悪魔神父と小さなこども

田崎 伊流

悪魔神父と小さなこども

日が真上に昇った頃、教会の扉がギギギと開く。外の、のどかな田舎景色と共に、まだ背の低い少年が見えた。


「あ、あのっ! えっーと……」


俺以外誰もいない教会に声が響く。ひどく緊張している様だった。


「今日はどうされましたか? とりあえず、中へお入りなさい」


努めて優しく接した。子供が一人で教会へ来たのだ。如何なる理由があろうとも優しさで包容せねばならない。大丈夫ですよ、俺は君の味方です。そういう眼差しで少年が来るのを見つめていた。


遠慮がちに歩く少年が遂に俺の目の前で止まった。沈黙を破れないのか、言いたいことが言えないようだ。ただ、俺からは何も尋ねない。自ら罪を告白する事で人は一歩成長するのだ。頑張りなさい。やはり、そういった眼差しを向ける事しか出来なかった。




あれから暫く経ったが、少年が言葉を発する事は無かった。どうやら想像以上の罪を犯してしまったらしい。しかし、いつまでも立たせておくのは可哀想なので椅子に座らせた。向かいのベンチを想定していたが、俺の隣の丸椅子の方が良かったらしい。俺の方へ少し寄せて、満足そうにしている。悪い気はしなかった。




「ねぇ神父さん、神父さんの正体は悪魔ってホント?」


窓から差す光が弱くなった頃、少年がポツリと呟いた。


「外が暗くなってきていますね。そろそろお家に帰りなさい」


村の子供達にも知れ渡っているのか。最初に思ったのはこれだった。次に言いたくても言えない罪とはこんな事だったのかと胸が締め付けられた。だから、誤魔化して帰ってもらおうと、そうも思ったのだが……少年の、俺を見る目は真っ直ぐだった。逸らしたくても逸らせない。不意に吸い込まれそうにもなる。仕方無いな。


「そうですよ……私は大人達の言う悪魔神父。でも、どうせなら二刀流神父と、そう言ってもらいたいですね」


フフフと笑いも足した。二刀流。かつて大陸全土に名を馳せた大英雄の二つ名。向こうはカタナを二振りだがこちらは魔法を二種だ。神の力の一片たる神聖魔法。それに魔の母たる力を司る瘴気魔法を。単純な力の勝負なら大英雄にも届きうる、そんな気がした。だが……間違っても、神父が行使して良い魔法ではなかった。現在では、意地の悪い大人が流す悪評程度で済んでいるが、王都に居た頃は命さえ脅かされ……


「ふーん、ホントに悪魔なんだ。でも角はないよ?」


いきなり立ち上がり頭をわしゃわしゃとされたので本当にビックリした。


「それは比喩的表現でして……実際はちゃんとした人間ですよ」


「そーなんだ? じゃあ怖がる必要ないじゃんね!」


俺が口を開くより先に少年は教会の扉へ走る。今日少年が入ってきた時より何倍も早く、気付けば扉へ手を掛けていた。すると、少年はくるりと振り返り


「あの時助けてくれてありがとーね! また明日来るよ!」


と満悦の笑みで俺を見つめ走り去って行った。教会には扉の開閉音がバタンと響き、俺の中では少年の言葉が木霊の様に繰り返されていた。少年を狙うハイ•ウルフを追い払った化け物。正しくは、瘴気の力を宿した俺なのだが……見てくれだけで言えば正に悪魔だったはずだ。何故、悪魔の正体が俺だと分かった。いや、そんな事よりも――瘴気を操る俺を恐れなかったのか。


幼くして肝が座っているな。将来が楽しみだと、悪魔は目を細め唇を舐めた。

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悪魔神父と小さなこども 田崎 伊流 @kako12

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