第8話 奪われた光

「んー……。」


カゲチヨ少年は微睡まどろむ。


誰かが暗い部屋に入ってくる。足音はわずか。

その者は、ベッドで寝ているカゲチヨにゆっくりと近付く。


そして、カシャッと音がした。

そして光。それは、何かの機械音。

何度も何度も、カゲチヨの周りで鳴り続ける。


だが、カゲチヨはまだ目を覚さない。


その光は、暗い部屋を見通せるほどに一瞬だけ輝く。

音と光は連動するように、同じタイミングで発生する。


「ん〜、いい。いい表情でござるよぉ〜?ハァ〜なんて美味しそうな……、か、かわいらしいでござるよぉ!い、いいねぇその表情、いただきでござる!そう、もっと!もっとでござるよぉ〜!そうでござる、そうでござる、ハァ〜ハァハァ、す、すばらしい……。」


それはカメラ。


この異様にテンションの高い女性。

フラッシュをバンバン焚いて、カゲチヨの写真を撮りまくっていた。

しかも、いつのまに三脚を立て、動画撮影までしている。

一応、小声で喋っているが、十分うるさい。


彼女は『女勇者ハンゾウ』。


女神アシュノメーに懐柔され、再び女神の手先となっていた。

今夜は女神に言われるがまま、女勇者ノヴェト宅に不法侵入。

そうしてカゲチヨの寝顔写真を、ここぞとばかりに好き放題撮っているのだ。


そこそこうるさいのだが、カゲチヨに起きる気配はなかった。

そのため、ハンゾウの身勝手な撮影会はどんどんエスカレートしていく。


「ちょっとお布団をめくって……、と。おお、可愛らしい御御足おみあし。す、素晴らしいでござるよ。」


その間も、撮影し続けるハンゾウ。


「では、ちょっとパジャマも脱ぎ脱ぎしちゃいましょうか〜?」


……などと、ハンゾウは暴走を続けるが、彼女は気付いていなかった。

その様子を見ている者がいることに。


それは天井。


天井の角に張り付く者。

鋭く光る目。

それは、すでにハンゾウを捉えている。


何やら聞き慣れない音がする。

それは、ハンゾウもすぐ気が付いた。

なにか、金属が擦れるような音だろうか。

ハンゾウは、そのとても不快な音が、上から聞こえてくることに気がついた。


「なんでござる……?」


ハンゾウは不用意に上を見てしまう。

……それと目が合った。


「ひっ!?」


その時、びっくりしてカメラの撮影ボタンを押してしまった。

フラッシュが焚かれ、一瞬だけその者の姿が闇に浮かぶ。


そこには人が。


だが、それは人の形はしているものの、関節は逆方向を向いている。

天井の角に張り付くその様相は、人の大きさの蜘蛛を思わせた。


「……へぁ?……はぁっ!?」


ハンゾウは、それがなんなのかを正常に認識できない。


それは、何の音も立てずに床に落ちた。

……と思った瞬間。

逆に向いた関節のまま、蜘蛛のように四つ足で這って向かってきた。


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいい!?」


ハンゾウはその分からないものに食われると思い、一瞬身体が強張った。

だが、それはスルリとハンゾウの背後へまわる。

気がつくと、強制的にうつ伏せにされてしまっていた。


そして、手足に何かが巻きついて、一回転。

今度は、仰向けにされてしまった。


「な、な……っ!?」


困惑するハンゾウ。

手足を動かせない状態で、身体が中空へ浮き上がる浮遊感を感じる。


「な、え、ちょ、……んぎゃあああああああああああああああ!!」


それはプロレス技の『ロメロ・スペシャル』。


手足をホールドし、相手を中空に吊り上げる技だ。

別名『吊り天井固め』ともいう。


「ああああああああああああああああああああ!!」


大絶叫のハンゾウ。

これには、さすがのカゲチヨも目を覚ます。


「……んー?なんです?とてもうるさいのですが……。ほわっ!?な、なんです!?」


カゲチヨは、暗闇の中で絶叫する者を認識した。

だがその者は、ベッドのすぐ脇で浮いて絶叫している。

到底、この状況を理解できるはずもない。


「……カゲチヨ様、申し訳ございません。起こしてしまいましたか。この狼藉者は、すぐにでも始末致しますので、ごゆるりとお休みくださいませ。」


カゲチヨから姿は見えないが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「え?エミリーさん?……ど、どうゆうことです?一体何が?」


……と、その時、激しく開け放たれるドア。


「お、オイ!なんだ!?なにがあった!?あっと……、電気……。」


そして、部屋の入り口にあった、照明のスイッチが押される。

部屋に入ってきたのは女勇者ノヴェトだった。

彼女は、金属バットを装備している。


部屋にいたのは、ベッドのカゲチヨ。

そして、その脇にはメイド女性エミリー。


「なんだこれ……、どういう状況!?」


困惑する女勇者ノヴェト。


エミリーに技を絶賛極められ中のまま、ハンゾウは叫び続けている。


「ハンゾウ……、か?オマエ、なんでこんなところにいるんだ……?」


「ああああああああああああああああ!!」


ノヴェトが語りかけている間も、エミリーは一切ホールドを緩めなかった。





「あああああああああああああああ!!」


「えっと、エミリーちゃん?もう少しそれ、緩めてくれる?まったく会話ができないんだけど。」


「いえ、ノヴェト様。お話をする必要はありません。この狼藉者は、いますぐにも!この瞬間にも!亡き者にしなくては!!カゲチヨ様の幼気な寝顔を盗撮するなど!不届千万!万死に値する悪行でございます!!」


