プレゼント

クロノヒョウ

第1話




 あれは忘れもしない高校三年生の頃のこと。


 私と親友の紗栄子は就職活動の一貫で特別に設けられたタッチタイピングの授業を受けることになった。


 放課後希望者がパソコンルームに集まってひたすらタイピングをする。


 私はそれほど興味はなかったが紗栄子がどうしても行きたいというので付き合った。


「好きなんだよね、キーボードを叩く音が」


 パソコンルームで生徒たちが必死にキーボードを叩く音を気持ちよさそうに聴いている紗栄子。


「もしかしてこの授業受けた理由ってそれ?」


「だってさ、家でひとりでパチパチやってても物足りないんだよね。寂しいっていうか。この大勢の指の音、たまんなくない?」


 そう言って目を閉じる紗栄子。


「いや、意味わかんない」


 私はまわりを見た。


 お喋りをしているのは私たちだけで皆は黙々とタイピングしている。


 場違いだと思いながらも結局一ヶ月間の授業を紗栄子と受けるはめになったのだった。


 なんとかやりきった私たちは冬休みに入った。


 すでに内定も決まっていた私と紗栄子は冬休みも毎日会って遊んでいた。


 年も明けもうすぐ最後の三学期が始まろうとする頃に事件は起きた。


 その日もいつものように私は紗栄子の家に向かった。


 様子がおかしいのは遠くからでもわかった。


 紗栄子の家の前にパトカーと救急車が停まっていたのだ。


 私は急いで野次馬の中をすり抜け紗栄子の家を覗き込んだ。


「紗栄子!」


 ちょうど紗栄子が担架に乗せられて救急車に運びこまれるところだった。


 紗栄子の真っ青な顔は今でも目に焼き付いている。



 何があったのか――


 紗栄子が家のドアを開けると綺麗にラッピングされた小さな箱が置かれていた。


 箱の上には「紗栄子さんへ」とだけ書かれたメモ。


 紗栄子は箱を手に取り蓋を開けた。


 すると中には血のついた人間の指が10本入っていたそうだ。


 紗栄子は恐怖で叫んだあとそのまま気絶してしまった。


 幸い大事には至らず翌日には退院できたのだが、紗栄子の心の中の恐怖は消えることはなかった。


 警察の調べによると人間の左手の指が5本ずつで10本あったらしい。


 犯人もすぐに捕まった。


 あのタッチタイピングの授業を同じに受けていた生徒のうちのひとりだった。


 名前は片山今日子。


 片山さんは真面目で地味で私たちは顔すら覚えていなかった。


 そんな片山さんがなぜ紗栄子にそんなことをしたのか。


 片山さんは学校でも目立っていた紗栄子に憧れていたらしかった。


 そんな紗栄子がキーボードを叩く音が好きだという話を偶然聴いた。


 家でひとりでパチパチやっても寂しいとも……。


 それで片山さんは何とかして紗栄子を喜ばせたいと考えるようになり自分の指をプレゼントしたらしかった。


『だって指が足りなかったんでしょ』


 片山さんは警察にそう言って笑っていたらしい。


 片山さんは自分の指を10本プレゼントしたかったのだが、右手で自分の左手の指を切断したあとに気が付いた。


 どうやって右手の指を切断しようかと。


 指のない左手ではどうすることも出来なかった片山さんはSNSで指を募集した。


 紗栄子に対する想いをSNSにあげ指を5本募集したそうだ。


 そして見ず知らずの誰かから贈られてきた指とあわせて無事に紗栄子にプレゼントすることができたと言う。


 問題はその指がどこの誰の指なのか。


 警察が必死に調べるも結局指紋でもDNAでも一致する人物は見つからなかった。





 それから三年が経っていた。


 紗栄子はあれから学校に行くことが出来なかったが無事に卒業することはできた。


 しばらく外に出ることを恐がっていた紗栄子も徐々に日常を取り戻し、今では以前のような明るさも戻っている。


 ただ紗栄子が大好きだったパソコンのキーボードを叩く音はトラウマとなっており、いまだにその音を聴くと体が強ばってしまうそうだ。


「私さ、バイト決まったんだ」


「え、大丈夫なの? 紗栄子」


「うん。ちょっとずつ復活していかないとね」


「そっか……じゃあお祝いしなきゃね。好きなの頼んで」


「え、ここで? コーヒーと軽食しかないんですけど」


「フフ……何でもご馳走するから」


「え~」


「アハハ……」


 私たちは普通に楽しく笑えていた。


 長かったけど紗栄子が昔のように明るくなって本当によかった。


 私は心からホッとしていた。



「あの……」


 その時、私たちの席の横に立った女性が声をかけてきた。


「はい」


 私と紗栄子は女性を見た。


「紗栄子さん、ですよね? 私紗栄子さんと同じ高校だった藤島杏奈。覚えてない?」


「えっと……」


 私も紗栄子もそんな名前に記憶はなかった。


「ごめんなさい。ちょっと……」


 そう言った紗栄子の目はこの藤島杏奈と言う女性の左手に釘付けになっていた。


 そして紗栄子の顔はみるみるうちに青ざめていった。


「あら、残念。それよりプレゼントは喜んでもらえた? 私と片山さんの10個のプレゼント」


「ヒィッ……」


 紗栄子はガタガタと震えだした。


 女性は満面の笑みで紗栄子を見ていた。


 指のない左手を紗栄子の前に付きだしながら。




          完




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プレゼント クロノヒョウ @kurono-hyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