運命に従いし者と運命に背きし者
神楽健治
第1話 昼下がりの酒場で
「いらっしゃい」
カウンター越しに店主が声を掛けてきた。
「水を貰って良いかな?」
「もちろん、ギルバルドさん。あぁ、仕事ですね、今日は」
彼は微笑みながら頷いた。軽装とは言え、間違いなく武装している。足元には鞘に収めた剣。腰には短剣と道具入れ。鎧を身に付けていないが、厚手の戦闘服。その内側には補強された肌着を纏っている。動きやすそうなズボンには急所となるであろう箇所に防御加工が為されている。
店主が水を持ってきた。
「簡単な仕事です。前にも説明しましたが、街外れにある教会跡地に野盗が巣食っているって話で」
「あぁ、聞いたよ。この街は自治領だから、そういう輩の対処が大変なんだって言ってたよな」
「ええ、そうです。無駄な税や兵役などは一切ないですが、その代償と言いますか、自由の代償と言いますか、こういう仕事は腕の立つ人に依頼するしかないのです」
「傭兵は?」
「雇っていますが、最低限の街の守りだけですね」
「もし外敵に攻められたら、一溜まりもないな」
「はい。まぁ、この街は交易で成り立っているので、商人たちが上手く根回ししているのです」
「マスターも、その一人ってわけか?」
「私はただの酒場の店主ですよ」
店主は愛想良く微笑む。
「ギルバルドさんには以前に何度か護衛の仕事をして頂いて、すこぶる評判が良かったので、今回の仕事に」
「無愛想だけどなぁ、俺は」
「いえいえ、剣の腕は間違いないかと」
「照れてしまうな。マスターは口が上手い」
店主はふと視線を逸らした。
ギルバルドもそちらを向く。
「おっ、やっと来たか。セオドア」
そう呼ばれた青年はギルバルドに丁寧にお辞儀した。
「今回一緒に仕事をさせて頂くセオドアです。宜しくお願いします」
ギルバルドは店主を見た。
「まだ若いな」
「彼は確かに若いし、経験も浅いが、その器量は私が保証しますよ。あともう一人、いるんですが」
若い男が店内に慌てて駆け込んでくる。
「悪い、親父、遅くなった」
「この馬鹿が」
温厚な店主が声を荒げた。
「アッシュ、ちゃんと挨拶しろ」
彼はしおらしくなり、お辞儀する。
「酒場の倅で、トレジャーハンターのアッシュです」
冗談とも本気とも言えぬ物言いに、ギルバルドは微笑む。
「賑やかなパーティだな」
店主は頭を掻きながら、頭を下げた。
今回の仕事は、おそらくこの二人の教育が目的なのだろう。本気で野盗狩りをするなら、このメンバーなわけはないな、とギルバルドは思った。
ここの店主には、この街に住み着いてから、なんだかんだと世話になっている。それくらいの恩返しは構わない。
「すぐに出発しようか。暗くなる前には仕事を終わらせたいからな」
ギルバルドは若者二人にそう声を掛けた。
その二人の顔には、まだ、血生臭く濁った暗い影は寸分もなかった。
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