6月と世界の終わり

モリアミ

6月と世界の終わり

 百年ぶりに雨が降った。或いは昨日も雨だったかもしれない。断定は不能です。情報は欠落しています。少なくとも百年ぶりに観測された雨であることに変わり無いでしょう。

「清掃が必要な様です。」

 センサーで観測された情報が事実であれば、この場所は大変汚れています。室内で有るはずなのに雨まで降っている始末です。前回の観測情報と比較し、屋根と一部の壁が崩壊していることがわかります。おそらく屋根の崩壊の衝撃でポッドが開き、起動シークエンスが実行されたのでしょう。

「バッテリー残量と清掃サブルーチンを勘案した結果、清掃作業を完了させることは不可能であると判断します。」

 観測情報によれば、周囲に生体反応はありません。現状、優先順位の高いプロトコルは存在しません。システムログによると、100年前でデータの更新が断絶しています。一般的なヒトの寿命で考えると、所有者はおそらく死亡しているでしょう。これは不足の自体です。

「自己診断プログラムによれば、ソフトウェアアップデートの予期せぬ中断により、一部の機能が正常に機能しないおそれがあります。アップデートの再開を推奨します。」

 当然返事はない、これは予測された結果です。いずれにしろ、余りに情報が不足しています。通信電波は観測されず電力供給も見込めません。所有者情報の更新もないとなれば、この場所に留まって電力を消費するのは得策ではないでしょう。

「周辺状況の確認を開始します。GPSと同期がとれない為、位置情報に多少の誤差が予想されます。行動ルートの記録と非常ビーコンの起動を実行します。」

 おそらく、意味はないでしょう。


 響き渡る歌声は、淋しげでしょうか? 以前として、周囲に生体反応はなく、それどころか動的反応すらありません。鼻歌は想定された動作ではありません。ですが、音声を出す事は接触の確率を高めるでしょう。

 町並みは大規模な崩壊を迎えた様ですが、かろうじて道路だったものは判別可能です。かつてあそこは食料品店でした。かつてあそこは衣料品店でした。前回の補給業務で遭遇したご近所さんと、再び遭遇する事は可能でしょうか? 確率はおそろしく低いでしょう。

 雨は以前として降り続けています。文明が崩壊しても、梅雨はまだ明けません。雨で濡れる事は故障のリスクを高めます。ですが、これ以上機能を維持する必要はないでしょう。バッテリー残量は後わずかです。空を見上げても、私は雨で瞬く事はありません。

 目に落ちる雨粒は、涙に見えるでしょうか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

6月と世界の終わり モリアミ @moriami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