新しい着物とクナイ

試衛館には、新たな食客が増えた。

藤堂平助が山南を訪ね試衛館に来た事に始まり、道場破りに来た永倉新八、原田左之助が、千夜と宗次郎に敗れ、いつの間にか住み着いていた。斎藤一は、柄の悪い男達から逃げていたところを道場主に救われた。勝太は、そんな彼らを快く迎え入れ、試衛館は、一層貧乏道場へと変貌を遂げていく。


そんなある日の事、

皆が居間で昼餉を食べていたのが、何故か皆、よそよそしい。理由は、フデが機嫌が悪いからだ。


「どうしたんです?フデさん。」


ピリピリとしたフデに話しかけれるのは、千夜しか居ない。ヒヤヒヤしながら、その様子を見守る男達。


「千夜、聞いとくれよ。周助さんがね、勝太の許嫁を勝手に決めっちまってね……」


周助は、逃げようと御膳を片付け様とする始末だ。


「あんた!どこ行くんだい!」

「……」


その声に、腰を下ろした周助さん。まさに、鶴の一声だ。


「え?近藤さん祝言あげるの?」


皆を見れば、止めとけと首を振られるが、千夜には意味がわからない。


「御三卿・清水徳川家の家臣である、松井八十五郎の長女だ。文句あるか!」


「……ええ。ありますとも。千夜なら、文句も無いのにねぇ。」


ぶーっと、口から何かを吹き出したのは土方、近藤、沖田。三名だ。


「勝太、千夜にしたらどうだい?」

「……い、いや。」


そんな事言われても、困るだけである。


「でも、もう相手は決まったんでしょ?」

「……ああ。私の許可なくね。」


こりゃ、相当怒ってらっしゃる


「近藤さん、おめでとうございます。」


こういう時は、そう言うしかできない。


「でもよ。千夜って、男いねぇのかよ?」

「馬鹿新八、止めとけって。」

「だよなぁ。初めて会った時より、綺麗になってねぇか?」

「平助!お前まで!」

「だってよー。」と声が聞こえたが、吉原に出入りする前に、出会った食客も居るが、自分じゃ、何処が変わったかなんて、わからない 。


そんな中、コトッとお茶が置かれ、千夜は、反射的に身体をそちらに向けた。


「……あ、ありがとう。お孝。」


そう、お茶を入れてくれた彼女にお礼を言った。

「いえ。」


最近、近藤宅で女中として働いて居るお孝は、私より5つ年上の女性だ。物静かな彼女だが、


「……あ、あの、沖田さんもどうぞ…」

「ああ。ありがとう。お孝。」


皆が気づく程に顔を赤く染め上げていく。

沖田に気がある事は、周知の事実であるも、沖田の想い人は他の人。


周りの冷やかしに似た視線に、立ち上がったかと思えば、千夜の腕を引いていく。


「ちぃちゃん、僕の部屋でお団子食べよ?」


お孝が近くに来ると冷やかしの視線が向けられる。同じ屋根の下暮らしているのだから致し方ないとは思うモノの、彼女の前でまでその視線を向けられるのは耐えられなかった。


「団子ならココで食えばいいだろうが。」

「そうだよ。みんなで食べよ?」


面白くなさそうに、口を尖らせてみる宗次郎


「……ちぃちゃんと2人で食べたかったのに…」

「なんだよー。宗次郎!俺らと食いたくないのかよ!」


絡んでくる3人。嫌いじゃないけど面倒臭い。宗次郎は、仕方なく千夜の腕を離して、みんなとお団子を食べる事にした。


「で?祝言は、いつなんだ?かっちゃん。」


そんな事を聞いてくる男には、以前も同じ事を伝えた勝太は、「3月29日」日付けだけを伝えていく。


「……。一ヶ月もねぇじゃねぇか!」


初めて聞いた様な反応に、心の底から息を吐き出していく。


そしてその男は、団子を口に入れた女に帰宅を促していく。


万延に年号が変わったのは、安政7年3月18日だ。江戸城火災や桜田門外の変などの災異のため改元されたのだが、一ヶ月どころか、10日程しかない。


そんな中、

「馬鹿!お前、袴で、祝言に来る気かよ!」

「……。ダメなの?」


はぁー。と、皆がため息を吐く。


「ダメに決まってるだろうが!呉服屋行って、着物をあつらえなきゃ間に合わねぇ!」


「……着物要らないよ。」

「俺が恥をかくんだよ!」


まだ、団子の串を咥えている呑気な千夜に土方は、「さっさとしろ。」と促していく。


だが来て一刻も立っておらず、剣術稽古もまだ。不服そうに頬を膨らませ土方を睨み付ける。


「わかった。着物を買ったら戻ってきていいから。」

それならいいだろう?


————日野


納得した彼女をようやく連れ出す事に成功した土方は、想いを告げた筈の女を横目に町を歩く。


るんるんと機嫌がいい事は見ればわかるも、ひと回りも年が離れた女は、自分の精一杯の告白すら通用しなかった。


いつも袴の千夜に、女モノの着物を着せたい。そう思っても動きやすさに袴しか与えた事が無い。近藤の祝言に買ってやろうと思っていた。


自分が買ってやれるのは、古着であるが…


古着屋に着き、着物を選ぶ。と言っても、千夜には興味が無い。選んでるのは、土方である。


「なんで、テメェは、いつも、自分の着物なのに興味を示さないんだよ!」


「だって、沢山ありすぎて、わかんないし。」

「わぁ。可愛らしい子やね。そうだ、その子に似合いそうな着物ありますよ。」


頼んでもないのに、着物を奥から持ってきてくれる女将さん。


桜が描かれた桜色の着物と白地に梅があしらわれた着物の2着だ。


「白は、花嫁さんの色でしょ?」

「ああ。まぁ、普段着程度でいいんだがな、その普段着が全部袴しかねぇからな…ちぃは……」

「桜、綺麗だね。」


着物を見て目をキラキラとさせる千夜もやはり女であった。


「これにするか。」

「うん。そうする。」


動きやすいから、これで良いと今着ている袴も土方のお下がりで、長い裾を自分で縫い直して履いている。


ずっと袴でも文句を言ったことも無い。


勘定を済ませ、大事そうに着物を抱える千夜に頬を緩ませていく。


着物を買い、風呂敷を手に町を2人で歩く。江戸の町並みは、いつも通り、沢山の人が行き交っていた。


店も沢山あって、千夜は視界に入ったモノに声を上げた。


「あ。」


足を止めた千夜に、土方は、何か気に入ったもんでもあったのか?と、千夜の視線に、自分の視線を合わせてみる。


「クナイ?」


確認する様な土方であったが、千夜は、と言えば、目をキラキラさせて見ている。


————なんで、着物に興味無かったのに 、クナイに興味をもつのか……?


理由なんて、皆目見当がつかない。


はぁ。っと、短く息を吐きだし、値段を見れば、これぐらいなら自分にも買ってやれる値段であった。いまだに、それを見つめ続ける千夜に土方は、諦めた様に声をかけた。


「買ってやるよ。」欲しいなら。

「本当?」


満面の笑みで、こちらを見た千夜だが、

着物より喜ぶってどういう事だよ…。と、土方は、思ったのだ。しかし、買ってやると言った手前、こんなに喜んだ千夜を落胆させては酷だと、結局、クナイを2つ買ってやったのだった。








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