文披31題 Day1~Day10
7月に開催された綺想編纂館(朧)様(@Fictionarys)の「文披31題」企画へ参加させて頂きました。
Twitterではテーマに合わせた画像付でアップしているので、良ければそちらもご覧下さい。
◆7月1日『黄昏』
西の空、建物の間に雲もなく横一直線に赤が滲んでいた。青空を描こうと画用紙に何度も青を薄く塗り重ね最後に気が変わったのか、他の部分を塗った筆を綺麗にしなかったのか、とにかく同じ勢いで赤を引いてしまった空。境界は見ている間にも溶け合っていく。
美術は知識として学ぶのは好きだったが、実技はとんと上達しなかったことを思い出す。横を歩く倉田の白いサマーニットが黄昏とその空気で染まっている。
「似合ってんな、そのニット」
「サンキュ、さっさ。一目惚れよ」
「いい恋だ」
夏が始まる日、同僚の珍しい服装はしばらく記憶に張りつきそうだった。
◆7月2日『金魚』
笹木が掲げたスマホの画面には丸々ころんとし、およそ泳ぐのには不向きな魚が写っていた。鱗ひとつひとつが際立った朱混じりの姿は確かに美しいと言えなくもない、が。
「これ、本当に金魚なん」
「おう、可愛いだろ」
「……でぶぅって感じ」
オブラートから半分位飛び出した俺の発言に笹木は大真面目な顔をして、
「そこがいいんじゃん。泳ぐの下手なとこもポイント高い」
スマホの画面へ視線を移した。金魚を飼っていることから意外だったが、それがこんな丸い品種ということは更にだ。
「名前は?」
「ピンポンパールって品種。個別にはつけてない」
「じゃ、俺がつけてやろうか。まる」
まんまだろ、満更でもない目元へ、じゃでぶぅと調子に乗れば睨まれた。
クラにすんぞ、三角の目に使用料頂戴しますなんて手を出すと、払えばいーのかよと大笑いされた。高いよ?
◆7月3日『謎』
前職の後輩と久々飲みに行き、酔いも回った頃飛び出した質問は、
「倉田さんってどんな人なんですか?」
だった。どんなひと。外見の特徴はいくらでも羅列出来る。下らない会話の内容もすぐにいくつか浮かぶが、アイツがどんな人間なのかはそれだけじゃ核心を外している気がし、上手い言葉が見当たらない。
ジョッキを干してから、
「一緒に笑えるヤツ」
ようやく答えられたのはそんな簡潔な言葉だった。後輩はふうん、と目を開き、それって、そこまで言ったところで追加した注文が届き、会話は次へと流れる。続く言葉が気になったのは一瞬、聞かなかった後悔は翌朝までだった。
◆7月4日『滴る』
何かをしていても、していなくとも汗が身体を濡らしていくのがわかる夏の日、オフィスを離れて嫌でも気づいてしまった。いつもの通り昼飯を求め笹木とさ迷い出た瞬間に汗が吹き出す。シャツが身体へ張りついて、前を行く笹木に視線を向ければ空を恨めしげに見上げていた。
焦げるような日射しの下、一気に赤く染まった笹木の項から汗が滴る。意外に汗っかきなんだな、俺の声に笹木は汗ばんだ赤い顔を向け、意外って何だよと目を眇めた。
◆7月5日『線香花火』
喫煙所での雑談中、こんなところにまでじとり、蒸し暑さが侵入してきて自然顔をしかめれば、倉田は夏やなぁと呑気に呟く。
「今年こそ花火やりたい。手持ちのでいいから」
「やればいいじゃん。線香花火とかならベランダで出来るんじゃねぇの」
「酒とか片手にひとりでやってみる? 風情とヤバさの瀬戸際やんそんなん」
ベランダへしゃがみこんで線香花火をやる倉田を想像すると、途端笑いが込み上げる。
「花火アートだっけ? 残像で写真撮るのとかやってみればエモいんじゃね」
「それこそ一発アウトな気するけど」
後日倉田のインスタにはぼやぼやにぶれた小さな橙の光が投稿されていた。
◆7月6日『筆』
勤務時間だというのに、他部署からの連絡待ちで空き時間が出来てしまった。他の作業をするには短いとくればこれは休憩しろってことだろう、そう解釈して検索エンジンを開く。
