第二章 8
『さっき渡したものがあるだろう?』
「はい」
私は手元の包みを出してみせる。
『それを淹れろ。久しぶりにこの庭でその茶を飲んでみるのも悪くない』
「え?は、はい!えぇと、すみませんが人数分の茶器のセットを用意していただけませんか?私が淹れますので」
「??どういう事だ?」
目を剥く王太子の横で、そこそこいつもの調子を取り戻し、
「え〜と、アリスちゃん?その包みもだけどその手に持ってるのってもしかして…」
それでもおそるおそる尋ねるアルフレッドに、
「あゝドラゴンフラワーの花束です。好きなだけ摘んでいっていいと言われましたので持てるだけ頂いてきました。あとこれ、ドラゴンフラワーのお茶です。昔セイラ妃殿下が調合なさったものだそうですが、聖竜様が封印していたので当時のままだそうです。あと、っ?!」
そのまま続けようとしていた言葉にくわっっと彼等が迫ってきて、
「「「ド、ドラゴンフラワーっ?!」」」
「「セイラ妃殿下が調合なさったお茶?!」」
綺麗に男性三人と女性二人に分かれたのは見事だが、普通にして下さいって言ってんのに。
遮られて口をへの字にしてしまった私に、
「申し訳ない。聖なる竜よ、発言をお許しいただけますか?」
一人落ち着いていたアルフォンスが苦笑と共に綺麗な礼をしながら問うと、
『構わぬよ。“
「では改めまして。聖なる竜よ、此度は我が国の危機を救っていただきありがとうございます」
淀みなく言葉を紡ぐアルフォンスにへぇ、と感心する。
そういえばすぐに薔薇扇持ってきた事といい、今の対応といい、この人一番セイラ妃殿下の血筋って気がするなぁ。
(ひとつしか違わないのになんだろうこの差は?)
そう思って目の前の落ち着きない連中を見やると彼等も気付いたらしく、
「す、すまない……」
まず王太子が謝罪し、
「し、失礼した」
ギルバートが深く頭を下げる。
「「失礼致しました」」
カミラとミリディアナもユニゾンで頭を下げた。
一拍おいて、
「失礼致しました。まず礼を述べるべきところ取り乱してしまい、お見苦しいところをお見せ致しました。すぐに用意させます」
王子の所作をいかんなく発揮したアルフレッドが言うと、
「私が指示を出してこよう」
と流れるようにアルフォンスが続けその場を一旦辞去した。
公爵家子息のアルフォンスがやるような事ではないが、現在この近辺は完璧に人払いがされている為、こちらから行かなければ何も申し付けられないのだ。
その後ろ姿を見やり、次に王子たちに目をやって、『……ふむ』聖竜は、面白そうに目を細めた。
*・゜゚・*:。. .。:*・゜゚・*
『竜脈の話などセイラ《アレ》はしておらんかったが……良く気付いたの』
え そうなの?
前世日本人だから、てっきり知ってて封印したんだと思ってたけど。
ファンタジー好きでも陰陽師系はお好みではなかった とか?
ジ◯リにもダイ◯ラボッチとかコダマとか出てくるけどあれにも竜脈云々なんてくだりないしな……
実際には〝元々ドラゴンが普通にいる時代に生まれ育ったので全く考えていなかっただけ〟なのだが後世がそんな事情は知る由もない。
『上手くすれば大地の力も借りられよう。その場所におろしてやろう、語りかけてみるが良い』
「は、はい」
言われた通り大地に両手をあてて、“どうか力を貸して下さい“
とお願いしてみると“諾“、という短い返事が返ってきた。
続いて〝大地の力、水でも土でも其方の
……大地の意思ってほんとにあるんだ……
と感心してる場合じゃなかった、言った通り地下から水を引っ張り出すのも、大地の力で再びドラゴンを引き摺り落として塞ぐのも、お願いするだけで出来てしまったがタイミングを外したら一大事だ、と思っていたのだが出てきた水とか木の根とか__は、何故かこの薔薇扇を振るうと自在に操れた。
私の攻撃魔法もとんでもなく増幅されるしほんとに凄い。
セイラ妃殿下には申し訳ないけれど、私的には「やっぱり芭蕉扇……」だった。
そうして片っ端から落として塞いで、を繰り返すと大地に静けさが戻った。
いや、被害にあった町とかはまだ騒がしいけれど、地上にドラゴンはいなくなった。
『……やってのけたの』
聖竜がにぃ、と笑った気がした。
褒めてくれたのだろうか。
顔は見えないけど。
『我と大地の保護とその扇の力もあったとはいえ疲れたろう。少し休んでゆくが良い』
「あ、ありがとうございます…?」
休むってどこでだろう?ていうかそもそもここどこだろう。
聖竜に抱えられたままあちこち飛びまわって、しかもまだ夜なので全く見当がつかない。
『ここじゃ』
