Webライターだった俺は転生して魔王と勇者と皇女のゴシップニュースを書くことになりました
@shake_ikura
第1話 ゴシップライター、転生する
体に当たる冷たい風、眩しい太陽、頭が重い。ヤバい、今何時だ。朝4時に解禁されるニュースを早く確認しないとーーーー。
ん、ここ、どこだ?
いつもみていた部屋の風景とちがう。かかっている薄い布も、匂いも。まだ夢の中なのだろうか、ぼんやりと座っているとドアの向こうから女の人の呼び声が聞こえる。
「リヒト!早く起きなさい!仕事遅刻するわよ!」
リヒト?誰だそれは。しかたない、起きるためにもう一度寝るか、それにしてもこの布1枚は寒いな……。
「ちょっと!本当に遅刻するわよ!」
布を剥がされると、そこには実家の母親そっくりの女がいた。あれ、俺つかれてんのかな、そういえばもう実家にも1年帰っていない。お母さんの豚汁食べたいな……いたっ!痛い!!
「もう!ただでさえお金ないんだからちゃんと働くぐらいして!」
バンバンと背中を叩かれる。ちゃんと痛い。これは夢じゃないのか?昨日のことを思い出す、そうだ、俺はあの美人女優がYahoxコメントで叩かれているいくつかのコメントを引用し、無駄に“炎上”と囃し立てた記事を書いていたはずで……あれ?もしかしてこれ、転生した?
*******
あまりアニメをみる方じゃない俺でもいくつかみたことがある「異世界転生」。不慮の事故で死んだ主人公がファンタジーの世界で戦ったり、ハーレムしたり、料理人になったりするやつだ。どうやら、これが夢じゃなければ俺もその世界に入ってしまったらしい。急いで食べたスープは薄かったけれど暖かく、夢にしては感覚がはっきりしていた。
おれのここでの名前は「リヒト」らしい。家にある小さな鏡をみると、顔はそのままな気がするが金髪で、染める手間が省けてラッキーだ。ぼんやりとだが、こちらの世界での記憶があり、自分の仕事も思い出された。俺は王宮の外の外のそのまた外、一番遠い場所の門番だった。責任感も収入も少ない、落ちこぼれのような仕事だ。
「おはよーございます」
制服に着替え、同僚のおっさんに挨拶をする。このおっさんの名前、なんだっけ、思い出せないけど、まぁいいか……。
「おい、リヒト、今日はあれ、ないのか?あれ」
「あれ……あれって、なんでしたっけ?はは、すいません。」
おっさんはタバコをねだるように、俺に話しかける。ポケットにはタバコなんかなく、あるのは……紙と、鉛筆?
「おうおう!それそれ、見せろよ」
なにが書いてあるのかわからない紙を手渡すと、楽しそうにおっさんはその紙を開いた。なにが書いてあるのか、俺も覗き込む。
ーーー花屋の一人娘ラウラ、漁師のハンスと逢引き!酒に酔って道端で醜態を晒す!
「お〜今日もいいネタしこんでんねぇ!へへ、ありがとよ。これだけが楽しみだぜ」
なるほど、俺はこっちの世界でもしょうもない記事を書いているのか。いや、しょうもない記事を書いて輪廻転生して現世の俺がいるのかもしれない。死んだっぽいけど。おっさんは楽しそうに手書きの記事を読んでいる。
初めて自分が書いた記事を目の前で読まれ、少しだけ嬉しくなった。
*******
ぼーっと立ってるだけの仕事を終え、家に帰る。帰り道で新聞を配っている少年を見たので、この世界にも新聞はあるらしい。家にも1部届いていたので読んでみることにした。
「リヒトが新聞読むなんて、めずらしいじゃない。こんなつまんねーものに金払ってんじゃねえ!とか言ってたのに」
「……たしかにつまんね〜〜」
王宮を讃え、他国をただ貶めるような記事しかないそのペラ紙は、嘘八百が並べられているのだろう。いつの時代も新聞社はクソだ。就活で落とされた恨みは異世界まで響くぞ。
「そうそう、効いてよ、花屋のラウラちゃん、2股かけてたのバレたんですって!」
「ぶっふ」
「あんだけ可愛けりゃそうよねぇ〜。片方は陸軍の人らしくて」
「へぇ、名前わかる?」
「なんていったかしらね〜……フランツ?いや、う〜ん」
どこの時代も女性はみんなゴシップが大好きだ。他人の恋愛事情なんて知ってもしょうがないのに、いざこざを知りたがる。噂はどんどん形を広げていき、火種はでかくなっていく。
インターネットのないこの世界、でかい火種、転がしてみるか。
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