幼馴染と初恋と文化祭と

月之影心

幼馴染と初恋と文化祭と

『わたしたち、おおきくなったらけっこんしようね!』


『うん!いっしょーしあわせにするよ!』


『うれしー!』


『ぼくもうれしー!』


『……




◇◇◇◇◇




(また……あの夢……か……)




 最近、幼い頃によく一緒に遊んだ子と交わした話が夢に出て来る。

 二階堂にかいどうみお

 今も向かいの家に住んでいる幼馴染で、僕の初恋の相手だ。

 二重の大きな目と整った顔立ちで、小さい頃は雑誌のモデルなんかもやったことがあるくらい可愛らしかった澪は、そのままの雰囲気で高校生になった。

 容姿もさることながら、完璧なコミュニケーション力で周りは常に友達に囲まれていて、楽しい高校生活を送れているようだ。


 そんな幼馴染とは対照的に、僕、一ノ瀬いちのせはやとは身長だけは伸びたものの勉強も運動も成績は常に下位で顔も平均未満、コミュ障もあって友達と呼べる奴なんか一人も居ない。

 陰では『暗くて何考えてるのか分からない』『体は大きいのに何も出来ない独活の大木』『いつもはっきり喋らなくてキモい』なんて声が聞こえてくるほどだ。


 僕と澪の『差』は年齢と共に広がっていったようで、澪と一緒に居れば居るほど自分の惨めさを感じるようになっていった僕は、次第に澪との距離を置くようになっていった。


 それに反比例するように、僕が澪の事を好きな気持ちはどんどん大きくなっていたのだけれど、それを伝えなきゃと思った頃には、澪との距離は余りにも離れ過ぎていた。




◇◇◇◇◇




「おはよぉ~!」




 肩を落とし、背中を丸めてトボトボと登校する僕の背後から挨拶の声が聞こえてきた。

 聞き間違える筈のない、澪の声。

 少しだけ歩みを緩めてはみるものの、勿論僕に対して声を掛けてきたわけでないことくらいは分かっている。




「おはよぉ澪ぉ!昨日さぁ……」




 澪は僕の後ろを歩いていたクラスメートに挨拶をし、その挨拶に元気に返すクラスメートの声が僕の背後で響く。

 僕は気付いていない振りをしながら、学校に向かってトボトボと歩く。


 今日も『何も無い一日』が始まる。




◇◇◇◇◇




「それじゃあ文化祭の出し物について考えないといけないんだが……」




 そう言えばもうそんな時期だったんだ。

 6時間目がホームルームに充てられていて、担任がそんな事を言い出した。

 文化祭なんてものは参加したい奴だけが盛り上がっていて、僕みたいにどうでもいい奴は目に付かない場所で隠れて漫画を読んでいたりするだけの無駄な時間だ。

 ツワモノなら仮病でも使って休んだりするんだろうけど、うちの親がそんな甘えた事を許すわけがないのでただ登校するだけの日になる。




「まずは実行委員長と副委員長を決めてくれ。立候補が無ければ推薦でも構わん。」




 僕は推薦なんかされるわけがないと分かりつつ、木の机の節目を目で辿りながら教壇の方を見ないようにしていた。




「はいっ!私やります!」




 それが澪の声だって顔を上げて確かめなくても分かる。

 澪なら人望的にも問題無いだろう。

 教室の中にも感嘆の声が上がる。




「お?二階堂やってくれるか?じゃあ副委員長を……」


「あ、じゃあ俺やりますよ。」




 爽やかさを音にしたような声は桐ケ谷きりがやそう

 女子の人気ナンバーワンが澪なら、男子の人気ナンバーワンとも言われているイケメン君。

 澪とも普通に仲良くしていて、実は澪と桐ケ谷は付き合っているなんて噂が流れた事もあるくらいだ。

 殆ど絡みの無い僕はよく知らない人だけど。




「それではクラスで何をするかを決めていきたいのですが、意見を出しにくい人も居ると思いますので紙に書いて出してもらいます。勿論無記名でかまいません。」




 澪がそう言うと、桐ケ谷はプリントを半分に切って各列に配り出した。

 前の席の奴は僕の方を振り返りもせずプリントの切れ端を僕の机の上に置いた。




(文化祭なんてやりたい奴がやりたい事すりゃいいんだよ……)




