文披31題 Day11~Day20

7月に開催された綺想編纂館(朧)様(@Fictionarys)の「文披31題」企画へ参加させて頂きました。

Twitterではテーマに合わせた画像付でアップしているので、良ければそちらもご覧下さい。



◆7月11日『緑陰』

 夢を諦めたのも、こんな夏の日だった。

 ここ数日の猛暑に比べれば爽やかにも感じられる気温につられ、散歩がてら神社へ着いた頃には自分の行動を恨むのも面倒な程日差しが強くなっていた。

汗を拭いながら逃げ込んだ木陰はコントラストが強く、なるべく暗い場所を選んで立つとようやく風を感じられる。息をついて見上げた緑陰はどこかで見た鮮やかさで、記憶を遡るうち見つけたのはあの日だった。

 物語のように、自分へ引導を渡す人物が現れないかと思うようになった日々までもがよみがえる。その、物語を紡ぐ側になりたいと足掻いた七年。意地より妄執と呼ぶに相応しかった痛みへ自分で別れを告げた夏の日。あのまま続けていたならどうなっていたのか。

少なくとも倉田と今の形で出会うことはなかっただろうな。少し強まった風の中快活な笑い声が聞こえた気がした。



◆7月12日『すいか』

「あーすいか食いたい」

「さっさ、すいか好きなの」

「血液はコーラだけど、夏の間身体の水分はすいかだから」

「九十パーセント以上すいかってことは、さっさはすいかとイコールじゃん……」

「本望だ。クラはすいかは?」

「俺も好きだけど、どうしても身構えるとこあるんよな」

「何でまた」

「母親もさっさと同じくらい、すいか好きなんだけど」

「仲間か」

「おん。で、夏になると皿とか使わないで、流しに身を乗り出して無心で食ってた。それが結構衝撃的な……ビジュアルっていうか、勢いっていうか」

「あー……すいかって汁スゴいもんな」

「そーそー。母親もおんなじこと言って、面倒だからってシンクの上でばくばくと。俺、何か怖くて。笑い話だけど」

 気分はこれだった。倉田が見せてきたスマホの画面にはゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』が表示されている。なんとなく、わかる。

「こっちも似たよーなもんかも。すいかにはそれだけの魅力がある」

「俺だけは抗ってみせるわ」



◆7月13日『切手』

 懐かしい名前だけが記されたポストカードに貼られていたのは、内側から燃えるような橙が目を引く鉱石の切手だった。

 赤みはどこにもない、子供が描く太陽という概念が石になったような光を帯びた石を見つめてから裏返すと、思い出せる人物像そのままの筆跡で一言。

『元気か?』

 サッカー部で共に駆けていた頃から、何もかもが追いつけない男だった。言葉も感情も、あいつは置き去りにする。俺が追いつく前に。たまには並ばせろよ。

 どちらかと言えばのんびりした誰かさんを思い浮かべつつ、現住所を調べるところから始めんと、鞄へ仕舞おうとしてポストカードの下に小さな文字を見つけた。

『お前みたいな石の切手使ってみたかったから、書いた』

 そういうことは大きく書けや。住所よりも切手を探すところから始めるか。



◆7月14日『幽暗』

 眠りの波を完全に捕まえ損ね、何度寝返りをしても身体の置き場がわからない。暑さに耐えかね開けたままの窓にかかるカーテンは時折はためき、薄い光が室内へ入ってきてはすぐに出ていってしまう。

 寝れないからといって、スマホを手に取るのは愚の骨頂だとわかっている。が、それでも瞼を開けているのか閉じているのかもわからないような、ぼやけた時間に飽きて枕元に手を伸ばせば、通知を知らせる小さな光が明滅していた。

 ロック画面を表示した瞬間、

『心霊系の動画見たらヤバかった』

 泣きそうな絵文字と情けない文字が表示される。時刻はほんの少し前。夏だからとか何とか自分へ言い訳して動画を見る倉田を想像し、こんな時間に何やってんだよと返す。怖がりの割に自らをよく苦境へ追い込む理由は何なのか。

 即ついた既読表示に後押しされ、そのまま通話ボタンを押す。オマエも寝れないなら、少し付き合えよ。瞬間繋がった通話、スマホが一際強く薄闇の部屋を照らした。



◆7月15日『なみなみ』

 母親らしき女性と手を繋いで前を行く女の子のボリュームある髪が、ビル風にふわり舞い上がる。年齢を考えると天然での癖毛か、三つ編みをほどいてつくるウェーブか、いずれにしろなみなみした黒髪と頭の両脇に結ばれたレースのリボンが踊っていた。

「両リボン、めっちゃ可愛いな」

 笹木へ可愛さをお裾分けしようと横を見れば、目を細めて遠くを見ている。

「料理本? どこ?」

「え、今目の前歩いてったやん」

 ほら、あの白いレースリボンの。それほど人通りも多くない道だけど、笹木を見つめるとぱちぱち瞬きを繰り返し、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。

「かわいいりょうりぼん……」

「……レシピちゃんとかどう?」

 遠ざかる少女へ勝手に名前を贈ると、笹木はまるで教え子を褒めるよう九十点、なんて笑った。



◆7月16日『錆び』

 暑い。オフィスへ戻ってきても汗が引かず、額からこめかみから止めどなく流れていく。これはしばらく何しても無駄だな、開き直って扇いでいると向かい側からペットボトルが差し出された。

