アイドルドルフィン、ウイちゃんです!
夜々予肆
第1話 お久しぶりです、お兄さん!
――ピンポーン。ガチャ。
「あ! お久しぶりです! お兄さん!」
……ガチャリ。
「えぇ!? ちょっと! なんでドア閉めるんですかー!? 開けてくださーい!」ドンドン!
……ガチャ。
「はぁ~、びっくりしたぁ……。私ですよ! 私! ハンドウイルカのウイですよー!」
……ガチャリ。
「え!? また!? あ、開けてくださーい! アイドルドルフィンのウイちゃんですよー!」ドンドンドドドン!
「本当なんですってえ! 信じてくださーい!」
……ガチャ。
「は、はい! そうです! その水族館にいる、ハンドウイルカの、ウイです!」
「アイドルドルフィン、ウイちゃんです!」
「そうですよ! そのイルカこそ、この私です! この前はショーを観に来てくださり、ありがとうございました!」
「しょ、証拠、ですか? う~ん……そう言われても……。さすがにここで元の姿に戻る訳にもいきませんし……」
「そうだ! これなら!」クルンッ!
「今の宙返り、見ましたか!? いやぁ、人間の姿になってもちゃんとできるものなんですね!」
「え? これくらい人間でもできる……? む、むぅ……。そうですか……」
「うーん……。だったら……。そうだ!」
「こしこし……。こしこし……。どうですかー? 私の胸びれ、あ、今は手になってますけど、すべすべでしょ? こしこし、こしこし……」
「これはラビングって言って、私たちイルカは、こうやってコミュニケーションを取るんですよー。こしこし……」
「ほらお兄さんも! わたしのほっぺ、触ってください! ほらほら! 遠慮せずに! ラビングは仲良しの証拠でもあるんですから! はい!」
「すりすり……。いいですね……。すりすーり……。うんうん、そんな感じです……」
「ちなみにラビングはですね、男の子が女の子にやることが、多いんですよ……。だからお兄さんも、たーっぷり、やってくださいね……。すりすり……すりすり……」
「え? なんでイルカが眼鏡を掛けてるのかって?」
「そ、それはですね……。実は私、あんまり視力は良くなくって……多分、視力検査表の一番上のも見えないと思います」
「普段はクリックスでエコーロケーションができるので目が悪くても困ることはないんですけど、人間の姿になるとどうにも上手くできなくって。それで眼鏡を」
「ちなみにですけど、メガネイルカっていう、目の周りが眼鏡みたいな模様のイルカもいるんですよ!」
「あ、クリックスで、エコーロケーションです!」
「説明、ですか。そうですね……。簡単に言えば、超音波、ですね。かちかちって超音波を物体にどーんってぶつけると、ぴょーんと返ってきた音で物体がどこにあるのか、とか、周りがどうなっているのか、みたいなのがはっきりくっきりわかるんです!」
「ソナーみたい? そうですね! そんなイメージです!」
「ピュイー? それはホイッスルです! 人間の声と同じように、仲間とやりとりをするときに使います。ですがなんと! 五〇〇メートル以上離れていてもやりとりができちゃうんです! すごいでしょ?」
「どうです? 私がイルカだって信じてくれました?」
「ま、まだ? そうですか……」
「イルカマニアじゃなくて、本当にイルカなんですって!」
「なんで来たのか? それは……これです」
「これ、お兄さんの学生証、ですよね?」
「ショーのとき、私がジャンプして水しぶきが上がった拍子に落としちゃったんだと思います。トレーナーさんに伝えようかなとも思ったんですが、私が直接持っていきたくて」
「は、はい……。それに書いてる住所を見て、来ちゃいました」
「だ、大丈夫ですよ! 他の方には誰も言ってませんから! それくらいの常識は私にもあります!」
「いえいえ! これくらい、お安い御用です!」
「休館日はこんな風に、電車に乗ったりして色々なところによく遊びに行ったりしてるんですから! 慣れたものです!」
「え? なんで人間の姿になれるのか? そ、それは……」