 僕はヤル気ゼロの状態で配られたプリントに『ドミノ倒し』と書いて提出した。

 準備に時間も掛かるし何より場所を占有する。

 まず決まる事は無い。


 その後、出し物を決めるホームルームは参加する気のある一部が皆から集まった意見を元に議論し、『ファストフード店』をする事に決まったようだ。

 露店ならそんなにスタッフも必要無いし、何も関わらないで済みそうだ。


 澪の閉会の挨拶と同時に6時間目も終わり、入れ替わった担任が連絡事項を伝えると、僕は鞄を持って誰と挨拶を交わすでもなく教室を出て家路に着いた。




◇◇◇◇◇




「ただいま。」




 家に着いて声を出してみるが家には誰も居ない。

 親父もお袋も、それぞれが愛人を作って好き勝手に過ごしていて滅多に帰って来ない。

 僕の事なんか忘れてしまっているんじゃないかと思うくらいだ。

 両親の事なんか考えたくもなくなっている自分も自分だけど。

 その為、家事全般難無く出来るようになったことは怪我の功名と言うべきか。

 帰って着替えると、台所で冷蔵庫や食品庫を物色して晩飯を作り始める。




「面倒だから適当に焼いて食べよう。」




 米を炊き、フライパンで食材に火を通し、適当に盛り付けて胃に収める。

 その後は風呂に入り、宿題を済ませ、適当にネットで動画を観て、眠くなったら寝る。

 いつもの何の感情も無いルーティーンをこなし、夜が明けるのを待つだけだ。




◇◇◇◇◇




 だからと言って、夜明けを楽しみにしているわけではない。

 寧ろ、永遠に夜が明けなければいいのに……とすら思っている。

 そうすれば学校に行かなくてもいいのだから。




「おはよう。」




 聞き慣れた澪の声が背後から聞こえる。

 いつも通り、僕に掛けた言葉じゃない事は分かっている。




「おぉい!おはよぉ~って!」




 いつも通りじゃないのは、澪に声を掛けられている筈の誰かが澪に返さないところだった。

 ぱたぱたと足音が近付いて来る。




「隼くんってば!」


「え?」




 澪の声で名前を呼ばれたのは何年振りだろうか。

 驚いた僕は足を止め、背後を振り返った。




「おはようって言ってるのに何で無視するかなぁ?」




 追い付いた澪が少し不服そうな顔で僕を見上げていた。




「え……あ……えと……お、おはよう……澪……ちゃん……」


「はい、おはよう。もぉ、ちゃんと挨拶しなさいって小さい頃から言われてたでしょ?」


「あ……う、うん……ごめん……」


「まぁそんな事よりちょっとお願いがあるんだけど。」




 澪が僕に頼み事?

 僕に出来る事なんかそんなに無いと思うんだけど。




「隼くんって自炊してるんだよね?」


「あ……うん……」




 幼馴染という長い付き合いもあって、澪も僕の両親が家に帰って来なくなったことくらい澪の両親から聞いているのだろう。




「と言うことはさ、料理の腕には自信アリって感じ?」


「い、いや……お腹を膨らませる為の料理だから……自信はない……けど……」


「でも私たちくらいの年代だと、家庭科の授業以外で包丁持った事ない子だっていっぱいいるんだからそれを思えば全然レベル高いってことだよね?」


「そ、そういうことでも……無いと思うんだ……けど……」




 澪はその大きな目を僕の方に向けて、昔から変わらない可愛らしい笑顔で僕の顔を覗き込むように見上げている。




「ほら、今度文化祭でうちのクラス、ファストフード店やるでしょ?あの後何人かと話したんだけど、何とびっくり!マトモに料理出来る人が居ないんだよ。笑えるでしょ?」




 澪はケラケラと楽しそうに笑っていたが、ファストフード食品なんて料理の内に入らないと思うんだけど。




「それで隼くんのこと思い出したんだよね。」




 僕は心臓が大きく跳ねるのを感じた。

 澪が僕のことを思い出してくれるなんて思わなかったから。




「普段から自炊してる隼くんならちょちょいのちょいで作れるんじゃないかって。」


「で、でも……それは……」


「ダメかな?」


「え……」


「ほら、うちの文化祭って3年生は何もさせてもらえないから、多分思いっきり学校生活を楽しめるのって文化祭が最後な気がするんだ。だからやるからには真剣にやりたいし失敗したくないの。」


「う、うん……」


「お願い、聞いてもらえないかな?」




 手を合わせてすがるような顔をする澪のお願いを断れるほど、僕は強くなれない。

 僕は、澪への想いを完全に絶ち切れていない弱さを改めて実感していた。




「い、いいよ……ぼ、僕で良ければ……」


「ホント!?やった!ありがとう!ホントに助かるよ!じゃあ皆に私から言っておくね!」




 満面の笑みを浮かべた澪は、そう言うと学校に向かって走り出した。

 澪は単に文化祭を失敗したくないという思いで料理の出来る僕に頼んできただけなのだろうけど、僕は少しだけでもまた幼い頃のように澪との距離を戻せるんじゃないかと微かな期待を持ちながら、ゆっくり学校へと足を進めていた。




◇◇◇◇◇




 先に学校に向かった澪が文化祭の事について話していると思いながら入った教室だったが、そこはいつもと変わらない、僕に挨拶をするクラスメートなんかいないいつもの教室だった。




(文化祭の為に学校来てるわけじゃないしな……)




 教室に入れば既に澪が話をしてくれていて、多少なりとも昨日までとは違った扱いになっているんじゃないだろうかという期待をしていた自分を情けなく思った。

 僕は鞄から1時間目の授業のテキストとノートを取り出して机の上に置くと、それをじっと見ながら授業の開始を待っていた。




「あ、来てた来てた!」




 教室の前の方から澪の声が聞こえてきて、数名の視線を感じると同時に澪が僕の席の方へやって来た。




「一応メニューっぽいの考えたんだけど作れるかなぁ?」




 澪はそう言って僕の机の上にA4のノートを広げて見せた。

 そこには鉛筆の走り書きで『ハンバーガー』『ハッシュドポテト』『アップルパイ』等々……。

 黄色い『M』のマークのファストフードショップのパクリみたいなメニューがずらずらと並んでいるが、どれもスーパーの冷凍食品コーナーで売られていたり、切って載せて挟んでといった工程で出来そうなものばかり。




「え、っと……こ、これなら……完成品が売られてるっていうか……その……」


「完成品って……あははっ!冷凍食品出すだけだったらこんなに悩まないよ。私が隼くんにお願いしてるのは”料理”。こういうのを一から作りたいの。」




 思っていたのと全然違っていた。

 それもそうか。

 澪だって簡単な料理くらい出来るだろうに、レンチン程度の事を手伝ってと言って くるわけがないのに。  

 それにようやく気付き、思わず口角が上がってしまっていた。




「何でニヤケた顔してるの?」




 いつの間にか澪の背後には実行委員副委員長である桐ケ谷が立っていて、僕の方をじっと見ながら尋ねてきた。

 その声は、いつもの爽やかな声では無く、少し低く抑えた、ともすれば『恫喝』とも取れるような声だったので、僕は驚いた顔で桐ケ谷を見上げてしまっていた。




「あ……いや……に、ニヤケてなんかないよ……」


「そう?何か小馬鹿にしたような顔してたからさ。」


「そ、そんなわけ……ないよ……」


「ならいいか。それでそのメニューにあるのは作れそうなの?」




 明らかに僕を見下したような目付きの桐ケ谷に、僕はどう答えればいいのか迷っていた。




「すぐ返事出来ないのかもしれないから、また後で教えてくれる?」




 口籠る僕に、澪が助け舟を出してくれた形になった。

 桐ケ谷は面白く無さそうな顔をしていたが、澪に『そろそろ席に着かないと先生来るよ』と促されて僕の席から離れて行った。

 僕は小さく安堵の溜息を漏らすと、頭を切り替えて机の上の教科書に視線を落としていた。




◇◇◇◇◇




「え?こ、今晩……?」




 一日の授業を終えて帰ろうとしていた時、教室を出た所で澪が話し掛けてきた。

 今朝方出してきたメニューが実際に作れるのかどうか試してみたいとの事で、夜うちに来たいと言い出した。




「うん。隼くんちで実際に作れるかどうかやってみたいなと思って。」


「あ……うん……い……」




 『いいよ』と言い掛けて、そう言えば掃除も洗濯も洗い物も何もしていなかったことを思い出して言葉を詰まらせた。

 今から家に帰って掃除と洗濯と洗い物済ませるのにどれくらい時間が掛かるだろうか。




「あんまり遅くなっても悪いから5時くらいに行ってもいい?」




 今から2時間後。

 何とかなるだろうと読んだ僕は、澪が家に来る事を了承した。




「やった!じゃあ私、スーパーで食材買ってから行くね!」




 手を振りながら足早に去って行く澪の後ろ姿を見送った僕は、大急ぎで家に向かって走った。




◇◇◇◇◇




 家中に掃除機を掛け、シンクの洗い物を片付け、洗濯物を洗濯機に押し込み、汗だくになりつつ何とか見られる家になったとソファに腰を下ろすのと、玄関のインターホンが鳴ったのはほぼ同時だった。

