第四章 10
絶対にアリスティアと国王ルカスを会わせる気はないアルフレッド達だったが、「宝石産出に対し絶対有利な取引条件」と「持参金ばりの献上品」
を前にしたレジェンディアの国王が、
「どうしても出奔した息子に会いたいという親心はわかる」とか頷くばかりでなく、「ついでに各国で噂にのぼる聖竜の娘にひと目でもというのもわからぬでもない。アルフレッドと王太子同席のもとならば構わぬだろう」と許可を出してしまったのだ。
「あンの、クソ
という知らされた途端のアルフレッドの第一声を、
「物騒な事を言うな(やりそうで怖い)、私も反対だがこうなった以上早々に終わらせてお引き取り願うべきだろう」
宥めつつアッシュバルトは早々に当のカイルを含め場所を整えた。
「久しぶりだな、カイル」
「……あぁ」
人好きのする笑みを浮かべて語りかけるルカスをよそにカイルの方はなんの感慨も感情も浮かべてはいなかった__
そのやりとりだけで周囲は二人の関係性の大体を察した。
カイル本人は語らないが、アリスティアの話によればカイルは一応認知はされているものの王子として扱われて育てられてはおらず、出奔して数年来、気にされることもなかったという。
つまりはそういう事だ。
そして成金国王は息子のそっけない態度を気にする事なくアリスティアに向き直り、
「そして貴女が聖竜の加護を得たという娘か……!なるほど竜も見惚れる美しさ、まるで天が遣わしたアクアマリンの化身のようだ___、あと数年もすればさぞ美しい女神に成長されるでしょうな」
馴れ馴れしく手を取って囁かれる美辞麗句にアリスティアは鳥肌が立った。
それを感じ取ったカイルがすかさず動く前に、
「ええ、我が婚約者は本当に美しいでしょう?___特にこの時期、悪い虫がつきやすくて気が気ではないんですよ」
アルフレッドがデフォルトスマイルを浮かべながら素早くアリスティアの手を取り自身の元へ体ごと抱き寄せる。
さり気ない仕草だが、恐ろしく早かった。
それだけでアルフレッドが今どれだけ怒っているか察したアッシュバルト以下そこに居合わせた数名はごくり と唾を呑んだ。
当のルカスも一応察したのか、
「これは……!失礼した、美しいものはとにかく愛でたい性分なもので」
「……違いないな」
ボソッと呟かれた声は一番近くにいたアリスティアとアルフレッドにも聞こえたかどうか___当然、ルカスに聞こえる筈もなく、
「カイル、国に戻って来る気はないか?」
空気を読む気のない王は続けた。
「ないな。ライオスからも話がいってる筈だ、俺はあんたの国に戻る気なんかない」
「残念だがここはお前の意思を尊重しよう。気が変わったらいつでも言ってくれ。__王太子殿下、アルフレッド王子殿下この度は願いを聞いていただきありがとうございます。婚約者様には後ほど我が国より宝石を贈らせていただきましょう___その瞳と同じ、極上のアクアマリンを。息子が世話になった礼としてお納めください」
殊勝に頭を下げるルカスの瞳が怪しく光っているのを、アルフレッド達は見逃さなかった。
気持ち悪いので直視を避けていたアリスティアは視線には気付かなかったが、「アクアマリン云々」のあたりで
「噂通りの俗物だったな」
「噂以上、だよ!見た?あの目、完っ全にティアを
「そのメイデン嬢はどうしてる?」
「気分が悪いって部屋で休んでる、変態の気に当てられたんじゃない?」
「お前が傍に付いてなくて大丈夫なのか?その、色々と……」
「__今は男が傍にいない方がいい。カミラに付いてもらってるから大丈夫だよ……ヤツが帰ったら、ちゃんとする」
謝って、許しを貰って、まだ婚約者でいてって__、ちゃんと言うから。
「まあ、そのカタはじきにつくだろう」
意外にもルカスは、
「準備が整い次第出立する、お礼はまた改めて」
と直ぐに引いたため少々拍子抜けしていた。
だがこの時の彼らには情報が不足していた。
