第2話 魔王が住まう城
女勇者ノヴェトは腕を組み、真っ直ぐにそれを見つめていた。
崖から臨む魔王城。
女勇者と少年の行く手に立ちはだかる、魔族の王『魔王』。
魔王城には、魔王の側近である精鋭が待ち構えている。
そこへ身を投じることは、命すらも投げ打つことに等しいことであった。
「……さて、戻るぞー。」
だが、女勇者は一通りポーズを決めて満足したのか、彼女はいそいそと撤収の準備を始める。
しかし、カゲチヨ少年は納得できない。
「え、どこに?」
「ふもとに。降りないと向こう行けないだろ?オマエはこっから魔王城まで、ビューンって飛んでくのか?ビューンって。」
「あの……、では、この崖に登った意味は?」
「魔王城がよく見えるだろ?」
「ええ、まぁ。」
腕を組み、得意げにニヤッと口角を上げる女勇者ノヴェト。
「え、ホントに?それだけのために?ここに?」
女勇者からは、腹の立つ顔芸しか返ってこない。
激しい虚脱感に襲われるカゲチヨ。
ゲームの中とは言え、リアル志向であるために疲労感は普通にある。
そもそも様々なものがリアル過ぎて、虚構と現実の区別もつかないのだ。
たしかに素晴らしい技術ではあるが……。
「そもそもおかしいのですよ。魔王ですよね?敵ですよね?異世界でゲーム作っちゃったのは、百歩譲っても……。なぜ勇者と魔王が、同じゲームをしているのですか?これではまるで、仲良しじゃないですか!?」
「なんだか、仲良しだと悪いみたいに言うね、キミ。感じ悪いよ?」
「いや、仲良く……、え、いや、ええ!?ダメ!ダメです!!なんで敵と仲良くなっちゃってるんですか!!」
「めんどくさいなあ、もう。……うーん、オマエもやっぱ連れてった方がいいのかなー?」
「へ?どこにです?」
「……ちょっと待っとけ。」
女勇者ノヴェトは突然、形容し難い珍妙なポーズをとった。
すると、中空にウィンドウメニューが出現した。
「今の……、は?」
「ログインしたときに教えたろうが。もう忘れたのか?……メニュー呼び出しアクション。絶対にやらないアクションにしておかないと、戦ってる最中に出てきちゃうだろ。ヒュインって!急に出てきたらビックリするだろ!?」
「それ、毎回やんないといけないって、何の拷問ですか……。というか、さっき教えてもらったのと、微妙に違う気がするのですけど……?」
「ん?なんか言ったか?」
「……いえ。」
女勇者ノヴェトは、メニューからコールを選択する。
これは、遠く離れたプレイヤーに呼びかける、電話のような機能だ。
コール音が鳴る。
そして、すぐにガチャッと音が鳴り、相手が応答した。
「もしもし?」
「もしもし。あー、まっちゃん?生きてる?」
「おお、勇者氏!ははは。拙者、今、ギリ死んでるでござるよ。」
女勇者ノヴェトは、コール機能で誰かと話し始めた。
相手は女性のようだが、喋り方が若干おかしい。
「ん?あれ?今ってリアル?いつもと声違う。」
「いや、中でござるよ?今丁度、いつものアバターは調整に入ったところで。……して、何用でござる?」
「あー、また新しいやつ来たんだわ。そっちの見学お願いして良い?忙しい?」
「んー、リアルの方でござるよね?あー、今、次のイベントの締め切りが近いんで、ちょっと時間が……。あ、でも、今日明日とかなら良いでござるよ。明後日から総動員で修羅場でござるから……。で、いつにするでござる?」
「悪いね。んーじゃ、……今、大丈夫?」
「余裕でござるよ。」
「了解。今行くわ。」
「オーキードーキー!正座して待ってるでござるよー。ではー。」
女勇者ノヴェトはコール機能を切り、通話を終わらせた。
「よし、そんじゃ行くか!」
「え?どこに?」
少年は戸惑う。
「あー、これからまっちゃんのとこ行くから。」
「え、そのまっちゃんさんという方は、ご友人でしょうか?」
