馳せている間に、エレベーターは一階で扉を開いた。
「じゃ、明日」
エレベーターホールで手を上げた笹木の背へ、また、それだけを言ってビルを出る。恋人達の逢瀬を見上げれば地上の光が無粋な視線を遮ったが、晴れていることだけは間違いなく、先程見た笹木のピアスみたいな強い光の星だけが輝いていた。
◆ハートの日(8月10日)
「さっさ、手でハート作って」
目が合った瞬間、間髪を容れず倉田が言い放った。
「は? ハート?」
「いいから、早くー」
「あぁ?」
急かされるがまま、両手の指先を引っかく時のような形で向かい合わせる。見えない、と要求ばかりの男へ見せつけるよう突き出せば、
「やっぱさっさはそれやったか。さんきゅ」
謎の感謝を捧げられ困惑が止まらない。理由を問い質そうと口を開いたはずなのに出たのは。
「オマエはどうやんだよ」
「俺はこれ。最近インスタで見たもん」
親指と人差し指が交差する、斜めになったサムズアップのようだった。
そんなんハートじゃねー、いや指ハートやから、謎の言い合いは休憩時間いっぱい続いてしまった。指じゃ伝わらないだろ、ハート。
◆酔い
飲みすぎた。考えなきゃいけないことがぼんやりと浮かんでは形を結ばずに消え、熱い身体の中、胃が存在を主張して気づいてはいけない痛みが後頭部へ忍
び寄っているのを無視している。
「さっさ、もう少しで家だから」
吐きそうになったら言ってな。
もたれている温かい壁か椅子が柔らかい声を出す。うん、声を出したつもりだったが届いているのかわからなかったので軽く首を下へ動かした。
気持ち悪くはない、むしろ楽しいくらいなんだけど話すのがめんどくせぇんだよな。窓の外ではきらきら、照明が飛んでいく。
椅子が前髪を触った気がした。目を閉じて息を吐いた。
◆夜 倉田さん視点
頭から足の先までアルコールへ漬かり、喉が渇いて仕方ないのにもう何も飲みたくない。夜道は妙にぎらついてまぶしさに目を細めた瞬間、ふわり浮くような感覚に足を取られて隣を行く笹木の肩に手を載せてバランスを取る。
「お、悪ぃ」
「気にすんな。肩貸すか?」
俺よりも少しだけ下にある目へ、同じく目で大丈夫だと返す。下がった眉尻が自分のせいだと言いたげで尚更失態は見せられない。
そもそもお前のせいじゃないんやし。
「いい夜やな、さっさ」
肩の手はそのままに笑えば、笹木も笑った。
そう、いい夜だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます