第10話 重畳もなんだか格好いいから使いたい

拝啓 母さんお元気ですか? もう死んでいるので元気という言葉は不適切ですね。

 僕は今亜空間で死にかけています。もしかしたら近いうちに母さんに会うかもしれません。その時は怒らないで優しく抱きしめてくれると嬉しいです。 敬具


 追伸 初めてお友達が出来ました。名前が長いのでスーと呼んでます。そのお友達に今殺されかけてます。


「ぐぐぐ……ガハッ……」


「クーよ、早く覚醒しないと本当に死ぬのじゃ」


 事は三時間前に遡る。


「器が眠っている?」


「そうじゃ、その器を今から無理矢理起こす」


「くっ! 俺に封印されしあの邪悪な龍が解き放たれるのか!! 胸熱だぜ!」


「何を訳のわからんことを、お主に龍なんぞ封印されてはおらぬ」


 これは通過儀礼なのだ、人は覚醒する時、欲望という名の龍が解き放たれる。それは偶然ではなく必然なのだと妖精に至った先人達が語っていた。


「それで俺はどうしたらいいんだ?」


「こうするのじゃ」


 禍々しいオーラに包まれたスーの右腕が俺の心臓あたりを貫く感覚が襲った。


「ぐっ! な、何を!」


「じっとしておれ! はぁ!!」


 スーの手から魔力の塊であろうモノが俺の身体を駆け巡ると穴という穴からいろんなモノが噴き出してきた。


「ガァァァァァァァァァ!!」


 身体から蒸気のようなモノが溢れ出し、目や耳からは出血、全身の血管は膨張し今にも爆発しそうだった。痛みで立っている事も儘ならず、苦しさでのたうち回る。


「予想外の器の大きさじゃな……人の二人分?いや三つかのう、死ぬ……かもしれんが、それを耐える事ができた時、お主は高みに至るであろうよ」


「死!! がっ! ぐあぁぁぁぁ! 死ん! で! たまるっ! かよっ! ガァァァ!!」


 さらに四時間経過した。


「………………」


 綺麗な金髪だったクロウの髪の毛は血で赤黒く染まり、身体の痙攣がなくなり生命活動が終息したかのように動かなくなった。


「器が大きすぎたのじゃろうなぁ……友よ……短い時間だったがお主との出会いは我にとって悠久の時であった……運命を感じざるを得なかったが、安らかに眠るのじゃ」


「……お、おい……勝手に、こ、殺すな……バカヤロウ……」


「おおおおぉぉぉぉ!! クー!!」


「ち、力が……あ、溢れ……出して……な、なくね?」


 普通、覚醒イベントは主人公の力を大幅に増加させ、力の加減を間違え神殿を破壊し怒られるというパターンだろうが、それに反し大量の血を流し、体力の限界を超えたのにも関わらず大きな変化を感じない。


「言ったじゃろ? 器を起こすと? とりあえずこれを食せ」


 差し出されたのは小さな小瓶で、中には苦そうな液体が入っている。


「か、身体は動かねぇし、苦いのは……い、嫌だ」


「何を贅沢な事を! これはエリクサーじゃ! 最高級の回復薬だというのに……しょうがない、我が特別に飲ませてやろうではないか」


「くっ! やっやめ……」


「良薬は苦いと相場が決まっておる。我もこの味には慣れんがな! そもそも飲まねばお主は死ぬぞ? わっはっはっ!」


 口を無理矢理こじ開けられ小瓶を突っ込まれる。その味は青汁を十倍に濃縮し、こぼした牛乳を雑巾で拭いた後に数日間放置したような悪臭を放っていた。


「高級品じゃ! 吐くではないぞ?」


 強い力で口を抑えられ、喉からリバースしたエリクサーを何度も反芻すると何とか胃に押し込む事に成功した。その瞬間全身が光を放ちあらゆる傷と体力が回復していった。


「くっそ! まずっ! ぐえっ!」


「ふむ、よくぞ耐えたのうクーよ。我は嬉しいぞ」


 生死の境を彷徨った人間に軽いノリで肩を叩きながら笑顔を見せるスーに対し殺意が芽生えた。


「まあ、そこに座るのじゃ! 今から説明する」


「うん、こうなる前にその説明とやらを聞きたかったなあ!!」


 スーの説明によると、器を起こすというのは所謂、潜在能力の解放みたいなものに近く、いきなり能力が上がるわけではない。あくまでも受け皿を大きくし、許容量を増やすのが目的だそうです。

 器が大きいほど反動が激しく、死に至る事も珍しくないらしい。というか7割は死ぬと言われた時は思わず胸ぐらを掴んでしまった。しかし、その瞬間に腕をへし折られ二度目のエリクサーを体験する羽目になったので、スーより強くなるまで反抗する事を封印した。

 俺の場合、なぜか器が三人分喧嘩するように混ざっていたらしく、特にその中の一つが異常な程の禍々しさを放っていたそうだ。

 三人分。クロウの魂、真島三太の魂、そしてゲームキャラの懺蛇の魂であろうと推察する。

 ここは異世界だからたぶんそんな感じだろう。


「さあ、時間が惜しいゆえ次の工程に移るのじゃ」


「ウン、セツメイハタイセツダヨ?」


「安心するのじゃ! もう死ぬような事はない」


「それは重畳」


 もう怖いものはない。死の淵に至るという経験は精神的にも大きな成長を齎しそうだが、そんな事はない。

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