ルカスを擁するナルジア王国は宝石が豊富に採れる地にある故に金満で傲慢でもある事、金に物を言わせて全てを賄ってきた__例えば魔法力も、時には人心さえ買ってきたため、それを駆使して欲しいモノに手を出すことを躊躇わない国民性だという事を、理解しきれていなかった。
その筆頭である国王は金色のものを特に好み、全てを金で誂えている人物であり、それが他人のものであれば金と権力にモノを言わせて、奪う。
物でも人でも、躊躇なく。
女性に関しては特にそうで、後宮には様々な色彩の女性が侍っているがとりわけ金髪の女性が多いとか__一応息子であるカイルも後宮にいたのは僅かな期間である上、母も他の側妃と関わろうとはしなかった為知りようがなかったことを。
そして当のカイルは、
「何故あいつに余計なことを言った?」
アリスティアの事をナルジア王国に知らせた幼馴染でもある男を詰問していた。
「お俺はそんなつもりじゃ……!陛下に頼まれてたんだ、お前の事が心配だって。なんかあったら知らせてくれって!」
その答えにカイルはチッ、と舌打ちする。
生憎と自分の生物学上の父親はそんな情を持ち合わせているような男ではない。
そして奴の周囲にもそんなクズを嗜めるような人間は覚えている限りではいなかった。
あの国では権力があればあるほど女たらしなのは当たり前であり、そしてそれは
出奔してそれに気付いたカイルはもう祖国とは縁を切ったつもりでいた。
だが、唯一幼馴染の目の前の男だけが共に来るのを止めもしなかった。
こいつは子供の頃から頼りない癖に情に脆く、幼いカイルとっては唯一の友だったからだ。
だからこそ、その情の厚さをヤツに利用されたのだろう。
あの婚約者の王子には知らせておいたが、嫌な予感がする。
カイルは星明かり一つない闇夜を見上げた。
時を同じくして、
「悲劇的な子供時代過ごすのを間近で見ていた幼馴染が心を許せる人に出会えた事を良かれと思って国に報告してしまっていたとは聞いたが、厄介な真似をしてくれたものだ__面倒な事に、ならなければいいが」
アッシュバルトも真っ暗な空を見上げていた。
「あんな下卑た瞳しか浮かべられない男が国王やってられるって事は_…、」
す、とダーツの矢を構えたアルフレッドは壁に設置された的を剣呑な色で見つめる。本来なら数字が書かれているはずの
カッ……!
小気味よい音を立てて矢は的の真ん中、絵姿の男の額を捉える。
「国交とか、しない方がいいんじゃないかなぁ……?」
結果に満足して口元が弧を描いた。
___そして矢を射られた人物は。
「噂通り、実に美しい娘だったな…、」
くっくっと与えられた客室で下卑た笑みを浮かべていた。
数日後、出立の準備も整う頃ルカスは、
「お世話になったお礼に」とレジェンディアの王室一家に土産として置いていく宝石を「是非手ずから選んでいただきたい」と謁見の間で並べたてていた。
__まるで宝石商のように。
「貴国からは既に多く頂いてるゆえ不要」と最初は王も固辞したが、
「なに高貴な方に身に付けて頂くのが石にとって何よりの誉れ、我が国の宝石の評判も高まりましょう。是非王妃陛下や次期王太子妃殿下にも選んでいただきたく__、国王陛下にはこの大きなルビーなど如何でしょう?本日お召しのローブに良く合いましょう」と大きなルビーを差し出され、
「む、そうか……?」とあっさり懐柔されこの謁見の間には国王夫妻、双子の王子、ミリディアナが揃っていたがアリスティアの姿はない。
「アクアマリンの姫君はいらっしゃらないのですか?」
「我が婚約者は(貴様のせいで)体調が優れなくてね、お気持ちだけで結構」
アルフレッドがばっさり切った。
同じ頃、アリスティアは部屋で寛いでいた。
あの気持ち悪い男は今日で城を去るという。
カイルはここに残ると聞いて、(良かった)とアリスティアは安堵していた。
それに今日は……、と考えていたところにノックの音が響いた。
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