 時計を見ると5時5分前。

 こういう時も澪は律儀な性格を見せる。

 僕は既に疲労困憊の体を立ち上げて玄関へと向かった。




「お邪魔しまぁす。」




 いつもの笑顔を見せる澪が玄関に飛び込む。




「お邪魔します。」


「お邪魔します……」


(え?)




 澪の後ろに続いたのは不敵な笑みを浮かべる桐ケ谷と、少し不服そうな顔をした女子が一人……クラスメートの、確か松野内まつのうち……もえさんだったかな。




「え……あ……」


「隼くんごめんね。私が隼くんち行くって言ったらどうしても着いて行くって言われちゃって。」


「あ……うん……」


「まぁ二人共文化祭には積極派だし、料理覚えてくれれば厨房のメンバーのやり繰りしやすくなるからさ。」




 正直なところ、澪だけだと思っていて心が浮付いていたのもあってがっかりはしたんだけど、仮に澪だけだったとしても何かが起こる可能性もゼロなわけなので落ち込むような事でもないんだ。




「ど、どうぞ……」




 僕は三人をキッチンの方へ促すと、すぐにシンクの方へと回り込んだ。




「それじゃあまずはメインのハンバーガーなんだけど……」




 キッチンテーブルを囲むように澪と桐ケ谷と松野内が立ち、澪のノートを覗き込みながら来る途中で買ってきたであろうスーパーの袋から食材を出していく。

 出された食材とノートを見比べながら、料理毎に一塊にしていた。




「ねぇ隼くん、割とスタンダードな素材なんだけどこれでいい?」




 僕はシンクからテーブルの方に近付いて食材に目を通した。




「うん……大丈夫……」




 特に足りないものや変わったものは無かったのでそう答えたのだが、それに何故か松野内が噛み付いてきた。




「大丈夫ってどういう事?私たちが一生懸命選んだ食材に”大丈夫”って随分な言い草じゃない?」




 キッチンの空気がピンと張った。

 僕も澪も唖然とした顔で松野内を見ていた。

 桐ケ谷だけは平然としていたけど。




「あ……いや……そういうつもりじゃ……なくて……」


「じゃあどういうつもりなの?」


「萌ちゃん、急にどうしたのよ?」


「澪は黙って。ねぇ、どういうつもりで”大丈夫”なんて言えたの?」


「萌ちゃん……」


「まぁまぁ、松野内さん落ち着こうよ。まずはその”大丈夫”な食材で一ノ瀬君に作ってもらおうよ。」




 桐ケ谷は松野内を宥めるようにそう言ったが、その顔は今朝見せた僕を見下すような少し薄笑いを浮かべた表情だった。




「一ノ瀬君、作ってみてよ。」


「うん……」




 僕はテーブルの上の食材を手に取ってシンクの方へ向き直った。


 多分、その際にちらっと視界の隅に入った澪の困ったような顔が、僕の気持ちに火を点けたんじゃないかと思う。


 食材を手際よく準備し、フライパンの上でそれぞれの具材に火を通していく。

 パティの肉汁が輪切りの玉ねぎやトマトに染み込む。

 バンズを裏返して適度な焼き目を確認して取り出す。

 パティの上にチーズを載せてからフライパンに蓋をして軽く蒸らす。




「へぇ~!ハンバーガーってこうやって作るんだ!」




 澪が感心した声を出していたが、桐ケ谷と松野内は無言のまま僕の手元を見張るように凝視していた。

 やがて3つのハンバーガーが出来上がると、皿の上に盛り付けてキッチンテーブルの上に置いた。




「何か本格的だねぇ!」


「問題は味だよ。」


「……」


「食べてみていい?」


「ど、どうぞ……」




 三人はほぼ同時にハンバーガーを手に持つと、澪は両手で持ってかぶりつき、桐ケ谷は片手で持って大きく口を開けてかじり、松野内は左手で小さく千切って口に放り込んだ。

