星霊乙女のテラフォーム〜魔導工学を駆使してクリーンな世界を目指します〜

夜想庭園

エルフの里の愛し子

第1話 星の化身に生まれ変わりました

(なんで私なの?)


 気がつくと恒星を巡る惑星の意志に同化して生まれ変わっていた。

 つい先ほど若い身空で病死し、銀河の輪廻の循環に入り次の恒星系に移るはずだった。生前はそんな循環があるとも知らなかったけれど、知的生命体は肉体を失うと自らが銀河を巡る旅人であることを思い出す。

 通常、再び肉体に宿る頃には、肉体に引っ張られて記憶は初期化される。しかし、星霊になると惑星という外部バックメモリーとつながっていることで、記憶を失わずに生物に降りることができる。

 ただ、記憶と同時に、自らの使命のなんたるかを惑星との繋がり、ソウルリンクにより魂に刻み込まれるので、まるで面倒な中間管理職や委員長に任命されたかのような気分だった。

 星の記憶によると、原始惑星の時を経て程よい大きさと周回軌道の位置に付け、水の惑星として生物進化に適した環境を得ることができたらしい。折角ここまで上手くいったのなら、知的生命体を育んで可能性を広げたい。そんな意志を持って、銀河を巡る魂の循環から知的生命体の魂を掬い、自らの星霊とすべく定期的に吸収していた。

 星霊は星の意志の代弁者として、時に山や海の精霊として自然現象を操り、時に生物進化を加速するために生物に降り、惑星をあるべき姿に導いていく、そんな存在のようだ。


(それにしても……)


 まさか自分がエルフに生まれ変わるとは思わなかったわ。小さな手をグーパーしてみる。ちなみにまだ喋れない。そう、他の魂と混ざらないよう、赤ちゃんスタートなのよ! オギャーなのです!

 目を開けると美しい男性と女性のエルフが二組ほどいて、私を愛おしそうに見下ろしていた。お爺ちゃんとお婆ちゃんもいるのでしょうか。見分けがつかないほど若い。エルフは滅多に子供ができることがないから、生まれたばかりの赤子は集落をあげて可愛がられる。お爺ちゃんお婆ちゃんも初孫に目尻が垂れ下がりまくりなのでしょう。


「どうしたの〜。よちよちでちゅね〜」


 母親か祖母と思しき金髪にエメラルドの瞳が美しい女エルフが私をあやす。そう、初めから言語が理解できた。これは惑星の言語がアカシックレコードに刻まれており、ソウルリンクでつながっている私はそれを参照して理解できる仕組みだ。

 そのアカシックレコードから読み取れるこの惑星上の知的生命体に対する星の認識は以下のようなものである。


 エルフ=自然を保護する優良種。

 ドワーフ=公害発生し環境に悪い。

 人間=人口爆発による汚水問題。

 魔獣=知的生命体に対する害獣。


 エルフとして生まれ変わった私の星の精霊としての使命は、程よく自然を保護したり時にはテラフォームしつつ知的生命体が環境汚染をしないよう文明を誘導したりするという、非常に難しいお仕事です。


 さて、そんな星霊としての使命を果たす前に、まずは、この体の体力や魔力保有量をエルフの限界まで拡張することに集中しましょう。

 そう考えた私は、ジタバタしたり体内魔力を高速巡回させたりして強制幼児トレーニングメニューをこなしていく。

 そんな様子を父母祖父祖母は愛おしく見つめていた。


 ◇


 半年して色覚がハッキリして首がすわり産毛から生え変わり紫銀の髪が生え揃ってきていた頃になると。周囲を漂う精霊が見えるようになってきた。私の碧眼の瞳に紫銀の髪が確認できるようになると、家族はハイエルフの先祖返りと喜んでいるようだった。年齢不詳だった家族構成もわかり、翡翠の瞳をした男女が私の父親と母親で碧眼の人をした男女が祖父母で、祖父母の強い魔力が遺伝したらしい。

 実際のところは、星霊の魂を降ろし得る肉体はハイエルフ以上の素体が必要なため、私が降りている時点で隔世遺伝は確定していた。


 両親がライルとユミール、祖父母がカイルとファール。エルフの命名規則は、末尾にルが付き女性名は長音符が付くのが慣習だった。


「ユミール、フィスリール。行ってくるね」


 あぅあぅと手を振ると私の額に口付けて笑いかけ、狩りに出かけると父は弓を手に矢筒を肩にかけて出かけて行った。

 毎日トレーニングしているものの、肉体の運動神経の発展は年相応だったので、まだ立てないし喋ることもできなかった。ただし魔力は霊的なものであることからどんどん成長し、眩しければ闇の精霊に頼んで暗くしたり暑ければ風の精霊に頼んでそよ風を送ってもらったりすることができるようになり、将来の星霊直属の大精霊として幼体が付き従うようになっていた。