「おぎゃああああああああああああ!!」


さらにホールドを固めるメイド女性エミリー。

ハンゾウの関節からは、なにかが軋むようなヤバい音が聞こえる。


「いやいや、取れちゃう。手足、ぜんぶ取れちゃう。」


「この!!狼藉者がああああああ!!死すべし!!死すべし!!」


「おがあああああああああああああ!!」


「怖っ!!……えっと、エミリーちゃん?ちょ、っと?……あれ?なんか私怨こもってない?」


「エミリーさん、殺しちゃダメです。まずはお話を聞かないと……。」


「ハッ!……カゲチヨ様。そうですね。私としたことがつい、カッとなってしまいって……。」


ホールドを若干緩めるエミリー。

だが、ハンゾウの身体は浮いたままだ。


「カゲチヨの言葉は聞くんだね……。」


寂しそうな女勇者ノヴェト。


「カゲチヨ様、さぁどうぞ。思う存分、尋問してください。もしも、この不届者がきちんと答えないようなら、こうして……。」


「おげええええええええええええ!!」


「わ、分かりました!分かりましたので、エミリーさんもう少し優しく……。」


「ああ、カゲチヨ様はなんてお優しい。承知致しました。少し緩めましょう。」


ホールドは緩まったものの、ハンゾウはまだ浮いている。


「えっと……。」


カゲチヨは言葉に困り、女勇者ノヴェトを見る。

女勇者は、カゲチヨの頭をポンと軽く撫でる。


「……ハンゾウ、何してんだここで?」


「……知り合いなんですか?」


「コイツも元々勇者だよ。女神神殿に潜入してた。……はずなんだが。結局どうなったんだよ?ずっと音信不通だったのが、なんでこんなことになってんだ?」


「フッ。拙者、何も話さないでござるよ?これでも拙者は忍者の末裔、ニンジャ・マスターでござるゆ……ぎゃあああああああああああああ!!」


「狼藉者が!!さっさと白状しなさい!!」


「ああ、くっ……!!こ、こんな拷問に拙者……、ぬがああああああああああああ!!話す!!話すでござるからああああ!!」


「ほら、早く言いなさい!!」


ひたすら痛めつけられるハンゾウ。

その様子に若干引いているカゲチヨ。


「め、女神様が……、御所望なのでござる……。カゲチヨ殿の寝顔を……。」


「女神……、様……?オマエ、なんで女神の……、え?ちょっと待て。なにオマエ、裏切ってんの?」


「ち、違うでござるよ、ノヴェト殿!これには深いワケが!拙者、望んではいないかったでござる!こんなこと……、でも、女神様には逆らえず……。しかたなく……。」


涙ぐむハンゾウ。


「いいえ、この狼藉者、……ノリノリでした。」


「え?」


「ノリノリでお写真を……、カゲチヨ様の可愛らしい寝顔を……。私のカゲチヨ様の……。」


「ん?……エミリーちゃん、今なんて?」


「と、とにかく!この狼藉者は、裏切ったのです!いますぐ極刑に!!」


「ほいぎゃああああああああああああああああ!!」


ギシギシと軋むハンゾウの身体。


「まぁそれは分かるが……。とりあえずはそれ解いて、拘束しとこうか。もう少し話聞かなきゃならんし。」


「しかし!!」


女勇者の言葉に反発するエミリー。

頑なに解こうとはしない。


「明日……、ってもう今日か。まっちゃんは今日からイベントだしなー。面倒ごとはあまり知らせたくないな。なんとかこっちだけで片付けたいんだけど。つか眠てぇよ、変な時間に起こされたから、まだ寝たいわ。」


「でしたら、このまま手足をもいでしまえば、拘束の必要もありません!!」


「いんぎゃああああああああああああああああ!!」


ホールドを決して解かないエミリー。

それどころか、さらに締め付ける。


「エミリーさん、お願いします。解いてあげてください。」


「はい、カゲチヨ様がおっしゃるなら。」


カゲチヨの言葉で、あっさりとホールドを外すエミリー。


「……キミの主人、俺で合ってるよね?」


不安の女勇者だった。





鬱蒼とした森。

もうすぐ夜も明ける。


その森を駆けていく二つの影。

女勇者ノヴェトと、メイド女性エミリーだ。


「エミリーちゃん……、エミリーちゃん!!」


「なんです、ノヴェト様!立ち止まらないで下さい!!まだ近くに……っ!」


「……いい、もういい。……いいんだ。」


項垂れる女勇者。


「なっ!?ご自分が何をおっしゃっているのか分かっているのですかっ!?」


それをエミリーは許さない。

グッと女勇者の胸ぐらを掴むエミリー。

彼女が感情を露わにしたのには、理由がある。


「分かっている。落ち着け、エミリーちゃん。カゲチヨの居場所は分かるんだ。慌てる必要もない。」


「必要もない……、ですって!?連れ去られたのですよ!?あの不届き者に!!ちょっと目を話した隙に……っ!!今もこうしている間に、カゲチヨ様はどれだけ不安なことか。……早くお助けしないと!!」


