第12話 話が通じない
別の使用人の案内で、本当の自分の部屋に通された。
ベッドや机などの家具はすべて子ども用のサイズに調整されておらず、装飾もシンプルで落ち着いた雰囲気のものだった。
ドレッサーには、様々な種類の服がサイズごとに並んでいた。
…とりあえず揃えたという感じ。この身体では使いにくい家具ばかりだけど、デザインは悪くない。服はドレスが多いけど、動きやすく機能的な物も少しはある。…
部屋中をくまなく調べて安全を確認すると、空間魔法で造った次元収納に機能的な服や換金性の高そうな装飾品を詰め込んでいく。
…とりあえず、いつ脱出しても良いように慰謝料として少しもらっておこう。それにしても、空間魔法を獲得できたのは僥倖だった。…
“ジャラ―
魔装
―”簒奪之怨鎖”―
魔装を顕現させると、魔力視でセボンとの繋がりが途絶えていないことを確認する。
…奴の胸には闇の楔がしっかりと打ち込まれている。“漢字”を魔法文字に使用できたおかげで、物理的に切断しただけでは、この”怨鎖”は断ち切れない。…
“漢字”により複数の効果を付与されている鎖は、異空間を経てセボンと繋がっていた。
“コンコン―
「シーラお嬢様。クリスです。失礼します。」
ノックが聞こえてからしばらくすると、クリスが入室してくる。
…あまり良い結果ではなかったか。…
「セボンの処分の件でしたが、当主様が預かることになりました。処分の内容が決定するまで、セボンは自室で謹慎となります。」
…事実上、無罪か。…
私は表情を変えずにクリスに声をかける。
「わかった。もう下がっていい。」
クリスは俯いたまま、こちらに質問する。
「シーラお嬢様が私に敬語で話さなくなったのは、私を臣下だと受け入れてくださったからですか?それとも、敵であると認識されてしまったからですか?」
…気持ちが悪い。…
「どちらかというと後者。」
クリスは悔しそうに拳を握りしめると静かに退出していった。
…臣下として受け入れられたかったのか?それだったら、まず、できない約束はすべきではない。私は約束を履行し続けることで信頼が生まれていくと考えているから。でも、クリスが悪いわけではない。クリスが優先順位をマクスウェル家に置いている時点で私が望む結果を出すことは不可能に近い。この家は、どこかおかしい。まあ、マトモな家なんて見たことなんて無いけど。…
“ガチャ―
扉の開ける音が聞こえて、目を向けると10歳くらいの男が木剣を持ちながら部屋に入り込んでくるなり、大声を上げてくる。
「やいッ!ここは俺様の秘密基地だぞッ!出ていけッ!」
男は、目をつり上げながら近づいてくる。
…なるほど。コイツが数年前に引き取られたという兄モドキか…。母親モドキ、父親モドキ、執事モドキといい、この家にはモドキが多い。…
「聞いているのか?早く出ていけと言っているんだぞッ!俺様は、王家の人間なんだぞッ!偉いんだぞッ!」
…癇癪持ちのキチガイ…。おまけに木剣まで持って…。…
「こいつぅぅぅッ!無視するなぁぁぁッ!」
“ブン―
兄モドキは右手に持っていた木剣を上段に構えると、こちらに向かって振り下ろした。
…オーラを纏っていない?威嚇目的か?それとも、単に身体強化が使えないだけか?いずれにせよ、コイツは“敵”だ。…
”ヒュッ―
バックステップで木剣を回避し、「オーラブレード」を造り出し、右手で構える。
身体強化
―“オーラブレード”―
「ひ、ひぃぃぃッ!な、なんだよッ!その剣はッ?そ、それで俺様を攻撃するのかぁぁぁ?俺様は木剣なんだぞぉぉぉッ!」
…怯えたふりをして油断を誘うつもりか?…
弟モドキの動きに注意を払いながら慎重に間合いを詰めていく。
“ゴトッ―
「ふ、ふえぇぇぇぇんッ!ぢちうえぇぇぇッ!ははうえぇぇぇぇッ!」
木剣を床に放り投げた兄モドキは、泣きわめき始めた。
空間魔法
―“ディメンションヴェール”―
兄モドキの周囲に真空で出来た異空間の膜を張り、わめき声をかき消した。
「@,?!+*…
…さて、これからどうしようか。“隷属”させて、関わらないように“命令”しようか。でも、残り4本しかない鎖をコイツに使うのはもったいない。下手に殺すと色々と面倒だし。…
「天井裏にいるスキンヘッドの人。連れて帰ることはできる?」
「…………。」
天井に向かって声をかけるが、反応がなかった。
…空間魔力を周囲に広げると空間把握ができるから、気配を消すスキルを使って隠れても無駄なのに。…
「そっちの獣人族の女の人は?」
「…………。」
…仕方がない。…
オーラブレードを横に構える。
「じゃあ、始末するしかない。」
“シュタ―
“ガギンッ!!!―
兄モドキに向かってオーラブレードを横凪ぎに一閃した瞬間、天井から降りてきた黒装束の女獣人がオーラブレードを短剣で受け止めた。
「グぅぅぅぅゥッ!!!シーラお嬢様ッ!兄君に何をされるのですか?」
…速い。…
「襲われたから反撃しただけ。木剣でもあたりどころが悪ければ、重症を負うこともある。いきなり襲われて、誰も守ってくれないのであれば、反撃をせざるを得ない。」