 三者三様の咀嚼音が静かなキッチンに響く。




「美味しいっ!」




 最初に声を上げたのは勿論澪だった。




「えっ!?こんなの初めて食べたんだけど!?ハンバーガーってこんなに美味しいものだったの?」




 ほっと胸を撫で下ろしつつ、ちらっと桐ケ谷の表情を伺えば、桐ケ谷は無言ではあったが『うんうん』と頷きながら二口三口とかじりついている。

 松野内もまた、不服そうな顔は何処へやら……千切って口に放り込む手が止まらなかった。




「ねぇ!これめちゃめちゃ美味しくない?マジでお店レベルだよ!」


「いや、これは正直驚いた。一ノ瀬君にこんな特技があるとは思わなかったよ。」


「私もまさか隼くんの料理の腕がここまでとは思ってなかったわ。」


「松野内さんはどう?」


「ふぇっ!?ま、まぁまぁと思うわ。文化祭の出し物にするなら十分じゃない?」




 あっという間に完食した人の言い方ではないなと思いつつ、また妙な言いがかりを付けられるのも嫌だったので、綻ぶ顔を見せないようにして何も言わずに冷蔵庫からオレンジジュースを出してそれぞれの前に並べて置いた。




「じゃあ次は……」


「あ、二階堂さんちょっと考えがあるんだ。」




 澪が次の調理を僕に言おうとした時、桐ケ谷がそれを止めた。




「どうしたの?」


「これさ、折角色々メニュー考えたけど、ハンバーガー一本でいくのってどうかな?」


「ハンバーガーだけってこと?」


「そう。一ノ瀬君、さっきのを色々アレンジしたり出来るかな?」


「え……あ……ま、まぁ……出来ると思う……けど……」


「ならそうしないか?これだけ美味いハンバーガー作れるなら一本で勝負出来ると思うんだ。その方が工数的にも楽だろうし。松野内さんはどう思う?」


「そ、そうね……一ノ瀬君が他のも上手く作れるとは限らないものね。」




 桐ケ谷は松野内の言い方にくすっと笑ってから僕の方を見た。




「一ノ瀬君、他に何種類かアレンジ考えてもらえるかな?もしすぐに無い食材なら買って来るからさ。」


「え……」




 いきなり協力的になった桐ケ谷の態度に驚きはしたものの、ちらっと見た澪が嬉しそうな顔をして僕を見ていたので、僕も桐ケ谷の案に乗ることにした。

 結局、5種類ほどのアレンジを加えて試食を終えて『ファストフード店』改め『ハンバーガーショップ』のメニューは確定した。


 いつの間にか『文化祭に積極的に参加する側』に立たされていたと気付いたのは、皆が帰って一息ついた後のことだった。




◇◇◇◇◇




 そしてあっという間に文化祭当日。

 僕は教室の奥に構えた厨房に籠りきりになり、5種類のハンバーガーを休む暇無く作り続けた。

 評判が評判を呼び、3時を迎える前に食材が尽きて完売となった。




「改めて、ありがとう、一ノ瀬君。君のお陰で大成功だよ。」




 厨房を片付けている時に顔を出したのは桐ケ谷だった。

 何かと僕を見下すような見方をしていた桐ケ谷も、今ではすっかり同じクラスメートとして見てくれている。




「い、いや……僕は……ハンバーガーを作っていただけ……だから……」


「それが一番大変な事なんじゃないか。本当にありがとう。」


「う、ううん……全然……そんなんじゃ……」




 桐ケ谷は僕の後ろに投げられた段ボールやビニール袋を片付けるのを手伝ってくれていた。




「なぁ、一ノ瀬君。」


「な、何?」


「高校の文化祭っていうのは、こうして仲間と盛り上がって、将来的には大して役に立つわけじゃないんだけど、一生忘れられない”思い出”を作ることの出来るお祭りでもあると思うんだ。」




