第二章 6
空に舞い上がると良く見えるすぐ下の城下町から、遥か遠くまであちこちから火の手があがったり建物が崩れたりしている。
暗い中そこだけが明るく見える場所__すなわちそこがドラゴンの出現ポイントなのだろう。
「………」
思ったより、多い。
私にどうにか出来るのだろうか。
『火竜だけではないぞ。水竜も氷雪竜も片端から起きてきている』
聖竜は感慨深げだが、私からすれば“何でだよ?“だ。
「あの、訊いてもよろしいでしょうか、聖竜様」
『何だ?』
「あの手紙の中でドラゴンは全滅させるべきものではない、というような記述があったのですが」
『であろうな。それで?』
「それは殲滅ではなくただ封印や眠らせるなりしろという事なのでしょうか?」
『……ちょっと違う』
ちょっとって何だ。
『基本ドラゴンはヒトには敵であるし、襲われたらやり返すのはどちらも同じ。互いに殲滅はおかしな事ではない。他の生物にもあるだろう、生態系の食物連鎖が。同じ事だ、ドラゴン同士で食い合う事もある。だが、いくらヒトの魔力が強かろうと他のドラゴンに屠られようと死なない、ただ弱って眠るだけのドラゴンというのがいる。始祖の古代竜とそれに比較的近いドラゴンは消せない。ヒトの言い方をすれば王だな。》
「王……それが、こんなに沢山いるのですか?」
『いいや、アレが封じたのは僅か十数匹程度。こんなに多いのは……おそらく滅せられる前か眠りにつく前かに卵を残していた物が孵ったのだろうよ。それ程この地に力が溜まったか……』
それって、やっぱり。
アレ__ですよね?
思ってる間に町でドラゴンが暴れまわってるのがすぐ下に見える辺りまで来てしまった。
町はもう火の海だ。
かなり上空の筈なのに熱風が舞ってくる。
「セイラ様だったらこんな時どうしてましたか?」
『あの子だったら凍らせたドラゴンを落っことしておったな。消火にうってつけだろうからと』
「…………」
そんな
もしかしなくてもセイラ様ってとんでもない人なんじゃ?
ああもう。
ここにきて悩んでも仕方ない。
「あの、聖竜様、お訊きしたい事があるのですが__、……の場所ってご存知ではありませんか?」
尋ねたアリスティアの言葉に聖竜が僅かに目を細めた。
♢♢♢
アリスティアが聖竜と飛び立って五分後に王太子達が受けた報告は、
「城下で暴れていたドラゴンが消えました!殲滅された模様です!」
早っ!!
とおそらく心中で全員が突っ込んだと思われるが、口に出していい場面でもないので息を呑むに留める。
ごくり、と流石にこちらも唾を呑みこんだアルフォンスが、
「その、方法は……?」
「まだ遠見からの報告のみですので詳細はわかりかねますが、聖竜が舞い降りてすぐあの場には水柱が上がり、火竜はそれに飲み込まれたと」
「水柱……?メイデン嬢はそんな魔法が使えたか?」
呆然とする兄に、
「さーぁ?ここにきて急に使えるようになったか、使えるのに隠してたのか……どっちも有り得るよね」
「有り得るってお前、」
「で?その後は?」
「は。聖竜はすぐに飛び去ったとのこと。次の場所に向かったと思われますが__」
「報告です!殿下、先程の地より二キロほど離れた町で暴れていたドラゴンが、聖竜がそこに降りてすぐに姿を消した、と?」
報告を読み上げる声も最早疑問系だ。
いや、それは早すぎないか?と顎に手をやり考える人になるアッシュバルトに、
「いくら空からでも、そんなのアリなの……?!」
と叫びのポーズのカミラに、
「非常識すぎないか?」
と渋面になるギルバート。
という前衛的な作品群と化した中、ポーズはただの吃驚した美しい令嬢なのに
聖竜とジェット機ってどっちが早いんだろ?