“シュタ―
女獣人に続き、筋肉質のスキンヘッドが天井から降りてきた。
「流石は、マクスウェル家の実子ってわけだな。その歳にしちゃあ、文句なしの身のこなしだぜ。…だがよ、農場で”甘やかされて育てられた”のかわかんねぇけど、傍若無人が過ぎるんじゃねぇの?マクスウェル家に戻ったんなら、マクスウェル家の一員らしい振る舞いをすべきだぜ。嬢ちゃんよぉ。」
「戻ったんじゃない。連れてこられただけ。解放してくれるのなら、今すぐ解放してほしい。」
「散々、贅沢な暮らしをしておいて、ワガママ言うんじゃねぇよッ!この小娘がよぉッ!俺がその腐った性根を叩き潰してやるぜッ!」
「た、ライル部隊長ぉぉぉッ!シーラお嬢様に何をするつもりですか?」
「ちょっとばっかし、キツいお灸を据えてやるだけだッ!実力はともかく、この性格はマクスウェル家には相応しくねぇからなッ!メルは、カイン坊っちゃんを部屋に連れていけ。」
「……………。」
メルと呼ばれた女獣人は、泣きわめく兄モドキを抱き抱えると、部屋から出ていった。
「さぁ、世の中の広さを教えてやるぜぇ。」
スキンヘッドの身体からオーラが一気に放出されたかと思うと、物凄い速さで私に接近してきた。
…グゥ…コイツはさらに速いッ!…
「くらいやがれッ!」
身体強化
―「“オーラ・ナックル”ゥゥゥッ!」―
身体強化オーラの込められた拳が私を襲う。
…上手く受け流せば、オーラを左腕に全振りしなくとも左腕の骨が折れるくらいで済むか。…
「ちゃんと防御しろよッ!嬢ちゃんの身のこなしと身体強化のレベルならギリギリ防げるはずだぜッ!」
“”バキゴキッ…―
スキンヘッドの拳を左腕でいなすも、いなしきれない衝撃で骨が悲鳴をあげた。
「ヴゥゥッ……!」
…左腕の骨が粉々になったけど、耐性スキルのお陰で何とか堪えられる。…
粉々に折れた左腕の骨を身体強化オーラで固定しながら、新たな鎖を顕現させる。
ジャラ―
魔装
―“吸命之怨鎖”―
禍々しい装飾が施された鎖がスキンヘッドに向かう。
「ぼ、防御を捨てて反撃しただとッ!?な、なんだぁ?この鎖はッ!?ぐぅぅぅぅッ!なんだぁ?まったく、全然、引き千切れねぇぇぇぇッ!」
思考が一瞬停止してしまったスキンヘッドの体に鎖が巻き付いていく。
…チェックメイト。その鎖は、“簒奪之怨鎖”と同様、“漢字”を魔法文字に組み込むことによって不壊の効果も込められているから、ちょっとやそっとじゃ断ち切れない。…
スキンヘッドを完全に拘束したことを確認すると、身体強化のオーラで固定していたバキバキに折れた左腕を癒していく。
―”自己再生スキル”―
治癒魔法
―“ファーストエイド”―
自己再生スキルと治癒魔法を同時に発動させると、みるみるうちに左腕が元に戻っていく。
「はぁ、はぁ…。自分の生命力を使って自己回復力を高める“自己再生スキル”と治癒魔法を併用している!?あの傷が一瞬で…。」
…複雑骨折を癒すのに消費した”生命力”はお前からいただく。…
鎖の先端にあるペンデュラムがゆっくりとスキンヘッドの胸に沈み込んでいく。
「“自己再生スキル”で消費した生命力は、お前の生命力で補充させてもらう。執事モドキといい、油断してくれて、本当にありがとう。」
スキンヘッドにお礼を言って、拘束している鎖を潜在させる。
「な、何を言って…。お、俺の生命力…?てめぇぇなにしや…ガァ…」
―“吸命”―
鎖を通して、スキンヘッドの生命力を奪っていく。
生命力が吸われていくスキンヘッドの顔色が徐々に悪くなっていく。
…うん。空間魔法と同様、生命力も問題なく吸い取れている。…
「はぁ、はぁ、はぁ………。…さっきの鎖は、何かの特殊能力を付与した魔装か?…生命力…補充…ッ!?ま、まさか、俺の生命力を吸い取ってい…うぐぅぅぅぅ…」
「“私の情報を漏らすことを禁止する”。」
「はぁ…はぁ…はぁ…。れ、隷属…うギャァァァぁぁッ!!!!!」
「情報を漏らすな。」
「隷属なんて非道な…。なぜ…こんな悪魔のようなことができる?」
「悪魔?隷属されて苦痛を与えられることを“甘やかされる”というのであれば、私はお前を”ただ甘やかしている”だけということになる。」
「何言ってやがるッ!俺は、お前が”甘やかされて育てられた”って言っただけだッ!」
「私は、
―”7年間、隷属と虐待を受けて育った”―」
「嘘を言うなッ!マクスウェル家の実子がそんな扱いを受ける訳がねぇッ!」
「じゃあ、なぜこの歳の幼子が持って生まれたわけでもないのに、隷属と闇魔法の効果を持つ魔装を使えると思う?」
「じゃあ、てめぇはシーラお嬢様の偽物ってことか…うギャァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
「…………。話が通じない。」
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