第六十話 ジークとラズ その二

 ジークと二人で並んで歩いていると、ラズはジークとの間に割り込んで来た。


「ちょ、ちょっと何してんのよ」


 そう文句を言ったがラズはそれよりもジークを睨んでるし。何なのよ一体。


 ラズの腕に肩が当たりドキリとする。はぁぁ、もう! 何でドキドキしないといけないのよ。もう諦めたのに……、日本に帰るって決めたのに……、未だに未練のある自分に腹が立つ。


 ラズが側にいることに嬉しくなり、ラズの顔をまた見られたことに嬉しくなる。それが嬉しさと反面、辛くもなる。せっかくあんなに苦しんで諦めたのに……、結局また近くでラズの片想いを見守ることになるか、と思うと辛かった。


 何だかラズが憎たらしくなってきた。じとっとラズを見詰めると、ラズは何でかそわそわと顔を赤らめた。


「な、なんだよ」


「…………、別に……」


 まあ完全に八つ当たりよね。はぁぁ、小さく溜め息を吐いた。


 ジークがそれに気付いたのか、ラズを押しのけ、再び横に並んだ。


「ヒナタ、大丈夫か?」

「あぁ、うん、大丈夫」


 ジークは心配そうにしてくれている。優しいなぁ、ジーク。それに比べてラズは……、子供かい。私、ラズのどこが好きなんだろ…………、うん、今は考えない。


「俺がヒナタといるから大丈夫だ!」


 ラズが再びジークを押しのけようとするが、ジークのほうが明らかに身体が屈強なため、今度はびくともしていない。


「うぐぐ!」


 ラズを軽くあしらうように無視し、ジークは以前も行った店に入った。


「以前と同じ店だが良いか?」

「うん、今度は違うのを食べてみるよ」


 店に入った途端、ラズはゆるゆると猫の姿へと戻ってしまった。


「「あっ」」


 ジークと二人でハモってしまった。

 あ! と慌てて周りを見回し、誰にも見られていないことを確認すると溜め息を吐いた。そして……


「プッ、やっぱりラズはこうでなくちゃね」


 ラズを抱き上げ、目の前にぷらーん。ラズ自身はなんだか不貞腐れた顔。


「おぉ、本当にあの猫だ!!」


 ジークも物珍しそうにマジマジと観察。


『だあ!! 鬱陶しい!!』


 シャー!! と腕を振り上げ、猫パンチを繰り広げるが……、ただただ可愛いだけなのよねぇ。

 ジークと二人して笑ってしまった。案の定ラズはブスッとしてるけど。


『くそっ!! 俺だって元に戻れば……!!』


 ラズは何やら思い出したのかハッとした表情をしたけど、まあそのまま無視して抱っこし、店の中へ。


 前回とは違う料理を注文し、ジークと色々話をしながら食事をする。ラズはずっと膝の上。邪魔!


 それに気付いたジークはおもむろにラズの首根っこをひっつかみ持ち上げた。ぷらーんとラズが持ち上げられ、じたばたと暴れる。


『な、なにすんだ!! 下ろせ!!』

「ラズさぁ、お前、わざとだな?」

『な、なにが……』


「前回俺と食事したとき、やたらとヒナタに擦り寄ってただろ。あのときは猫だと思ってたから、まあそんなもんかと思ってたけど、今は違うぞ」


 じろっとジークがラズを睨むと、ラズが一瞬硬直した。


「俺への当てつけであんなことやってたんなら、それはやめろ。ヒナタに失礼だろうが」

『うぐ』


 あ、あのときやたらスリスリしてきてたのは、ジークへの当てつけだったの!? なんでジークにそんなことする必要あるのよ!


 ジークはラズを椅子に下ろし、溜め息を吐いた。


「もうお前を猫とは思わないからな。卑怯なまねするなよ?」

『卑怯ってなんだ! そんなことするか!』


「?」


 何の話だ。二人の会話の内容の意味が分からずポカンとしていると、ジークはラズから視線をこちらに戻しニコリとした。


「ヒナタは分からなくて良いから」

「ん? う、うん」


 何だかよく分からないが、まあ良いか。ラズは終始ブスッとしていた。


 食事を終えて外へ出ると、ラズは再び人間の姿へ。


「はー、本当に面白いな!」


 ジークがラズの背中を豪快にバシバシと叩き、ラズはうめき声を上げていた。


「送るよ」


 ジークがそう言うとラズが再び、私とジークの間に入り込んだ。


「俺がいるから良い!! お前は帰れ!!」

「…………、ま、ここは引いてやるよ。ヒナタに手を出すなよ?」

「!! 出すか!!」


 思い切り拒否られたわね。そりゃそうか、ラズはエルフィーネ様が好きなんだから……、分かっていたことなのに、グサッときた。


 ジークは私の頭をそっと撫で、ラズに向かって「馬鹿」と呟いた。


「はぁ!?」


 ラズはジークに詰め寄ろうとしたが、サラッとかわされ、ジークは「じゃあな」と呟いて去って行った。


「か、帰るか」


 ラズはジークに憤慨しながら溜め息を吐くと、こちらに振り向き少し躊躇いがちにそう言った。


 私はというとラズの言葉に少なからず傷付いた訳で、それが何だか腹立たしくもあり……


「一人で帰る」


 八つ当たりをしました。


 一人でさっさと歩いて部屋へと向かうと、背後から「えぇ!?」というラズの間抜けな声が聞こえ、少しクスッと笑ってしまったのは内緒だ。



 部屋へ入ると、やはりというか案の定というか、猫の姿に戻ったラズ。やっぱり猫でいてくれるほうが楽だな。人間バージョンは何だか緊張するのよね。やっぱりタイプドンピシャなイケメンだからかしら……、いやいや、うん、そ、それは忘れよう……。


「改めて聞くけど、本当に私の側にいて良いの?」


 このままここにいたんじゃ、エルフィーネ様との仲は進まないんじゃ……。自分で言ってて辛くなる。


『良いんだよ、しつこいな』

「しつこいって何よ! ラズのこと心配して言ってるのに!」

『い、いや、だから、俺はお前が……』


 ラズが何か言おうとしていたとき、リュウノスケさんからもらった魔石が熱を帯び出した。ネックレスのように首に下げ、服の中に隠していたため、発熱するとすぐに分かる。


 胸の辺りにあった魔石を引っ張り出すと、青白く光っていた。


「え? 光ってる……、リュウノスケさんから連絡ってこと……?」


 まさか向こうから連絡が来るとは思ってなかったので、どういう状況なのか全く分からない。


「何かあったのかな……」


『あ、あの……、お、俺はだな……お前が……』


 リュウノスケさんから連絡があるって何かとんでもないことでも起こったんじゃないでしょうね。なんだか不安になって来る。


『おい、ちょっと、聞いてんのか?』


「え? あ、ごめん、聞いてなかった。それよりもリュウノスケさんからの連絡が気になるし……」


『それよりもって……』


 なぜかラズががっくりと項垂れた。


 今日はもう夜だしリュウノスケさんがもし来るなら明日よね。うん、なら、明日はいつ来ても良いように早めに起きないとね。


 そう思い立つとさっさとお風呂を済ましに行った。ラズが何だか不服そうな顔をしていたけど、気のせいかしら。



 翌朝、いつ来るかと部屋に待機してないと駄目かな、とか思っていたら、早々にリュウノスケさんが現れた。


 アルティス殿下と共に……。

 えぇ、何でアルティス殿下!?

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