と斜めな発想をしていたのはミリディアナである。
声に出ていないので問題にはならなかったが。
因みに、聖竜は音速で飛ぶので戦闘機より早いのだが、この世界に戦闘機はない。
次から次へと伝令が入る。
「○○村より報告!先程まで教会の屋根の上で雄叫びあげていたドラゴンが消えました!」
「△△市街地の地下より這い出てきていたドラゴンが何故かまた地下に消えました!まるで何かに引き摺りおろされたかのようだったそうです!」
「〜〜の砦にドラゴンが急襲してきましたが!」
「が!?なんだ⁈」
〝伝魔法〟の相手に王太子が怒鳴る。
「聖竜の手に守られた少女の弓に射抜かれ、殲滅されたそうです!金の髪のそれは美しい少女だったとか!救いの天使が現れたと砦に詰めている兵士どもが手を合わせて拝んでおります!」
なんだそれ。
「あ〜ぁ……」
とぼやきつつ次の瞬間には、
「その天使については王室より箝口令が敷かれている。聖竜の御力を借りるに於いて絶対遵守の取り決めである。それを破れば聖竜もその天使も敵にまわると心得よ。以上のこと、国中に御触書を出すように、身分問わず国籍問わず、それを目撃した可能性ある者全てにだ!わかったなっ?!」
と鋭く発したのはアルフレッドである。
凄まじい迫力で全ての〝伝魔法〟先に通達し、一瞬間をおいた後「「「ははっ!!」」」と〝伝魔法〟の先で言葉の主にひれ伏してんじゃないかという気合いのこもった返事が返ってきた。
が、次の瞬間、
「で、殿下!ドラゴンが片っ端から消えてます!」
「?それが何だ?何か不味いことでもあるのか?」
「いえ、聖竜が降りた場所からドラゴンが消えていくのはわかるのですがっ!そこからほど近い村や遠い町にいたドラゴンも急に姿を消しているのです!聖竜はそこには降りていないにもかかわらずです!これは一体?!」
報告しながらもパニクっているようである。
だがいかにアルフレッドといえど聖竜の
とか訊けない。
訊けるわけがない。
故に、アルフレッドは決断した。
「(たぶん)問題ない。何かあれば報告しろ。消えたのであれば事態の収束に集中しろ。被害状況も詳細に報告するように」
「ははっ!」
「……彼女は一体どのような魔法を使用しているのでしょう……?」
ギルバートが心底疑問だという風に呟く。
卒業後、ドラゴン騎士団の団長に就任する事になっている彼だからこそ純粋に疑問なのだろう。
ドラゴン騎士団は普通の騎士団とは違う。
通常の騎士団は対人間や対魔獣、悪質な魔法使いへの対処を身に付けた戦闘のプロだがドラゴン騎士団は違う。
この団はセイラ妃殿下が嫁いだ折に彼女直轄で創設された対・ドラゴンに特化した団である。
当時こそ対ドラゴンのスペシャリストの集まりだったがドラゴン自体の存在が歴史から消えると彼らの役割もまた消えた。
だが伝説の名残りとして団は残り、式典などで華やかな役割を担う事が多い謂わば貴族子弟の花形役職である。
勿論見掛けだけではなれないが(過去にそういう勘違いボンボンがいた事がないとも言えないが)見た目麗しい集団とされている事は確かだ。
魔力は高いが経験不足には違いない、卒業したばかりの若いギルバートが団長に決定してるのもそんな理由からだった。
勿論ギルバートはそんな慣例を知りつつも聖王夫妻に敬意を払い、特に創設者(本人が聞いたら違う!と盛大に叫びそうではあるが)であるセイラ妃についての記録を出来るだけ頭に叩き込んでいた。
だが、世間一般に知られている
素晴らしい治癒魔法の使い手だった事は伝わっているが、〝聖竜と共にドラゴンを薙ぎ払った〟という力は治癒魔法などではない筈だ。
だがそれについての記述はない。
それは当時の国王であるレオンハルトが「アレは我が妃にしか使えない反則技だ。伝えたところで意味はない」と敢えて記録させなかった(実際にはセイラが聖竜との合意のもと出来る限り残さなかった)のであるが、そういった情報ほど王族は口伝で代々伝えた為記録には載っていない。
王子達は知っているがギルバートに敢えて話してない事もそれなりに多い。
それ故の疑問だったのだろうが、ギルバートが読んだ資料ですらそもそも王家とせいぜい騎士団の団長クラスにしか閲覧不可のものであるからアリスティアが知る筈はない。
ないのだが、それをここで語る訳にもいかない王太子は、
「__当人に訊くしかなかろう」
(答えてくれるか、わからないが)
と呟くに留めた。
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