5.魔王城の食事
十二時まで後五分。私はそわそわしながらチェルさんを待っていた。
お昼ご飯も楽しみだが、チェルさんとの時間が一番だ。しかもお昼はメインの仕事時間が減るとの事で少し多く話しかけてくれる。
大体が私への質問だ。尋問と言うよりも他愛ない世間話に近い。囚われの姫とのことで私はこの城で話題となっているらしい。チェルさんが耳にした噂話が本当なのか聞かれる事が多かった。
発光している。髪が武器になる。どうしてそんな噂話が出たのかはわからないが、真面目な表情で尋ねるチェルさんは少しおかしく、今日もどんな話が出るか楽しみの一つになっている。
チェルさんの事を考えると更に待ち遠しくなる。早く時間にならないかと時計を見るが長針は変わらずにゆっくりと動いていた。じれったいな。もう少し早く動いて欲しい。そう思いながら見つめる事五分。漸く長針と短針が重なった。
そして重なったと同時にトントンといつものように扉を叩く音が聞こえた。急いでドアへ向かい扉を開ける。
「チェルさん。こんにちは」
扉の先にはいつものようにワゴンを引いたチェルさんがいた。チェルさんに挨拶をするとそのままワゴンが通りやすいように扉を大きく開く。
「姫。お待ちかねの飯の時間だ」
チェルさんはそんな私の様子を見ながら言った。チェルさんには食い意地が張っているなんて思われているかもしれない。
ご飯も楽しみだけど、チェルさんが来てくれるからなんてのは言えないし、食い意地が張っていると思われた方が良いかもしれない。
「はい。待っていました」
チェルさんが今日も来てくれて嬉しい。そんなニュアンスを込めて言うが、チェルさんには伝わらない。
チェルさんは私の言葉には気にもとめず、ワゴンを押しながら部屋に入り、机の近くに行くと淡々と机の上にお皿を並べていく。そして私は料理に毒が入っていないか確認していく。
「姫。準備が整った」
チェルさんが並べ終わると同時に確認が終わる。今日も当たり前だが、毒が入っていなかった。
毒が入っているわけがないのに、毒のチェックだなんて、嫌なヤツだな。
「お前は囚われの身なんだろ」
「そうですね。こんなに待遇が良いと忘れてしまいそうです」
私の罪悪感を薄めるようにチェルさんは優しい言葉をかけてくれる。嬉しいが、私は囚われの姫だ。自分の立場を考えながら苦く笑うと、チェルさんはため息をついた。
「そうだな。最近は羨ましいと思うばかりだ」
「羨ましい?」
「仕事をしなくとも安全な飯に綺麗な住まいが用意されているだろ」
「そうですね」
チェルさんはあまり仕事が好きではない。仕事をしなくても生活が出来るのは凄いことなんだろうな。仕事をしないで生活している。姫というよりもニートだな。
「別に俺も今の生活に満足していないわけではない。仕事以外の時は何もしなくて良い。お前の飯ほど豪勢ではないが飯は簡単にありつける」
簡単にありつける。そう言えばチェルさんのご飯はどうしているんだろう? 簡単にと言う事は誰かが作っている? チェルさんは格好良いし、懇意にしている女性がいてもおかしくない。薬指に指輪をつけていないからいないと思っていたが、そもそも指輪をつける文化ではないかもしれない。
女性の影が見えるその言葉に胸がざわついた。
「ん? なんだ?」
チェルさんが私を見る。ストレートに恋人がいらっしゃいますかなんて聞けない。それでも気になるのは確かだった。
私がこの城で接するのはチェルさんくらいで。チェルさんには優しくして頂いている。好意を持つのは普通のことだ。そう普通のことだ。
「チェルさんのご飯はどうされているんですか?」
これなら話の流れでおかしくないはずだ。だが凄く緊張した。チェルさんは自分のことを聞かれるのは嫌いだし。眉間の皺が増えたら即撤退だ。視線を眉間に移動し、いつもと同じように話す。
「食堂で食っている」
魔王城の中に食堂があるんだ。知らないことが多い。食堂。どんな料理があるんだろう? 頭の中にどこかの食堂が思い浮かぶ。何かの漫画の映像だろうか、そう言えば食堂で良くラーメンを食べていたな。ラーメン。美味しかったな。
