囚われの姫に転生しましたが、勇者が助けに来た後はバッドエンドまっしぐらなので、それまでに魔王城で素敵な思い出を作ります

４．姫の日常

　魔王城に来て一カ月。私の中の人質像が変わりかけていた。

　朝昼晩は美味しいご飯をチェルさんが持ってきてくれる。他は何も強いられない。いや、寧ろチェルさんのお仕事を増やすことになるので、何もしないのが一番だ。

　魔王様がこの部屋に来ることもなく。不思議な平穏だった。

　閉じ込められているが部屋は日の光が入るので、明るい。

　さすがに部屋の外からは出られないが、もともと実家でも幽閉の身に近かったため、あまり気にもならない。毒消し草も薬草も使う機会がないため、無理やり外に出る必要もない。

　囚われの姫の中ではかなり優遇されているのは間違いない。と言うか心地よすぎてここから出たくないな。

　私の未来はバッドエンドだしな。ため息をつきながら、見上げた空は雲がなく綺麗な青だった。

　ここにずっといれれば良いのに。勇者の事を考えると憂鬱になる。よし。チェルさんの事を考えよう。そろそろお昼。チェルさんが来る時間だ。あとどれくらいだろうと時計に視線を移し時間を見ると十一時五十分。後十分。もうちょっとだ。

