第三章 7
実際のとこ、奴は彼女をみて明らかに考えを変えたと思う。
当初は救国の天使と噂される男爵令嬢を一度拝んでおこう、くらいの心持ちだったはずなのだ。
だが、実際のアリスティアは噂に違わずどころか噂以上に美しい。
今日は滅多にない夜会仕様だから尚更だ。
本人にそんな自覚はないようだが、初めて会った時から美しい少女だったのが日に日に美しさに磨きがかかり、腰の細さは変わらないのに胸の出っ張り、じゃない芳しい薔薇が花開く様に色香を増していき、美しい女性に成長しつつある。
金の髪も腰まで届く長さに達し、それが陽光を浴びてきらめくさまはまさに天使のよう。
伝説を体現したような少女がさらにこれだけ美しければ、一目惚れも求婚も人攫いも(?)もう何だってありだ、おそらく。
彼等の台詞はこういった親心からのものであったが、
「つまり、〝私一人なら与し易し〟と思われている、という事でしょうか?」
案の定、アリスティアには見事に曲解されて伝わる。
「違う!」
「そんな話ではない!」
「……君ねぇ……」
王太子とギルバートの返しに対し、アルフレッドは呆れた声だった。
「念のためにきくけど、君 自分が美少女だって自覚ある?」
「………」
自覚はしてる。
幼い頃から器量よしだと褒められたし天使みたいに可愛い、と言われてきたのが私だ。
きらきらな金髪も、明るい空色の瞳も気に入ってる。
けど、この人たちには出会った当初から褒められた事は一度もない。
一緒に生徒会でいるようになっても有能さを褒められた事はあっても、容姿を褒められた事なんてあったっけ?
あ、さっきパーティーにエスコートされる時褒められたっけ?ドレスを。
それ以外何かあったっけ?
……ないな。
意味わからん。
よって彼女の反応は、
「してますが何か?」
とでも言いたげな胡乱な眼差しで彼等を見返すというものだった。
___全然わかってない___!!!
本人の無自覚ぶりに三人は思わず床に突っ伏しそうになるのを何とかこらえた。
確かに最初は「先ずヒロインの容姿を褒めて自信をつけさせてはいけない」という思いが念頭にあった為、容姿どころか仕事の有能ぶりを褒める事すらせず、彼女に要らぬ劣等感というか先入観を植え付けてしまった自分達のせいだが、いやそれ以降も彼女の線引きがあまりにも明確なので義務的に接せざるを得なかったというかフランクに褒められるような感じじゃなかったし!
と心中と目線とでごちゃごちゃ言っている彼らの思いが今更アリスティアに通じるわけもなく。
「えぇとね?とにかく当時の皇帝と皇太子はセイラ妃殿下を拐って後宮に入れようとしたんだよ!色々企んだものの当のセイラ妃殿下に企みごと粉砕されたんだ。表に出さないだけで恨みに思っててもおかしくない」
知られても構わない部分だけを話し敵意はないと知らしめた上で、彼女に良い印象を持ってもらおうとしている時点で既にグレーだ。
尤もどうにかして彼女に取り入ろうとしている連中があの会場にもこれからもどれだけいるか。
今頃トラメキアに出し抜かれて歯噛みしてるだろう。
「恨み、ですか」
もうずっと昔の事なのに?
それに、セイラ妃殿下がトラメキアの初代皇妃が聖竜の加護持ちだって伝えたなら親近感持ちそうなものだけど。
(現にさっきの皇太子だって、そんな恨みがましい感じは)
「その初代皇妃の件だって当時の皇帝が頭下げて来た時に仰ったそうだよ?“その力は人とドラゴンの良き仲介者たれ“と授けられたものなのに、何故貴方がたは使い方を間違ったのかってね」
成る程、そうなのか。
「だから、近づいちゃダメだよ?いくら外面が良くたって腹ん中で何企んでるかわかんないからね?」
「本来なら口伝で王家のみに共有される情報だが、君は知っておいた方がいい。実際に狙われるのは君なのだから」
「こうなった以上、彼女の護衛は増やした方が良いかと」
勝手に話を進める三人は心底本気で言っているのだが、アリスティアの胸中は
(いや、いらん)
だった。
「……ンな嫌そうな顔しないでよ、こっちだって譲歩してるんだから」
「君の意向に沿わない事はしたくないが、」
「実際あまり離れての護衛では間に合わない場合も想定されますし」
「学園内でいきなり大挙して襲って来る事もないと思いますが?」
だってここの住人の殆どは生徒なのだ。
生徒全員が敵にまわるというならともかく。
「だからこそ、だよ。数で押して来るだけならどうとでもなる。怖いのは手練れの精鋭が侵入に成功した場合だよ」
〝だから、大人しく護衛されててくれ。〟
という無言の声に私は、
〝それ護衛という名の監視ですよね?〟
と半眼で返す。
頭を抱えたくなった王子たちの耳にコンコンとノックの音が響く。
「殿下がた、バーネット家のご令嬢がメイデン嬢を迎えにきたと仰っておいでですが……」
「あゝ、通してくれ」
通されたジュリアは、
「お話は終わりました?アリス、大丈夫?変なことされなかった?」
入ってくるなりの台詞がコレである。
「バーネット嬢……」
ギルバートが視線だけで非難するがジュリアはどこ吹く風だ。
「良い、今日は折角のパーティーだったのに国の事情に巻き込んでしまって済まなかった」
「保護者のお迎えが来たから返さないとね。あ、そうだアリスちゃんちょっと手出して?右手だけでいいから。」
「?」
訝しみつつ右手を差し出すとアルフレッドがぺろり、と手の甲を舐めた。
「「っ?!」」
私が驚いて手を引っ込めるより先にジュリアがアルフレッドの手を振り払う。
が、アルフレッドは獲物を平らげた直後の猫のような顔で、
「消毒。奴にキスされてたでしょ?」
と宣った。
え リュシオン皇子虫扱い?
「アルフレッド殿下?それでは消毒になりません」
ジュリアがイイ笑みを浮かべながらハンカチを差し出す。
「はいこれ。ちゃんと清水で濡らしてきたから」
「酷いなぁ、僕ばい菌扱い?」
「まぁ心外ですわ。私はたまたま先ほど隣国の皇太子殿下が図々し、いえ妙に馴れ馴れしい態度をとってらしたので一応念のため用意してただけですわ?」
「へぇ、そっかぁ」
「そうですわ」
“えへへ “とか“ おほほ“ とかいう感じの会話なのになんか怖い。
私はおろか王太子やギルバートも突っ込まない。
「では、私達はこれで失礼します」
そうジュリアが告げてアリスティアと共に退室すると三人は苦い息を吐いた。
「言わなくて良いのか?」
先程の話には出なかったが、どこの国にしろ一番良いのは彼女を后に迎え、世継ぎを産んでもらう事だ。
「そんな不安かつ不快にしかならない情報知らせてどうすんの?こっちで守りきれば済む事だよ」
「だが__」
先刻水を向けてみた時の反応といい、彼女は男が向ける劣情や秋波といったものに疎い。
「でなきゃ困るよ。その為に詳細を語らなかったんだから」
昏睡状態だったから変態教師が付けたキスマークはアリスティアが眠ってる間にアルフレッドが(女性の回復魔法の使い手に命じて)消した上で、隅々まで(女官に命じて)清拭消毒したのでアリスティアはあまり実感がわいてないらしいがそれでもあの時の詳細を語られようものならトラウマになりかねない。
「ただ
トラメキアの皇子はあそこまで変態ではないだろうが、強引な手を使って来るだろう事は容易に想像がつく。
だから、絶対彼女に近づけさせない。
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