「食堂があるんですね」
「ああ。城の中に住む場所もあるし、この城は独りでいるにはちょうど良い」
食堂も気になるが、それ以上に独りと言う言葉に耳がぴくりと反応した。
恋人はわからないが結婚はしていない。知ってどうなるわけではないが、ちょっとだけ安心した。チェルさんは格好良い。素っ気ない態度だが、時々優しい。モテてもおかしくない。
「どうしたんだ?」
チェルさんの事を考えていたら、チェルさんが私のことをじっと見るのでびっくりする。チェルさんが結婚をしているか探っていたなんて言えないし、話題を無理やり探す。
「魔王城に食堂があってびっくりしました」
「ああ。お前には縁のない場所だ。知る必要がない」
「わかっていますよ。ただ聞いた事がある名前は興味を持ってしまいます」
私はこの部屋から出ることがない。それくらいはわかる。だが聞き覚えのある場所に妙な安心感を持つのも確かだ。食堂に行ってみたいな。
「期待するほどそんな大層な場所ではない。ラーメン。……説明が難しいな。揚げ物なら想像が」
「ラーメン!」
チェルさんかたら予想外の言葉が出た。先程思い浮かべていた料理の名前が突然出てきて。思わず反応する。
「知っているのか?」
「はい。大好きです」
「……きっとそれはお前の想像しているものとは名前は同じ違うものだな」
「えーっと。そうかもしれませんね。すみません」
チェルさんの言葉で冷静になる。そうだ。ここは異世界だ。ラーメンはないはずだ。落ち着かせるように小さく息を吐くとチェルさんへ視線を戻す。チェルさんは納得がいかないような顔をしていた。
「……一応聞いておく、お前の知っているラーメンはどんな料理だ?」
「醤油。えーっと茶色いスープに麺が入っているんです。その上に焼き豚は……タレに漬けた豚肉で、それを薄く切ったもののせるんです。他には、にたま、味がしみたゆでた卵が乗っていて」
私の言葉にチェルさんが苦い顔をしていく。説明が下手だったかもしれない。
「チェルさん?」
「お前のラーメンは俺の知っているラーメンと特徴が似ているな」
似ていると言う事は私のラーメンと食堂のラーメンは同じようなものらしい。この世界にラーメンがあると思わなかった。予想外の言葉に驚くが、知っている名前を聞けると嬉しい。思わず口元が緩んだ。
「ラーメンがあるんですか。食べたいですね」
「ないものねだりだな」
「わかっています。夢くらいみても良いじゃないですか。とろけるようなチャーシューに味がしみた味玉が」
「簡単な夢だな」
前世は庶民ですからね。とは言えなかった。もれなく転生者と知られてしまう。面倒事の塊と気付かれてしまったら、チェルさんが逃げてしまう。
「簡単じゃないですよ」
この立場なら無理なことだ。ロンディネの人達には煙たがられ、魔王城では囚われの身のため、私は部屋から出る事が出来ない。
前世のように自分の好きなときにラーメンを食べたり、ゲームをしたりする普通の生活に憧れる。
「確かにこんな仰々しいものを毎日食っていたら胃もたれしてしまいそうだ」
「そんなことはないですよ。この料理も美味しいですが、ラーメンは別なんです」
「そうなのか? ん? お前はなんでラ」
チェルさんが私をじっと見て何か言いかけた。言葉の続きが気になりチェルさんを見る。
「いや。なんでもない。それよりも良いのか? 飯が冷めてしまうぞ」
チェルさんはそう言い切るとソファーへと向かってしまった。チェルさんを引き留めし過ぎてしまうと私の監視から外されてしまうかもしれない。
「いただきます」
チェルさんがちゃんと仕事に行けるように。急いで手を合わせて言うとフォークを持つ。
今日のご飯も毒が入っているのを疑うのが申し訳なくなるほどに、とても美味しいご飯だった。
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