聖竜は深い森の中の洞窟へと私を連れて降りた。
「うわぁっ……!」
入った途端、灯りなどないのに洞窟の中が明るくなった。
壁がキラキラしているところを見るとこれが光苔というやつだろうか、いやそれなら元々光ってる筈だから聖竜の力の一種なのだろう。
『ほれ』
差し出されたものは茶葉と一枚のレシピだった。
[このお茶の美味しい淹れ方]だけでなく茶葉の配合まで書いてある手書きのメモだ。
『それを参考に淹れておくれ。我の手は茶を淹れるには向かんからの』
それはそうだ。
言われた通りメモを参考にお茶を淹れ、ちゃんと人間サイズと聖竜様の手(鉤爪?)サイズが用意されてるカップに注いだ。
甘い香りがふわっと香ると共に、ぶわっ……と周りの景色が変わった。
「……?!……」
目の前に、黒髪の美しい女性と向かいに聖竜がいる。
女性が手にしているカップは今私が手にしているものと同じ物だ。
聖竜が手にしているのものも。
「ねぇジャヴァウォッキー。もし貴方が私が天命を全うした後、こうして誰かとお茶を飲む気になったら、その人にこれを渡してね?」
『ふん、あのクリスタルに封印したメッセージへのフォローのつもりか。そんな気はないわ』
「今はそう思ってても未来の事はわからないでしょう?」
『お前とあの国王とがいなくなった後の人の世の事なぞ我の知った事ではないわ』
言い方は冷たいがどこか拗ねてるようだ。
カップを持つ手(もう手でいいや。手じゃないけど)といいなんか可愛い。
「私にだってわからないし、知りようがないわ。けど __」
『けど?なんじゃ』
「ドラゴンの全てを知る必要はない。でも、全く知らない事もまた災いだと思うの。もし封印が解かれても、それは既に全く違った世界なのかもしれない。でも、どんな世界であっても私とレオンの子孫の国には違いない。だから少しだけ__願いを込めたくなったの」
『それが我か?起きた頃にはボケて忘れておるやもしれんぞ?』
「ドラゴンの平均寿命は知らないけど、貴方がドラゴンとしてはすっっごーーく年若だって事は知ってるのよ?その貴方が百年かそこらでボケる訳ないじゃない」
目を眇めて鋭く突っ込まれると、
『ぐっ、』
とドラゴンが詰まる。
「はいお茶菓子」
詰まった所に目の前のテーブルにあったクッキーを容赦なく聖竜の口元に持っていく。
ていうか突っ込んでる。
『普通こういう時は水ではないのか?』
「人の場合はね。喉おっきいドラゴンは詰まらないから平気でしょ。美味しいわよ焼き立て。はいあーん」
有無をいわさぬセイラ妃殿下のクッキー攻撃に聖竜は渋々クッキーを咀嚼する。よくよくみればクッキーもドラゴン用に大きくしてあるのか昔駄菓子屋で1枚20円で売っていた某海老せん並に大きい。
聖竜がそのクッキーを咀嚼している間に、
「 私はこの世界でちゃんと幸せに生きたわ。だから、幸せに生きて欲しいと思うの。残された人も、その先の人たちも。与えられた役割が何であっても ね」
(…………それって)
そこで、唐突に目の前にいた人は消え、静寂が訪れる。
いや、聖竜は先程と同じ場所でカップを手にしているわけだけれど、当たり前だけどテーブルの上にクッキーはない。
「あの、今のは……?」
『はて。アレがそのレシピを残した時の事を空間が覚えていたから何ぞ見えたかもしれぬが、我は知らぬことじゃ』
魔法空間が勝手にやった事だって、私に見せないようにする事は簡単に出来たはずだ。
素知らぬふりで茶を飲む聖竜の顔はセイラ妃殿下に突っ込まれた時とやはり同じで。
なんだか、凄く……
その、
なんというか人間ぽい。
相手が愛し子のセイラ妃殿下だからか、単にセイラ妃殿下が凄いのかは、わからないけど。
「ありがとうございます」
そう、自然に口から出ていた。
『そんなにこの茶が気に入ったか?』
そう来ますか。
「はい。とても」
私は微笑んで答え、
「あの、もし 聖竜様に差し支えなければ、なのですけど。今見たこと、王族の皆様にお伝えしても構わないでしょうか?」
ぴり、と空気が電気を帯びたみたく尖った感じがした。
あ、ダメなんだ……
「さっ、最後のひと言だけでも」
と付け足すと、『……それだけならばまあ良い」と空気が元に戻った。
私はホッと息を吐いた。
その後、ドラゴンの住処の周りに沢山生えているドラゴンフラワーを『好きなだけ摘んでいって良い』と言われたので両手に無理なく抱えられるだけ摘んで、先程の茶葉とレシピとを持たされ、私は王城に連れ帰ってもらった。
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