「今も昔もよくあるでしょ? 動物が人間の姿になって――っていうの。私もそんな感じです!」
「ふふん! イルカの生態はまだまだ謎が多いって言いますからね!」
「ご、ごめんなさい……。言い逃れです……」
「ですけど……これは一家相伝の技なので、他の方に説明する訳には……」
「信じる……? あ、ありがとうございます!」
「すりすり……すりすり……」
「だって、嬉しいんだもん! 嬉しいからラビングくらいしたくなりますよ!」
「別に郵送でもよかった? ひ、ひどいですね! せっかく来たのに! もう!」
「私の喜びを返してください! ねえ!」
「た、食べません! 食べたりしませんから落ち着いてください!」
「少なくとも私は人間を食べません! 食べるのはイワシとかアジとかです!」
「……なんで直接来たのか知りたい? なら最初からそう言ってください!」
「知ってるとは思うんですけど、私のショーって、カップルとか家族連れの方が多いんですよね」
「私がジャンプすると、歓声が上がる! 私が着水すると、悲鳴が上がる! それが私のショーなんです!」
「ですが、お兄さんは!」
「前の席に座っていたのに全くのノーリアクション! 表情ひとつ変えずに無反応! お子さんが泣くよりショックでしたよ!」
「だって泣いたら『やった! わたしのジャンプであの子が泣いた!』ってなりますから。無反応だと『あの、わたしに興味あります? アシカの方がいいですかね?』ってなりますから! 傷つきますよ!」
「それと! ショーが終わったら、毎回お触りとか写真撮影やってるのって知ってますか?」
「はい。そうです。ふれあいタイムです!」
「私を間近で見て触れて、みなさん『かわいいー!』とか『つるつるー!』とか言って笑顔で写真を撮ってくれるんです!」
「私はそれで『また笑顔になってもらえるようトレーニング頑張ろう!
』とか思える訳ですよ!」
「ですがお兄さんは!」
「そんな私を遠くから横目に見てスタジアムをゆっくりと後にする有様!」
「私はそういうの見ると『今日はいまいちだったのかな……』とか思って水槽の中で反省する訳ですよ!」
「ですので! 次からはちゃんとリアクションを取って、ふれあいタイムにも参加してください! それを伝えたかったんです!」
「え? ひとりだと恥ずかしい……?」
「そんなこと全然気にしなくていいですよ! おひとりさんなら他にもいっぱいいますし!」
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしい? む、むぅ……」
「だったら!」
「今日ここで! たっーぷり! 私と触れ合ってください!」
「姿は人間ですし、ショーもここじゃできませんけど、それでも私はウイちゃんですから!」
「その理屈はおかしい? どこがおかしいんですか?」
「あ、もしかしてまた恥ずかしがってますね! まったく! ウイちゃんと二人っきりになれるんですよー?」
「……はぁ。シャイですね。お兄さんは」
「そうですね。ここはお兄さんの家ですし、選択権はお兄さんにありますよね。ですけど……いいんですか?」
「私を追い返して、このままひとりきりで今日という日を過ごすのと、私と一緒に一日を過ごすの!」
「ウイちゃんファンにしてみれば、こんな機会二度とないですし、考えるまでもないと思うんですけど! これを逃したら一生後悔しますよ!」
「ファンなんているのかって!? またひどいことを!」
「いますよ! ほとんど毎週欠かさず来てくれるおばあさんとかたくさんいますし! インスタもやってますけど、フォロワー数一万人超えてるんですから!」
「ここまで聞いた上で! それでも私を追い返しますか!」
「……はい!」
「うんうん! 賢明な判断です!」
「それじゃ、ずっと玄関で話すのもなんなので、入りますね!」
「おじゃましまーす!」
ガチャリ。
「今日はたっぷり、触れ合ってくださいね! お兄さん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます