第二話 生意気な黒猫だった
周りをキョロッと見回すが誰もいない。私と黒猫だけ……。
もう一度黒猫を見ると、再び暴れ出し私の手から逃れ飛び降りた。
『あー!! もう!! 何てことしてくれんだよ!!』
「?? え??」
二度も怒られた。
黒猫から声が聞こえたような気がしたが……。き、気のせいよね。
『何色だ!!』
「え?」
空耳じゃなかった……。黒猫が喋ってる……。え? どういうこと? えーっと、猫が……、喋る猫……、普通の猫より大きいしね! 毛並みも何か不思議な色だしね! って、いやいやいや!! え!? 喋る猫がいる世界? 何それ……。
見事にパニックになった。
『何色だって聞いてんだよ!!』
「は?」
『首にある石の色だよ!!』
偉そうな猫だな。まあ自分では見えないもんね……。
「赤」
ボソッとそれだけ呟くと、黒猫はガーンといった顔をした。人間のように表情が分かる訳ではないがそう見えた。ちょっと面白い。しかしここで笑うとさらに怒り出しそうな気がするので我慢。もうすでに怒ってるけど。
『赤……、何てことだ……、最悪だ……』
何やらショックを受けたまま放心状態の黒猫。仕方がないので声を掛けてみる。
「あの~、何かよく分からないけど大丈夫?」
そう声を掛けると黒猫はこちらをギッと睨み飛び掛かって来た。
「うわ」
それを思わずキャッチ。腕を思い切り伸ばしたまま爪が当たらないよう遠ざける。またしても無防備な姿でぶらーんと持ち上げられた黒猫は……、まあ憤慨よね。
ぎゃーぎゃー? にゃーにゃー? 言いながら黒猫は暴れまくる。
「ちょ、ちょっと暴れないでよ」
『お前のせいだ! お前のせいで! …………』
ひとしきり暴れた黒猫はそう叫ぶとしゅんとし、元気をなくし項垂れた。
「えーっと、私のせいっていうのは?」
全く身に覚えのないことを責められても対応に困る。
暴れなくなった黒猫をそっと降ろし、目の前にしゃがみ込み首を撫でた。黒猫はそれに気持ち良さそうな顔になったかと思うと、ハッとした仕草で私の手を猫パンチで払い除けた。
『撫でるな! 気持ち良くなっちまうだろうが!』
「…………」
気持ち良くなっては駄目なのか……。猫なんだから良いのでは? と口に出そうになったが、グッと堪えた。
「それで私のせいっていうのは?」
もう一度聞いた。
『…………』
「ねぇ」
『…………』
何も言わない。何なんだ。散々怒った割には、何で怒ったのか理由は言わんのかい。
うーん、どうしようかな。人語を喋る猫なんか関わりたくないしな。いや、でもこの世界の猫はみんな喋るの? どうなんだろうか……。
一、喋る猫が当たり前の場合、別にこの黒猫がいようといまいと変わらない。
二、喋る猫が普通ではない場合、この黒猫がいると明らかに私が変な目で見られる。
よし。
「じゃ」
勢い良く立ち上がると黒猫はビクッとし、私を見上げた。綺麗な猫だよな~と感心したが、生意気な上に理由も話さない。人語を喋るとか意味分からん。以上の理由で、この場から退散します。
どっちへ行けば良いのかは全く分からないが、適当に道が続いていそうな方向へ歩く。
『お、おい!』
黒猫は声を掛けて来たが無視。そのままずんずんと歩く。
『おい! 待てよ!』
黒猫が追い掛けて来た。何のために? 特に関わりたくもないんだけど。
『なぁ、ちょっと待てって』
黒猫は横に並走して歩く。無視よ、無視。
『ちょっと待てって言ってるだろ!!』
「…………、何かよく分からないまま私のせいにされて理由も教えてくれずで、何であなたと一緒にいないといけないの?」
黒猫のほうを見ずに言った。黒猫はピタッと歩みを止めた。
『す、すまん……、ちょっと動揺して……。撫でても良いからちょっと待ってくれ』
「!!」
撫でて良いって言った!? やった!!
