第5話前編 もふもふ動物園ガイド
「さっくん、動物園行かない? 」
ひまりが夕御飯に俺の好物を作って、もじもじとそう聞いてきたのは12月初旬のことだった。
動物園なんて小学校の遠足以来行ったことがないし、行きたいとも思わない。
そもそも初デートは自分から誘いたかった。1年も一緒に住んでおいて今更ではあるが。
「ダメかなぁ? さっくん。
ほら、最近『もふもふ研究』進んでないって言ってたし、さっくんに『もふもふ』の素晴らしさと多様性を伝えたいんだけど」
俺はそんな変な研究なんてしてはいないし、理解を深めたいとも思わない。しかし、ひまりのねだるような目に逆らえる訳もなかった。
「分かった、今度の休みな」
「やったぁ! 」
ひまりが嬉しそうに抱きついてきたので、自分の変なこだわりは捨てることにする。これも彼氏の立派なお役目であろう。
◇◇◇
やたらと暖かい服を重ね着してフクフクになったひまりが俺の横にいる。俺はいつも通り、デニムにロングTシャツとパーカーの重ね着にスニーカーだけだ。
12月だから上着を着ようとしたらひまりに真剣な顔で止められた。どうやら、上着のフードに付いていた『もふもふ』部分が動物園に着ていくには倫理的に駄目らしい。
フェイクでもダメなの? こないだ嬉しそうに触ってたよね?
俺達の生活は数々の命の上に成り立っているということを、彼女は理解しなくてはいけないと思う。
初デート前に初めての喧嘩をするわけにはいかなかったので、俺はぐっと堪えた。
「さっくん、冬の動物園は結構寒いよ? その格好で大丈夫? 」
動物園上級者を気取った彼女は俺から上着を剥いだくせにそんなことを言う。
答えずにいると、沈黙を『大丈夫』という意味に受け取ったひまり意気揚々と玄関のドアを開け、歩き始めた。
「さっくんと動物園! 嬉しいっ!楽しみだなぁ」
それはよござんすですよ。君が喜んでくれればいいっすよ。
そうして俺達は電車やバスで合計1時間程の距離を移動して動物園に向かう
――筈だった。
駅までの道で、隣を歩くひまりから繋がれた手。左手は手袋をしているのに、俺と繋ぐ右手は何も着けていない。
その手がやたら熱かった。
やっと、初デートだな……
そんなことを思いながら、口を、にへにへとゆるめて歩くひまりを見つめる。この子にしては珍しく化粧が濃い気がする。特にほっぺたなんて、心配になる程に真っ赤だ。
違和感を覚え、彼女の手を握りながら確かめるように指で撫でる。
「はぁ……さっくん、こしょぐったいよぉ~」
隣から声が聞こえるが気にしない。空いた手でひまりのほっぺたを摘まみ、その後おでこに手を当てる。
アウトだ。
「ひまちゃん、デート中止」
「へっ? なんで? 」
ほっぺたをむにむにと撫でられながらも、涙目のひまりは俺の方を向いて不満気な声を出す。
「熱ある子は動物園に行けねーのっ! 」
「え~、熱なんてないよぉ?! 」
文句を言うひまりの手を引き、俺は家に引き返した。
「38.7℃。言ったろ? 熱あるって」
「大丈夫だもん。せっかくのデート……
レッサーパンダ……」
無理やりベットに寝かされたひまりは、熱で潤んだ目で俺を睨む。
「だーめっ。
……何とか家で動物園気分味わえるように頑張るから、まずは寝てな? 」
「さっくーん! 」
喜びから絶望へ落ちた彼女の気持ちを救うため、俺は何とか『おうち動物園』をする方法を模索した。
熱のあるひまりよりも、俺の方が知恵熱が出そうで頭が痛い。
仕方ない。これも彼氏のつとめというやつであろう。
後半へ続く
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