 僕は桐ケ谷が何を言いたいのか分からなかったけれど、片付ける手を止めて彼の話に耳を傾けた。




「自分の気持ちを伝えるのに、こんないいお祭りは無いと思うよ?」


「……?」


「一ノ瀬君は、二階堂さんのことが好きなんだろ?」


「えっ!?あっ!い、いやっ……そ、そそそんなことは……」


「ははっ。隠さなくてもいいよ。調理担当を二階堂さんに頼まれた時も、君の家で試食会をした時も、そして今日も、君の二階堂さんを見る視線がそう言ってた。」




 恋愛慣れしていると、他人のそういう所まで気付くものなのかと感心する一方、あまりに図星を指され過ぎて言葉を発せなくなってしまった。

 桐ケ谷は、僕があまりにも分かりやすすぎる反応を見せたので、顔を綻ばせながら僕の顔を覗き見て言って来た。




「気持ち……伝えたらどうだい?」


「えっ?……で、でも……僕なんかじゃ……澪……ちゃんとは……釣り合い……とれないから……」


「そんなの伝えてみないと分からないだろ?」


「わ、分かるよ……澪ちゃんと僕は……離れ過ぎてる……から……」


「それは彼女に確かめたことなの?彼女に”離れ過ぎてる”って言われたの?」


「え……?い、いや……ち、違うけど……」


「自分で離れ過ぎていると思っているなら、逆転の発想で”これ以上離れても同じ”って考えるのはどうかな?」




 モテる男はこういうポジティブな考え方が出来るんだろうな。

 いや、ポジティブな考え方が出来るからモテるのか。




「で、でも……桐ケ谷君は……その……澪ちゃんのこと……」


「え?俺?そんなこと言ったら萌に怒られちゃうよ。」


「え?も、もえ……ってま、松野内さん?」


「そそ。俺、萌と付き合ってるし。」


「じ、じゃあ文化祭の実行委員になったのは……」


「あ~、俺結構お祭りとか皆でわいわいするの好きだからさ。……ってなわけで、一ノ瀬君はちゃんと気持ちを伝えようよ。」


「わ、分かったよ……」




 乗り気というわけでも、桐ケ谷に説得されたつもりでもないけど、あまり突っ込んで欲しくない話題を切り上げる為にそう返した直後だった。




「二階堂さん、ちょっと。」




 僕は澪の名前を桐ケ谷が呼ぶのに反応して小さく肩を竦めた。

 桐ケ谷の視線の先を追うと、そこには額の汗を拭いながら表周りの片付けをする澪がこちらに顔を向けていた。




(聞いていた?)


「はぁい!何かな?」


(聞かれてはいなかったみたいだけど……)




 いつもの笑顔を浮かべてバックヤード側に澪が顔を覗かせる。




「一ノ瀬君が二階堂さんに話があるんだって。」


(えっ?)




 分かったとは言ったものの、そんなに突然言われても心の準備までは全く出来ていない。




「話?何かな?」


「じゃあ俺は職員室に報告行って来るよ。」


「あ、助かる。お願いね。」




 澪はそう桐ケ谷に言いながら僕の方へ近付いて来る。

 一歩ずつ……澪が近付くにつれて僕の心臓は早く打つようになる。




「話って?」




 いつもの輝く笑顔で僕の顔を覗き込む澪。

 僕の頭の中には桐ケ谷の言った『高校の文化祭は一生の思い出を作るお祭り』という言葉が渦巻いていた。




「み、澪……ちゃん……あ、あのさ……ぼ、僕……」


「うん?」


「ぼっ僕っ!み、澪ちゃんのことが……




◇◇◇◇◇




 設営していた厨房をあらかた片付け終わり、床をモップ掛けしていると桐ケ谷が職員室から戻って来た。




「戻るの遅くなってごめん。先生からお褒めの言葉をいただいてさ。ちゃんと”一ノ瀬君のお陰です”って言ってあるかr……一ノ瀬君?」




 桐ケ谷は言葉を詰まらせた。

 きっと、僕の頬に流れる涙が見えたんだろうな。

 僕は桐ケ谷の方に顔を向けて精一杯の笑顔を見せた。




「ご、ごめんね……だ、ダメだって……」


「一ノ瀬……君……」


「で、でも……い、一生の……思い出……になったと……おも、思う……き、桐ケ谷君に……ゆ、勇気を……もらえて……よ、よかった……」




 しゃくり上げながら話す僕の言葉を、桐ケ谷は悲しそうな、申し訳なさそうな顔でじっと聞いてくれていた。




 高校の文化祭と、僕の初恋は、終わった。

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