 両親は精霊を感じることはできても見えない様子だったが、魔力に優れる祖父母が私の周囲を漂う精霊を視認すると、さすが我が孫よと高い高いをしながらクルクルと回った。

 目が回るとあぅあぅしていると、慌てたように母が私を取り返す。


「お義父さん! フィスリールが嫌がっているでしょう!」


 と目を吊り上げた。


「おぉ済まなかった、じぃじを許しておくれ」


 と、よちよちとされたので、あう~と返事をすると、


「ワシの孫娘は世界一かわいい」


 と宣う。

 こんなに若くみえるのに”じぃじ”といわれてもピンと来なかったけど、エルフの寿命を考えればそのようなものなのだろう。祖父の呼び名はじぃじ、フィスおぼえた。

 そんな他愛もない毎日を送り、十か月で舌が回るようになり、パパ、ママ、じぃじ、ばぁばと喋ると大袈裟にはしゃいでいた。なんともこそばゆい。


 一年もすると、ようやく歩けるようになった。とことこと手を広げるばぁばの元に近寄ったり反対側のママのところにいったりする様子は愛らしく、他家のエルフも様子を見にきていた。人間のように限られた寿命で子供がたくさん生まれるようにすると、川や海の許容人数を生活排水で水質汚濁が問題になり、エルフのように寿命を長くして子供が少なくすると、突然の自然災害で絶滅の危機に瀕する。

 その折衷案として複数種族を共存させた災害レジリエンスに対応できる人口ポートフォリオを形成し、上手くバランスをとっていく。なるべく早く、下水処理場などの浄水施設をはじめとした環境設備を考慮できる文明レベルに至るまで、破綻しないよう導かなくてはならない……もちろん殺処分は無しで。星霊の感覚として、星に生まれた知的生命体は我が子に等しい。鍛冶好きで鉱毒をまき散らすドワーフでさえも幾久しく繁栄してほしいと願っていた。


「じぃじ、ばぁば、おはなし~」


 お話をねだると色々な話を聞かせてくれる。エルフが幼子に架空の童話を聞かせるかというとそうでもない。長い寿命に裏打ちされた実話を元に、人族社会などの外界の危険性や過去の災害の記憶を伝えてくれる。

 インターネットのような情報社会が訪れるまでは、年を経たエルフが惑星における一番の賢者であった。


「ひとぞくは、どこにいるの?」


 人間は南の山脈の向こう側に広がる広い平原地帯に住んでいて、東にブレイズ王国、西にガンドゥム王国があって覇権を争って長い間戦争をしているのだとか。はぁ、現段階では無駄なのか人口調整に丁度いいのか判断ができないのだけど、非生産的なことですわ。


「あぶない?」


 それを聞いた祖父は快活に笑い「安心せい」と力強くいった。


「じぃじやばぁばに掛かれば人間どもなどあっという間に細切れじゃ!」


 どうやら種として魔力に差があり過ぎて、現時点、この時代ではエルフと人間では勝負にならないらしい。「じぃじばぁば、つぉーい」とはしゃいでみせると、


「フィスもすぐにできるようになるわい、なんせワシらの孫じゃからな」


 と、愛おしそうに目を細めた。文明が進み、人ではなく魔導機械が魔法や動力を発生するようになれば、生物の優劣はなくなる。それまでは、問題なく活動できそうね。


「えるふに、くにはないの?」


 エルフは各集落から選出した長老会をトップとしたエルグランド共和国を形成しているのだとか。エルフの形質からして、わざわざ専制政治をしようと集落を統一するような動きはしないのでしょう。当然、人族同士の戦いに関知することなく、不干渉を決め込んでいるのだとか。そんな不干渉の人族の状況について、どうしてじぃじは詳しく知っているのか不思議に感じたと思ったら、長老会の一人らしい。じぃじすごーいと抱き着くと、デレっとした表情でよしよしされた。

 そんな楽しい情報収集タイムも悲しいかな、幼い体では集中が続かず眠りに落ちた。気が付くと、いつの間にか布団に寝かされていた。当分の間、今いるエルフの集落は安全安心、南も戦争で人間が人口爆発する余裕はなし。それだけわかれば、あとは問題のある地域に旅するだけだ。などとこのざまで言えるわけもなく、早く成長が進むことを願った。


 三歳になると、活舌も問題なくなり、事由に歩き回れるようになった。髪も腰まで届くロングヘアになり、髪留めをする程度には女子らしく成長した。このころになると、他の集落で生まれた男の子と面通しをされた。子供が珍しいということは、同年代の子供はほとんどいないということ。

 つまり、目の前の男の子は、将来の夫候補ということらしい。まさか三歳でお見合いとは思わなかったわ。


「わたしはフィスリール、三歳。よろしくね」

「ぼくはセイル、七歳だ。よろしくフィスちゃん」


 互いに挨拶をして握手する。そんな様子を周りの大人エルフたちは微笑ましそうに見つめていた。

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