　今日もチェルさんとお話しが出来ると良いな。そんな事を考えていると十分なんてあっという間だったようだ。気付いたら十二時を知らせる扉を叩く音が聞こえた。

　チェルさんだ。嬉しい気持ちを落ち着かせるように息を吐くと扉へ向かう。

　ゆっくりと扉を開けるとカートを持ったチェルさんが視界に入る。

「姫。飯の時間だ」

「はい。チェルさん。ありがとうございます。今、ドアを開けてますね」

「ああ」

　カートが通りやすいようにドアを開けるとチェルさんが部屋の中に入る。チェルさんが机に向かうのを見届けてから私はゆっくりと扉を閉める。

　チェルさんの元に向かうとチェルさんは机に料理を置き始めていた。

　料理をおき終えると「準備が出来たぞ」私に声をかけてくれる。私はその言葉で椅子に座りまずは料理を見る。毒のチェックだ。

「相変わらず才能の無駄遣いだな」

　ご飯のチェックをしている私を見ながらチェルさんが言った。

　確認が終わったらすぐにご飯を食べることを知っているのでチェルさんは待ってくれる。今日も毒が入っていなかった。

「癖になってしまって、ここに来てから作ってくれた方に申し訳ないと思うばかりです」

　毒を盛られるのが当たり前だったせいか、確認しないで食べるのはどうしても抵抗がある。

　だがここの料理は毒が入っていないし、美味しい。だからこそ最近は毒が入っているか確認する度に罪悪感が生まれてくる。

　チェルさんはこうやって油断をさせる手があるからな用心深いことは良いことだ。なんて言ってくれるが、その言葉すら罪悪感に繋がってしまっていた。

「そうなのか。食器を渡すときは食いつきが良いと褒めていた」

「……だって美味しいんですよ。残すのはもったいないです。だからです。こんなに美味しい料理に毒が入っていると疑うのが申し訳なくて」

「お前は魔王にさらわれた身だ。仕方ないだろう。もし何か言われたら魔王がさらってきたせいだとでも言っておけ」

　口調はきついが、チェルさんの言葉は優しい。

　チェルさんが優しい言葉をかけてくれるから、私はチェルさんになら利用されても良いと思っている。

　騙されやすいかもしれないが、それで良い。

　チェルさんには素敵な夢を見せて貰っているし、最期くらいはチェルさんに利用してもらいたい。そんな事を言ったら面倒事はごめんだなんて言われてしまいそうだな。

　って感傷に浸っている場合じゃない。今は大事なチェルさんとの会話だ。チェルさんへ視線を送る。

「はい」

「そう言えば、お前はさらわれているのに城から出るとは考えないんだな」

「もちろんです。ここからは出ません」

「俺としては手間がなく助かるが、一週間くらい経っているんだ。一度くらい逃げていてもおかしくないだろう」

　チェルさんの一週間と言う部分は気になるが、そこにあえて突っ込まなかった。

　チェルさんはもしかしたら一カ月を一週間に感じるくらいに長い時間を生きているのかもしれない。魔物さんだからな。

「チェルさんの仕事を増やしたくないだけですよ。それにここは好待遇ですし」

「それは助かる。ならさっさと食い始めたらどうだ」

　そうだ。早めに終わらせてチェルさんを解放しないと。毒の確認が終わったので急いでフォークを持つ。

「はい。いただきます」

「大人しくしている割に食べ物に警戒しているのが奇妙だな」

　ぽつりとチェルさんが呟くように言った。チェルさんにロンディネでのことは知られない方が良い。

「慎重なだけです」

「そうかここに来た時も準備万端のようだし、まるで捕まるのがわかっていたみたいだな」

　よく見ている。チェルさんは四天王だしな。流石に前世で知っていましたなんて言えない。そもそも信じて貰えないだろうし。どう答えようか考えているとチェルさんが怪訝な表情で私を見る。

「お前は何か隠しているな」

　そう聞かれてしまうとなんて答えれば良いか迷う。チェルさんには嘘をつきたくない。だからと言って全て伝えたら、面倒事だからこいつの監視はごめんだと言われてしまいそうだ。

「まあ良いか。面倒事はごめんだしな」

　どうしようか考えていると私の言葉は最後まで聞かずにチェルさんは部屋にあるソファーに座った。その場所はチェルさんのお気に入りらしく、私がご飯を食べ終わるのを待っているときの定位置となっていた。

「チェルさんには迷惑をかけないようにします」

「助かる。魔王が関わっているってだけで嫌な予感しかしないからな」

　チェルさんの方向を見るととても苦い表情をした。その表情から以前に何かあったことは読み取れた。

「何かあったんですか？」

「ああ。少し前に魔王が二、三週間くらいか不在にしている事があったんだ。その時に魔王の代理と面倒なことをさせられてな」

「魔王様の代理ですか？」

　チェルさんは不思議な人だ。弱いなんて言っているわりに魔王代理。二、三週間くらいと言っているが先ほどの言葉から考えて、もっとしていただろう。

　魔王様の側近として信頼されている。しかも普通は喜びそうだが、とてつもなく面倒くさがっている。

「ああ。二度とごめんだ。そうだ姫。魔王と出かける前は言ってくれ」

「魔王様と？」

「長期間いなくなることも考えられるからな。俺もすぐに雲隠れする」

「わかりました」

　とても嫌だったと言うのがとても良く伝わる表情だった。声色もわずかに低い。

「って俺が話していたら食えないか」

「いえ。食べながら聞けます」

　チェルさんの言葉にご飯を食べるのを再開する。

　チェルさんの話はきいていたいが、私がのんびりしていたらチェルさんのご飯も遅くなってしまう。一緒に食べられたらと思うけれど、人質の身で言えないし。それにチェルさんも一人の方が良いだろう。

　早く食べよう。いつもよりもペースを速めるとチェルさんが待てと言った。

「急いで食えって言っているわけじゃない。消化に悪いしいつも通りでいい」

「そしたら、チェルさんのご飯が遅く」

「昼飯は先に食ってきた。問題ない。ん？　お前の世話をしていたら、仕事の時間が減る。ゆっくりの方が良いな」

「お仕事が残ってしまったら」

　仕事の時間が減ってしまう。それでまずいのではないか。

　仕事が溜まってしまうし。恐る恐る聞くとチェルさんの表情は変わらず話した。

「残った仕事は明日に繰り越せば良い」

「は、はい」

　魔王城はとてもホワイトのようだ。だからと言ってその言葉に甘えてしまったら魔王様に姫の監視をしすぎていると言われるかもしれない。他の魔物さんに変わってしまうのは嫌だし、あまり引き留めないようにしよう。

　そう決めると返事をし、いつものペースでご飯を食べ始める。

　ご飯はいつも通り美味しいので、気付いたらすぐに食べ終わってしまった。食べ終えるとごちそうさまでした。と言いながら手を合わせ、チェルさんの方向を見る。

「美味しかったです」

「そうか。よかったな」

　チェルさんが言った。その言葉は何となくだが最初よりも柔らかくなった気がする。気のせいかもしれないが本当だったら嬉しい。

　口がにやけそうになるのを隠しながら食器をいつものようにワゴンに乗せ、チェルさんに渡す。そしてチェルさんと一緒に扉へ向かう。

「また夕飯に来る」

「はい」

　ドアを閉めてから、ソファーに座り空を見る。未だに青い空が綺麗だった。

　魔王城に来て一カ月。何かが起きるわけでもない。だが私にとってこの時間はとても大切なもののように感じていた。