花の二人

第8話

 カツンカツン──きっとそんな感じの音だと桂花は想像した──と白杖を器用に使って点字ブロックの上を歩く彼女──確か、名前は花幡百音──はそのまま点字ブロックが無くなった後も難なく真っ直ぐ歩いていた。


 どうやって歩いてるんだろう


 好奇心に駆られ、少し離れていた場所から観察をしていると彼女の進行先に壁が迫っていることに気付いた。

 桂花は危ないと思い、背後から止めようとしたその手を突如横から何者かに掴まれた。

 思わずその方向を見ると、昨日講義室の出口に立っていた男性が彼女の腕を掴んでおり、その背後には茨とは違う鋭さとそれに相対する柔らかさを持った歪な何かが浮かんでいた。

 桂花は自分が花幡をいじめようとしていると勘違いされたのだと思い、慌てて距離を取った。


 ごめんなさい。悪気はなかったの


 桂花は手話で男に無実を主張すると、しばらくして彼も手話で返してきた。


 僕は、彼女の弟です。あなたは友人ですか?


 桂花は一瞬答えに詰まっていると、弟と名乗った男は白杖を持ったまま立っている百音へと声をかけると、彼女は桂花の方へと振り返り、表情をぱあっと明るくさせ花弁のようなモノをふり撒く。


 歓迎されて、いる?


 しばらく百音と弟は話しており、そして弟はメモ帳とペンをポケットから取り出して彼女の発する言葉を書き取って桂花へと渡してきた。


[昨日ぶりですね。もしよろしければ、講義の後にお茶でもどうでしょうか。あなたにとって見える世界とはどのような形なのか知りたいのです。弟を経由すれば円滑に“話せます”ので]


 桂花は断る義理もないと首を縦に強く振った。

 弟はその様子を百音に伝えると、彼女も同じように頷き、桂花の手を取って感謝の言葉を口にしていた。


 こんなに喜ばれるなんて、初めてだなあ


 桂花は相変わらず花弁をふり撒く百音の顔をじっと見る。サングラスを着けてはいるが、ここまで近いとその内の瞳が嫌でも目に入った。

 正面にいる自分を見てはいない瞳は正面とも言えない位置を見据え、瞬きも滅多にしない。

 だから何だと意にも介さずにいた桂花は百音が先程とは打って変わって桃色の花弁を振り撒かず、朱の楕円を背後に浮かべていることに気が付いた。

 不快な気にさせてしまったのかと思い、隣で静観している彼女の弟に目線を送ると彼はすぐに姉の肩を叩き、ハッとした百音は握っていた桂花の手を離し何かをまくしたてた。


 ああ、これやらかしたかも


 大学生活にて初めて得たかもしれない友人関係は早くも破綻したようなひび割れる音を桂花は耳の奥で聞きながら、絶望していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る