カゲチヨは、ハンゾウに連れ去られてしまった。


不法侵入し、ハンゾウは捕まったが、諦めていなかった。

カメラなどの機材と一緒に、カゲチヨを誘拐し、姿をくらました。


その後、ノヴェトとエミリーはなんとか追跡を試みる。

だが、もうすでに姿を完全に見失ってしまっていた。


「分かっている。分かっているよ。でも、たぶんこの森でハンゾウを見つけるのは不可能だ。アイツはポンコツだが、そういうのは得意なんだ。たぶんもう、ずっと先に行ってしまっている。」


「だからなんです!?追わない理由にはならないですよね!?カゲチヨ様は!!カゲチヨ様はっ!!」


「追わないとは言ってない。冷静になれ、エミリーちゃん。一度戻って、準備してくるんだ。行き先は分かっている。……女神神殿、あのBBAのとこだ。だったら、準備してきっちり取り戻す。……女神神殿をぶっ壊してもな。」


「そうですか。分かりました。そういうことでしたら、万全の準備を致しましょう。では、魔王様に連絡を取って、応援を頼み……。」


「待て!ダメだ、それはダメだ。」


「どうして!?こんな緊急事態に……?」


「まっちゃんは頑張ってたんだ、イベントのために。けど、知らせたら絶対来る。全部放り出しても必ず来る。そういうヤツだ。だからダメだ。絶対ダメだ。」


「そんなことを言ってる場合ですか!?カゲチヨ様に、もしものことがあったら……。」


「もしもって。まぁ死ぬことはねぇさ。貞操の危機はあるかもしれんが……。」


「大問題じゃないですか!!!!?」


「おおう!?まぁ、これから準備すれば、なんとかなるさ。だから、くれぐれもまっちゃんには知らせないでくれ。」


「ですが……。」


「カゲチヨをチャッチャと助けてさ。みんなでイベント行こうぜ?何もなかった顔でさ。まっちゃん喜ぶぜ?もちろん、エミリーちゃんも一緒だよ。」


「……分かりました。作戦はあるのですよね?」


「作戦は行ってから考える。」


「ハァ、分かりました。イベントでは、私がカゲチヨ様と手を繋ぎますからね!」





女神神殿内部。


そこには女神アシュノメーと女勇者ハンゾウ(ポチ)。

それに数人の信者がいた。


「フフフ、いいじゃないいいじゃない。お手柄よ!?ポチぃ〜?」


「ハッ!有り難き幸せ。」


「それにしても、捕まったのによく抜け出せたわね?アンタ、ポンコツのくせに、あのクソ勇者を出し抜くなんてやるじゃないの。」


「ハッ!拙者、ニンジャ・マスター故、この程度は造作もないでござるよ。」


「フッ……。その喋り、腹立つけど、今日は許してあげるわ。……なにせ大手柄ですもの!!」


「ハッ!……それとこれもお納め下さい。」


「なに?……はああああああああああん!?こ、これは……、こりぇはああああああ!?あああああああん!!!!可愛いいいいい!!寝顔なのん!?あああああああ!!!」


それはカゲチヨ少年の寝顔写真。


「さらに……。」


信者の一人が大きなモニターを押してくる。

そこに映るのはカゲチヨの寝顔動画。


「あああああああああああん!!ばかああああああああん!!キュンキュンしちゃうじゃないのさああああああああああああ!!」


身悶えする女神。

信者が若干引いている。


みるみる息が荒くなっていく女神。


「ああ、でももう。写真とか、そんなものはどうでもいいの!!だって、だって!!ここには、本物のカゲチヨきゅんがいるんだもん!!」


目の前には、縛られたカゲチヨ少年。


「これからは、いっしょにネンネして、いっしょにオッキして、いっしょにお風呂で洗いっこしちゃうんだからぁ〜!!もうお便所だって、ずーーっと一緒。もう片時だって離れない!!!あ、動画は、ちゃんとコピーしてバックアップとっておくのよ?写真はアルバムに整理しておいて!!」


「ああ……、ああ……。」


カゲチヨは、目の前で半狂乱になっている女神を見て、普通に怯えている。


「さ、さぁ……、まずはお着替えしましょうねぇ。大丈夫よぉ〜?ほら、私が着ているこの布、この薄〜いのとおんなじのを作らせたのよぉ?チラチラ見えちゃうのよぉ〜?なかなかエッチでしょう〜?カゲチヨきゅんとペアルックなんだからぁ〜?お着替えしましょうねぇ〜?」


「ああ……、やだ……。やだあああああああああ!!」


カゲチヨは泣き叫んだ。


だが、その声は、神殿の石壁に吸い込まれて消えた。

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