「友人と言えば友人だな。『好敵手』と書いて『ライバル』と読む。」
「それ、結局敵じゃないですか。その見学というのは、ゲーム外なんですよね?横で聞いてましたけど。」
「うん、そう。そのまっちゃんのとこ。リアルで。こっからログアウトして。近いから歩いてな。」
「それは、魔王を倒すのに必要なことなんでしょうか?」
「……キミ、しつこいね。可愛くないよ。」
「ボクが可愛いかどうかは問題ではありません。勇者の仕事は魔王を倒すことです。寄り道する暇はありません!ご友人と遊んでる暇なんて無いはずです!」
「要は、魔王のとこ行けばいいんだろ?だから、行こうぜ、って言ってんの。」
「……?」
「ああ!そうか。まっちゃんって魔王のことだぞ。魔王だから『まっちゃん』。」
「……は?」
*
ゲームからログアウトした、女勇者ノヴェトとカゲチヨ少年。
二人は、リアルの魔王城までやってきていた。
ダークエルフの女勇者ノヴェトは、リアルでは金髪のグラマラスな女性だった。
そして、ハーフリングのカゲチヨ少年は、小学生の男の子。
カゲチヨは魔王城を見上げる。
「大きいですね……。」
「……だろ?」
女勇者ノヴェトは自身の胸を、これ見よがしに下から持ち上げる。
そして、ニヤリと笑う。
「いえ、そっちでなく。」
「ノリの悪いお子様だなぁ。でもお好きでしょ?……カ・ゲ・チ・ヨ・きゅん!!」
そう言うと女勇者ノヴェトは、カゲチヨ少年をギュッと抱きしめる。
少年の顔は、女勇者の胸に埋没した。
「む、ごっ!や、や、やめ、やめてください!!セ、セ、セ、セ、セクハラですよ!!?」
少年は暴れて、女勇者のホールドから抜け出した。
「難しい言葉知ってんなあ。なんだよ嫌いか、おっぱい?バインバインだぞ?」
女勇者ノヴェトは、再び自身の『それ』を下から揺らす。
「べ、べ、べ、べ、別にそんなこと、ど、ど、どうだっていいのです!!ま、ま、ま、ま、魔王の、魔王の城!!ほ、本当にこれが魔王の城なんですか!?」
「んー、まあなんせ、魔族の長である魔王が住んでる居城だからな。これくらいでないと。なかなか大きいだろ?」
だが、二人の目の前に聳え立っているものは、ただのビルだった。
「……でも、ビルですよね?」
「そうだよ?ビルだよ?……なんか、オマエの言い方にはトゲがあるな。問題あるか?」
「ずっと言おうと思ってたのですけど……。」
「なに?また小言なら聞き流すけど。」
「いえ、そのなんていうか、ここ異世界なんですよね?剣と魔法の。でも、ボクがここに来た時、そういう感じじゃなくて、ビル群しかないのですけど……。ここって、本当に異世界なんです?」
「あー、そうかぁ。若い子からするとそんな感じかー。おじさん、ジェネレーションギャップ感じちゃうなー。」
女勇者ノヴェトは、腕を組んでニヤニヤしている。
「俺がこっちに来てから変わったのよ。変えたというか。別に、ビルにしたかったわけじゃないんだけど……。機能的にしてったら、こういう形状の方が合理的だっただけ。でも、普通のビルじゃないんだぜ。ちゃんと魔法障壁で、あらゆる災害から防御してくれるんだ。いわば魔法ビルだな。」
「なんでも『魔法』って付ければ、解決すると思ってません?……というか、こんなところに魔王が住んでいるなんて。」
「んーそうなぁ。オマエさぁ、ずっと言おうと思ってたんだけど……。呼び捨てはまずいんじゃねぇ?年上だぜ、年上。そこは『魔王さん』って言うべきじゃん?まっちゃんは結構フランクに接してくれるとは思うけど。でもそこはほら、形だけでも……、な?人と人との付き合いってそういうもんだろ?」
「え、あ、いや。……はい、そうですね……。」
女勇者ノヴェトの正論。
カゲチヨ少年は素直に聞いた。
……が、ちょっと納得していない。