「開いてるけど」

「サンキュ、クラ」

 あまり残っていなかった水はあっという間に身体へ浸透していく。

「わり、飲み干した」

「いーよ、新しいの開けようと思ってた」

 倉田が取り出したのは同じ水のペットボトルで、違う味が良かった訳じゃないのかと少し尻の居心地が悪い。新しいの買ってくる、声を掛ければ水をあおりながらいらないと言いたげに手を翻した。

「いらんって。お下がりやし」

「タダで飲み物ゲットするチャンスだぞ?」

「……言い方ずるいじゃん」

「お前の血液でもいいぞー」

 翼を授ける、と手を羽のように動かせば観念したらしい。ならついてく、と倉田も立ち上がったのでそのままふたり自動販売機まで歩いていく途中、不意にそういえばと切り出してきた。

「さっさは何でレッドブル飲まんの」

「レッドブルっていうか、エナドリ苦手なんだよ」

 錆びっぽい味するじゃん。

 倉田は一瞬黙り込んだ後、

「さっさはずいぶん旨い錆び飲んだことあるんだな」

 俺はないわーと笑う背中へ反論しようと口を開いた時には自動販売機の前だった。

 結局買ったのは見たこともない新商品の炭酸飲料で、感想をたずねればそれこそ「錆びの味」だったらしい。色はピンクなのにな。就業時間後、ふたりでアルコール消毒しに行ったのは言うまでもなかった。



◆7月17日『その名前』

 学生時代ならそもそも、存在を知ることもなかったかもしれない。

 転職した時にもうひとり同時期に入社した男がいるとは聞いていたが、研修も、配属されたチームも違うとなればほとんど会うこともない。喫煙所で佇む姿を数度見たくらいだった。

 入社から半年後、同じプロジェクトチームに配属され、初めてしっかりと姿を見た同僚に対して抱いたのはそんな感想だ。

 痩身、耳を隠すような長めの黒髪、鋭利な目つきには強かな意志が輝いている。服装、髪型自由の社内でもカジュアルに振った服装と静かに話す姿は噛み合わず、なかなか馴染まなかった。それが。

「何、考え事?」

 咥え煙草のさっさが、あの頃と変わらない強い瞳でこちらを見上げる。

「うんにゃ、回想にふけってた」

「へぇ」

 片方の唇を上げる姿も記憶の中と違いない。変化したんはこっちの感情なんかね。その名前を思って笑えば気持ち悪いと心なしか身を離された。ひど。



◆7月18日『群青』

 パソコンを起動して画面へ映し出されたのは、目を奪う群青だった。南方の澄んだ、翠色の混ざった明るい海ではなく、紫すら感じさせるような青がべたり広がる海。

 海と言えば、白く淀んで荒々しいものと小さな頃から思ってきたがこんな海もあるのか。パスワードを打ち込むことも忘れて見入っていると、向かい側からどーした、と倉田が気遣わしそうに覗いてきた。

「これぞ群青、って感じの海」

 画面を向けようとする間に背後へ立った倉田が、すっげ、と感嘆の声を上げる。

「爪木崎みたい」

「つめ……? どこそれ」

「静岡。こんな感じの群青の海でさ、灯台とかあって景勝地として解放もされてたはず」

 昔に行ったきりだけど、多分変わってないと思う。色眼鏡越しに目が過去を映しているのがわかり、もしかしたら目の中に見えるんじゃと馬鹿な妄想をして立ち上がってみたところで、始業のチャイムが鳴る。その日頭の中は見たこともない海でいっぱいだった。



◆7月19日『氷』

 汗っかきのせいか、暑さで免疫が下がったのか、突然ピアスホールが化膿した。指で触れると穴の上が膨らみ、痛みと熱さが同時に耳へ走る。

苦戦しながら鏡で見てみれば白くぽっこりと腫れている。穴から雑菌でも入ったんかな。

 ピアスの先輩と豪語していた笹木へ、閲覧注意の言葉と共に画像を送付すれば『見えるから意味ないじゃん』とすぐにつれない返答があった。

『潰していーの、これ』

『駄目。どうせ勝手に潰れるから待っとけ』

「えー……めっちゃ気になるんやけど」

 聞こえないのを承知で呟いた瞬間、

『気になるなら冷やしとけ』

 氷のスタンプが送られてくる。こんなんあるんだ。てか、千里眼、じゃない地獄耳じゃん。

冷凍庫から出したばかりの氷が指へ張りついた。



◆7月20日『入道雲』

 夏にしては珍しく空が高い。煙草と灰皿、ライターとスマホなんて大荷物でベランダへ出れば、僅かに湿った風が吹いた。

 顔を上げると打ちっぱなしのネットを越えた向こう、山の側で大きな雲が立ち上がっている。一雨来るかもな。

 そうは思いつつも折角ベランダまで来たんだし、煙草に火を点けて深く吸い込めば夏の空気が混じっている。七月も半分は過ぎ、暑さはまだ続くだろう。

 咥え煙草でスマホを入道雲へ向け、カメラのシャッターボタンを押す。倉田へ何も言わず送付し、もう一度深く夏を吸い込んだ。

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