くるっと方向転換し、黒猫のほうへ急ぎ足で近付くと勢い良く抱き上げ思い切りスリスリした。
『お、おい!! 撫でても良いとは言ったが抱き締めて良いとは言ってない!!』
黒猫は思い切り叫んでいたがそんなことは聞こえなーい。思う存分抱き締め、良い香りを吸い込みスリスリスリスリ……、変態みたいだな。まあ良いか、猫だし。
『いい加減に離せー!!』
むぎゅっと抱き締めた黒猫は身悶えしながら身体をよじる。逃れようと必死だ。しかしがっちりと押さえ込んだため逃れられず、最終的に諦めたのか大人しくなった。
大人しく膝の上に乗り、抱かれて撫でられている。大人しいと可愛いわぁ。
思う存分スリスリなでなでし堪能し尽くすと、膝に乗せたままこちらを向かせ、改めて聞いた。
「それで、何で怒ってたの?」
『…………、悪いがそれは言いたくない…………』
言いたくない……、うーん、気になるけど、言いたくないことなら仕方がないか。
「分かった、じゃあそれは聞かない。それであなたは化け猫?」
『はぁ!?』
化け猫という言葉に異常に反応した。
『そんな訳ないだろ!!』
「え、じゃあ人間の言葉を話す猫って普通なの?」
『え……、そ、それはそうでもないけど……』
「え~、じゃあ化け猫じゃない」
『違う!! 俺は……俺は特別な猫なんだよ!!』
「特別? 特別って? 魔法使いの使い魔とか?」
『は? 何だ魔法って。そんなもん知らん』
「え……」
魔法はないのか……残念。いや、いやいや、ここがどこか知らないけど、魔法とか非現実的なものねぇ、ある訳ないよね。
『魔術ならあるがな』
「あるんかい!!」
あ、思わず突っ込んでしまった。黒猫がびっくりしてるわ。
「コホン。いや、その、魔術? そんなものあるの?」
ちょっと落ち着いて聞いてみた。
『あるぞ。簡単な魔術なら誰でも使える』
「そ、そうなんだ……、ちなみにあんたも使えるの?」
『あ? 俺か? 当たり前だろ』
「猫なのに?」
『!!』
あんぐりと口を開け、黒猫は固まった。
『お、俺は! …………はぁぁあ』
猫のくせに溜め息を吐いた。
『俺の名前はラズだ。あんたって呼ぶな』
「え? ラズ? あ、うん。私はヒナタね」
なぜいきなり名前を……。まあ良いか……何か色々ありそうな猫だなぁ。
「それでラズは野良なの? 飼い猫なの?」
『の、野良!? どっちでもない!!』
「どっちでもないって……、じゃあ飼い主いないの? 結局何でラズは猫なのに話せるの?」
分からないことだらけだ。
『飼い主なんかいない! 俺は猫だが! …………、猫なんだよなぁ……、でも喋れるんだよ。良いだろ、それで』
なぜかがっくりと肩を落としたような表情のラズ。
うーん、これ以上聞いても何も教えてくれなさそうだしな。もう良いか。
「じゃあとりあえずどこか人のいるところ知らない?」
『ん、このまま進むとルクナードという街がある』
ラズは先程進もうとした道を差し言った。猫のくせに街の名前まで知ってるのね。
「そっか、ありがとう。じゃあルクナードにいってみるよ」
『え、いや、俺も行くぞ!』
「え? 一緒に行くの?」
『当たり前だ!』
「何で?」
『…………』
まただんまりかい。やれやれ。
気にせずルクナードとやらがある方角へ歩き出した。その道中、ラズは色々と教えてくれた。
今いる国はルクナという名らしい。その王都であるルクナード。この国にある街で一番大きな街だそうだ。まあ王都ならそうよね。
どうやらこの国は王政国家。王が国をまとめ治めている。やはり日本とは全然違う。ルクナという国も聞いたことがないし、そもそも一番引っかかるのはやはり「魔術」。
そんなもの日本にはない。というか、私がいたあの世界にはない。はず。
どうやら異世界転移というのは冗談ではなかったようだ。
若干くらっと眩暈を覚え、気が遠退きそうになったが、何とか堪え話の続きを聞く。
『お前どこから来た?』
「え?」
『異世界か?』
「え、異世界って……、何か知ってるの?」
『やっぱりか……、何か変な恰好しているし、あの森にいるなんて変だと思った』
「変な恰好って……」
ただのリクルートスーツなんだけどな。
『この国にはよく異世界人が流れ着く』
「え!?」
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