なにせこの女勇者、少年の言い分は散々受け流しているのだ。
頭では理解していても、感情としては納得したくない。
「よしじゃあ、ちょっくら見学にいくぜ!」
「……その、それで、なぜなのです?魔王……、さんのところに見学って。」
「オマエ、魔王倒せって言われてきたんだろ?俺もそうだけどよ。でもさ、あっちだって別に普通に生きてんだぜ?まずはさ、オマエの目で見て確認してみろよ。魔王が本当に倒すべき敵なのかどうかってさ。」
「は、はぁ……。」
「大人から言われたからって、それを鵜呑みにしちゃダメよ。いつまでも子供じゃねぇんだからさ。……いや、子供だな。これは忘れろ。で、言われたことを言われただけやるなら、ロボットと同じだろ?俺たちはなんだ?勇者である前に、人間だろ?」
「そ、そうですね……。」
女勇者は熱弁する。
その大人の言い回しに、少年も少々煙に巻かれた感はあった。
だが、結局少年は反論できず、素直に従った。
*
そこには、笑顔の魔王がいた。
「いやー、よく来てくださったでござるよぉー、勇者氏ぃー。何年振りでござったかー。」
「昨日ぶりかな。」
「あーそうでござったかー。拙者、リアルは久々でござるからー、色々と変な具合でござるよー。」
魔王は女性だった。
彼女は突然の訪問にも嫌な顔をせずに、にこやかに二人を出迎えてくれた。
「おお、勇者少年!初めましてでござるよー。拙者、魔王をやっている『レッカーベイン』と申すでござるよー。みんなから親しみを込めて、『まっちゃん』とか『まーくん』と呼ばれてるでござるー。」
「は、はぁ……。初めまして、カゲチヨと申します。」
「ほ、ほう。随分変わった名前でござるなあ。なんだかカッコ良いでござるよー。あっちでは普通の名前でござるかー?」
女勇者ノヴェトが話に割って入る。
「いや、あっちでも珍しい名前だな。」
「ほうほう、そうでござったかー。」
実は、魔王城という名のビルに入るとコンシェルジュがいた。
だが、あっさりと魔王の部屋に通されてしまった。
そして、今、まさに魔王の部屋にいるわけだが……。
そこは、どう見てもワンルーム。かなり狭い。
そして、その魔王というのも、明らかに魔王らしからぬ人物であった。
「あー、まっちゃんはもう24時間365日フルダイブのネトゲど廃人だからなぁ。作業とかもあっちでやってんでしょ?」
「そうでござるよ。拙者の真のリアルは、あっちと言っても過言ではないでござるな。」
「は、はぁ……。」
ござるござると不自然な喋り方をする魔王。
見た目は、黒髪おさげの背の低い女の子だ。
度のキツイ丸眼鏡といい、魔王というよりも、ステレオタイプなオタク系のか弱い女性にしか見えない。
「あ、あの……、本当に魔王……、さん、なんです?その……、全然、そうは見えないのですが……?たとえば、魔王さんと同じ役職の方が、複数人いらっしゃるとか……?」
カゲチヨ少年は、戸惑いをそのまま疑問として女魔王にぶつける。
「いやいや。魔王がいっぱいいたら、国が崩壊してしまうでござるよー。拙者が魔王、その人でござる。唯一無二の魔王でござるよ。……そうは見えない、と?うーん?……ああ!そういうことなら、もしかして!?」
女魔王は何かに気付いたように、手をポンと叩く。
「この喋り方でござるか!?これはですなー、ひとえに、勇者氏のせいでござるよー。」
「え、俺のせいなの?」
「そ、そうでござるよ!勇者氏の漫画やアニメ、そしてゲームという
「ああ……。」
女勇者ノヴェトは思い当たるフシがあったようで、納得したように頷いた。
「本当に素晴らしい文化でござるよ!だから、この文化を知った時!拙者は、魔族に伝わる経典や古文書、伝承を伝える石板などをすべてを破棄、ぜーんぶ燃やしてやったござる!!神はオタク文化にこそ宿るのでござるよ!!邪教は消毒でござるよおおお!!」