打ち込んだのは先日手に取った本へ掲載されていた書道家の名前。予想に反して色のある、筆跡も鮮やかな作品を眺め、元書道部らしい向かいの笹木へ話しかける。
「さっさ、上田桑鳩って知ってる」
「……顔料を使った書なら見たことある。好きだよ」
「前衛書道やって。さっさもこういうの部活で書いてたん」
知識の幅が広い同僚へ感嘆の視線を送ると、
「いや、臨書が好きだった。乱暴に言うなら真似して書くってやつ」
「へぇ。誰のとかあった?」
「……褚遂良の、枯樹賦」
ちょすいりょうのこじゅのふ。検索履歴だけ見たらめっちゃ知的やん、今度誰か俺のパソコン使わないかななんて思いつつ、まずは笹木へ漢字を尋ねることから始めた。
◆7月7日『天の川』
「たーなばーた、さーらさらー」
「……ご機嫌なとこ悪いけど、笹の葉じゃなかったか」
「マジで?」
「だって、七夕さらさらじゃ意味通じなくね」
「天の川がめっちゃか細くなってるんだと思ってた」
「独自解釈だ。笹の葉がさらさらなびいてる、って歌詞だったと思う」
「織姫と彦星が徒歩で渡れる位、水量減ってるんだとばっかり」
「その後の歌詞、確か、のきばにゆれるだったけどそれはどう思ってたの」
「続きがあるのを今知ったんやけど」
「オマエの中の七夕に革命起こして悪いな」
「タナバタレボリューション起きたわ。天の川って思ったより強いんやな」
「……ダサっ」
「俺も思ったー」
◆7月8日『さらさら』
昨日笹木と話していたからなのか、会社近くのゴミステーションに捨てられていた笹と目が合った。短冊は外されているものの、折り紙を切って繋げた輪の飾りや金銀折り紙の星なんかはそのまま、昨日の空気を残している。
近くまで寄れば笹の葉が風にそよぎ、なるほど、これがさらさらか。まだ緑も鮮やかな葉がいくつも風に擦れ合い、涼しげな様子を見せる。笹木の髪も長かった頃にはこんな風に流れていたことを思い出す。
ごみ回収車はいつ頃来るんだろうか。金の星飾りを一度摘み、結局は笹へ返した。
◆7月9日『団扇』
換気はばっちりでもあまり冷房の効いていない喫煙所だ。いつかの販促品だった団扇片手で煙草へ火を点けている間に、いかにも暑そうな倉田が入ってきた。手には缶コーヒーではなく新商品だと自販機で宣伝していた炭酸飲料を持っている。
「暑いわーヤバいわーさっさ、ちょいそれ貸して」
「ん」
どっか行ってたの、団扇を渡すと、
「細々したもんの買い出し。オフィス便届くまで待てないものがあるけど、来客の予定がーって日下が言ってたから」
「えらいじゃん、流石」
ドヤ顔をしつつ、倉田は団扇を忙しなく動かし、
「高校の学祭とかで作ったなークラスうちわ」
なんて視線をこちらへ向ける。
「え、クラスTシャツだけだったけど」
「それはジェネレーションなのか地域なのか、はたまた他の要因なのか……」
今度他にも聞いてみようぜ、しとりとした背に触れた瞬間換気扇が一際大きな音を立てた。
◆7月10日『くらげ』
「くらげ」
笹木が足を止めた水槽は、最近どこの水族館でも人気だと聞くくらげだけのものだった。癒し効果があるとかで、ライティングには他の水槽よりもこだわりが感じられる。赤、青、混じり合う絶妙な紫の中でくらげは水流に乗り、かたまっては離れ、またもつれるように寄り合っていた。
水へ溶け込むような透明の体が光に浮かび上がる。光は水槽を見つめる笹木の横顔も照らし、刻一刻顔色が変わっていく。短くした髪からすらりと伸びる首と、額の形が整っていることに気づき、少し距離を縮めて横へ立つと、笹木は珍しく晴れやかな顔をこちらに向けた。光が色を変え、赤く染まる。
「これ食べんの、クラ」
「これは多分違うわ」
あ、そんなこと言うから冷やし中華食いたくなってきた。
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