第二十四話 待ちに待った依頼が来た
そうやって着実に丁寧に仕事をこなしていると、かなり評判になって行き、私を指名してくれるお客さんも出来てきた。街の人々とも顔見知りが増え、あちこち出歩いているたびに声をかけられるようにもなった。
アルミリアさんからの依頼でロノアのお世話と、トーマスさんからの依頼で厨房の手伝いは定期的にご指名でいただく依頼になり、定期収入としてクラハさんも喜んでいる。有難いわ。
ちょっと変わり種としては、人探しや物探し、さらには恋人のふりをしてくれ、なんて変な依頼もあったわね。
物探しはほぼ家探し……、ちょっと泥棒にでもなった気分、というくらい家の中の荷物をひっくり返し物を探す。まあおかげでこの異世界の人達の暮らしぶりがよく分かったけれど。
恋人のふりをしてくれ、ってのはクラハさんが丁重にお断りしていた。その前にラズがなぜか激怒していたけど……。
何やらやたら怒って何か言ってたけど、無視。だって仕事なら仕方ないしね。
でもクラハさんがそういう性別に関わる仕事は受けることは出来ない、と丁寧に説明をしていた。
まあ確かにその依頼じゃ、私にしか出来ないし、女性からの依頼ならクラハさんしか出来ないものね。今までクラハさん一人でやっていたときにはなかったような依頼だろう。
その依頼を断った後も、ラズはずっとブツブツ言っていた。意外としつこい。鬱陶しいのでラズは無視したままで他の依頼に向かったり、とまあここ最近はとても充実した依頼の毎日だった。
そしてラズに教わりながら……、猫に教わる姿もシュールなのだが、この国の言葉や字を勉強し、徐々に街での生活にも慣れて行った。
料理はね……、うん、最初は色々勝手が分からず苦労したけれど、何とかコンロを駆使して頑張ってますよ!
あのガスコンロ、着火は毎回着火石で火を点けないといけないのよね。それが毎回苦労する。一回目は見事に大失敗。ラズと二人で大騒ぎになった。
加減が分からずよもや火事になりそうなくらいの火が上がり、ちょっとしたパニックに。今思い出すと笑い話だけどね。ラズの慌てっぷりったらまあ面白かったのよね。
オロオロする以前にキッチンから落ちるわ。椅子にぶつかるわ……、面白かったわ。おかげで私はそこそこ冷静になり、コンロの火を消した。火が消えた後、ラズを見ると安堵からかちょっと泣いてたし。
ブフッ。思い出すと笑っちゃう。
でも泣いてたのは自分が歯痒かったかららしいのよねぇ。猫だからこんなときでも自分は何も出来ない、って、無事で良かった、って。
笑ってごめん。…………、うん、ラズって良い奴。
後はまあそんなに苦労はなかったかしら。野菜や肉は店の人に教わったように使い、何がなにやら分からない調味料を味見しながら、何となく味付けをしていったが、それなりに上手く出来ていたと思う。ラズも意外な顔をしながらも食べてたしね! 意外な顔ってのが若干引っかかるけど。
緑色の卵も中身は普通だった。ただやはりどの食材もしっかり火を通さないと当たります。
一度だけ少し卵が半熟気味だったのだが、これくらいならいけるか! と油断したら見事にトイレとお友達になりました。良い子は真似しちゃ駄目よ!
って、解説は良いとして、引っ越してからそんなこんな過ごしながら三週間程が経った頃!! ついに!! なんと!! 氷の切り出し依頼が入ったのよー!!
『何一人で百面相してるんだ?』
「え? いや、アハハ」
一人でガッツポーズをしているとラズに突っ込まれた。
だって氷の切り出し依頼よ! 話には聞いていたけれど、今まで依頼が来たことないのよ! 行ってみたかったのよ! 外の世界!!