「まぁ燃やすのは言い過ぎとしてもだ。まっちゃんは真面目だけど、近視眼的だからなあ。まあそんなわけで、最近の若者文化としては、漫画・アニメ・ゲームってのが、三大神器になってるな。」
「この喋り方もそうなのでござる。勇者氏の世界の、古き良き時代のオタクの言葉だったそうでござるな。だから、拙者はこの言語を後世に伝えるために、伝道師として世界に布教していく所存でござる!!」
ひたすらテンションの高い女魔王。
だが、それとは対照的に、女勇者ノヴェトは飽きているようだ。
女魔王の部屋の本棚を勝手に漁り、漫画本を読み始めている。
「勇者氏、勇者氏!それを読むなら、こっちから読むでござるよ!シリーズ物ゆえ!!」
「え、そうなの?でもこれ、1巻って書いてるけど。」
「そっちは第二章の全国大会編でござるよ。まずはこっち、第一章の地区予選編を読むでござる!!そして第二章が終われば、こっちの第三章。宇宙編が始まるでござるよ。熱々のスポ根モノで、まさに金字塔でござる!!」
「ほう。じゃあ、先にそっち読む。」
もう完全に漫画を読み始めた女勇者ノヴェト。
もはや、カゲチヨは放置状態だ。
「あ、いや、えっとですね……。」
実は、カゲチヨは困っていた。
魔王城の見学と聞いていたはずが、今いるのはワンルーム。
物が雑然と置かれた部屋は、とにかく狭い。
しかも、その狭い部屋に、自分を含め3人がギュウギュウに座っているのだ。
女勇者、女魔王、そして少年。
しかも、女勇者は妙に胸を強調する薄着の格好。
その格好で横になり、肩肘を付いて頭を支えている。
胸にある大きな塊は、今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。
さらに女魔王。こっちはこっちで薄い部屋着。
女勇者のようなわがままボディではない。
だが、だるだるタンクトップにショートパンツ。
それでは、いつ見えてしまってもおかしくはない。
とにかく二人に共通して言えるのが、『無防備過ぎる』ということだ。
ここは、少年にはあまりにも刺激が強い空間だった。
「あっと、えっと……。」
「どうしたでござる?新しい勇者氏は大人しいでござるな?……大丈夫でござるか、カゲチヨ殿?」
目のやり場に困っているカゲチヨは、ずっと下を向いていた。
だが、女魔王は無防備に覗き込んでくる。
おかげで、意図せずタンクトップの隙間が垣間見える。
「ふあああ!!」
カゲチヨは思わず仰け反って、女魔王から距離をとってしまう。
だが、そのせいで、女勇者ノヴェトの胸に密着してしまった。
「なんだよ、やっぱ好きなんじゃねぇか。……おっぱい。」
「ち、ち、ち、ち、違います!!ち、違います!!!」
顔を真っ赤にして、二人から離れるカゲチヨ。
だが、狭い部屋では限界がある。
「……なるほど?……この反応。勇者氏、勇者氏。もしかして、言ってないでござるか?」
「え?……なに?」
「これでござるよ。」
女魔王はそう言うと、女勇者ノヴェトの胸にあるものを鷲掴みにする。
「やん!」
わざとらしく可愛らしい声を上げる女勇者。
「勇者氏。楽しむにもルールがあるでござるよ。相手を騙すのは良くないでござる。」
「ふむ。」
女勇者と女魔王は少年をじっと見つめる。怯える少年。
「な、なんですか……?」
「少年。いや、カゲチヨくん。……実は俺たち、オマエに言ってないことがあるんだ。」
「え、なに、なんですか……?」
「それは……。」
妙に勿体ぶる女勇者。
女魔王もわざとらしく、ゴクリと喉を鳴らす。
「……俺たち、実は男なんだよ。」
「……は?」
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