いや、大袈裟かしら、外の世界って。王都近くの山に行くだけだしね……、うん、興奮するのはやめておこう……。でもニヤニヤしちゃう。
「氷の切り出し依頼、本当にヒナタも行くのかい? 本当に大変だよ?」
「はい! 行きたいです!」
「うーん、じゃあ覚悟してね。寒いし、苦しいし、重いし、大変だよ?」
寒いのと重いのは分かるとして、苦しい? どういうことかしら。
「苦しいというのは?」
「標高がそれなりに高いからね、酸素が薄いんだ」
「あー、なるほど」
登山は一度くらいしかしたことがないけれど、確かに標高の高い山は上へ行くにつれ、酸素が薄く息苦しくなったわね。うん。
「分かりました、覚悟します」
少しビビったけれど、それよりも好奇心のほうが勝った。ラズはめちゃくちゃ嫌そうな顔だけど。
これだけ長く一緒にいると猫の表情も分かるようになるもんね、と少し可笑しかった。
「出発は明後日だから、それまでに準備をしよう。うちには俺の分の用意しかないから、ヒナタとラズの分は買っておいで」
クラハさんから必要なものを聞き、ラズと共に買い出しに行く。この氷の切り出し依頼を受けることになってからは出発日の前後合わせて一週間は他の依頼を受けないらしい。
それだけこの依頼に手間がかかり、なおかつ高収入ということだ。
とりあえず自分で用意をするよう言われたものは一番重要な服装。所謂登山服よね。厚着はもちろんだけれど、濡れても良くて、破れにくく強い生地のもの。
「ラズの服もいるわよね、付いて来るんでしょ?」
『う…………、あ、あぁ』
「何よ、その間」
『え、いや、その……』
行きたくないんだな。今までずっと鬱陶しいくらいにびたっと付いて回ってたくせに。
じとっとした目でラズを見詰めると、ラズはたじろいだ。
『行く、行くよ!! ただ……』
「ただ?」
『その……、さ、寒いのが苦手なんだよ……』
ぶすっとしながらラズが答えた。
「…………、ブフッ」
『おい』
「あ、ごめん、アハハ」
寒さが苦手か、そりゃそうか、猫って寒さに弱そうよね。行きたいけど、寒いから悩んでた訳ね。フフ。
「じゃあラズの服も買うとして、あまり寒いようなら私のリュックに入ったら良いよ」
荷物だけでなく、ラズをも入れるくらいの少し大きめのリュックも購入した。
『うぅ……』
「なによ?」
『いや、情けなくてだな……』
「…………」
情けなくてねぇ。
ラズはしょんぼりしたように項垂れていた。私がじーっと見詰めていることには気付いていなかったみたいだけど……、うん、まあ考えない。ラズが自己嫌悪になろうが猫なんだからリュックに入っても良いじゃない。
フフン、とラズの服も購入し、というか猫用の服はさすがにないから子供服で無理矢理だけど。これが……、フフ、楽しみ、フフ。
氷の切り出し依頼当日。
朝からバッチリと登山服に着替える。全身朱色の繋ぎの上から防水にもなると言われたトディーダと言われる動物の毛皮を上から羽織り、グローブとブーツもトディーダの皮で作られたものを履く。
さすがに王都内では暑い……。チラッとラズを見ると……。
「か、可愛い~!!」
子供用のお揃いで朱色の繋ぎ。尻尾の穴だけ加工してもらいお尻からひょろりんと長い尻尾が出ている。そして同じくトディーダの毛皮で上着と帽子……、もこもこなのよ、いや、なにこれ、可愛過ぎる。写真撮りたい! でも手元にスマホがないのが悔やまれる!
『暑い……』
ラズは着心地が悪いのか、身体をよじっていた。
「はぁぁ、可愛いわぁ、猫のモデルでも出来そうね」
『は?』
明らかにラズは不機嫌です。でもそんなこと気にしなーい! 可愛さ満喫! 抱き上げ、もこもことのコラボを目に焼き付ける。
「癒されるわぁ、ありがと、ラズ」
『? なんで、ありがとうなんだ?』
「ん? だって可愛いから!」
思わず勢いでチューッとしようとしたら、ぐりん! と思い切り顔を逸らされた。
ムッ。…………、としたが、ここは大人になりましょう。フッ、私ももうこんなことでは怒らない。大人の女性なのよ。
『いい加減に離せ!』
そう、私は怒らない……
『しつこい!』
「あんたが言うなー!!」
ラズがビクッとした。
「散々しつこく付いて回っては、気に入らないことには文句をブツブツブツブツしつこく言ってたやつに言われたくないわー!!」
『あ、いや、その……、すまん』
よし、勝った。いや、別に勝負ではないか。うーん、まあいっか。
「さて、クラハさんとこに行こう」
ラズの頭を撫で回してから下ろし、何でも屋に向かった。
何でも屋に到着するとすでにクラハさんも、準備を整え待っていた。
「おはよう、準備は良いかい?」
「おはようございます! はい! バッチリです!」
ラズと二人してお揃いの格好を見て、クラハさんは吹き出した。
「フフッ、可愛いじゃないか、似合ってるよ二人とも」
「ですよね! 可愛いでしょ!? お揃い!」
ラズが若干恥ずかしそうに俯いた。照れることないのにねぇ、可愛いんだから。
「ハハ、じゃあ出発しよう!」
項垂れたラズを無視してクラハさんに続いた。
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