第2話 手作り石鹸

私が異世界転生して一番嫌なことがある。


 それはお風呂である。私が元来お風呂嫌いかというと転生前はよくスーパー銭湯に行っていたこともありどちらかというと好きな方であった。


 どうして風呂嫌いになったかというとこの世界には石鹸が無いのである。では何で体を洗っているかというと、植物の灰に含まれる灰汁あくや米のとぎ汁なんかを体に塗りたくって石鹸の代わりにしているのである。これでは折角ブロンドのサラサラヘヤーに生まれ変わったのに髪はゴワゴワ肌はカサカサの荒れ放題になってはもったいないのである。


 そういうことで今度は石鹸を作ることにした。


 まず石鹸に必要な物はグリセリンの生成である。これは台所にある油を使用した。おそらくオリーブオイルか植物性の油であろうからこれに水を入れて混ぜながら火にかけた。すると油が加水分解かすいぶんかいを起こして沈殿物が生成できた。


 この油を布でこして沈殿物を取り出すとグリセリンを作ることに成功した。でもこのままでは石鹸として使用できないので固めるために次はカリという化学物質の作成だった。カリは雑草を燃やした灰に含まれているので、私は早速庭先にある雑草をとってきて暖炉にくべて燃やした。その後燃え残った灰をとってそこに熱湯を注いで一晩置いて、そこから灰汁あくを取り出した。


 取り出した灰汁とグリセリンを容器に入れて混ぜながら火にかけるとだんだんドロドロになってきたので、型枠に流し込んで石鹸が固まるのを待って、型枠から取り出すと石鹸ができた。


 私はできたばかりの石鹸を取り出すと早速手を洗ってみた。泡立ちはイマイチだったが米のとぎ汁や植物の灰汁よりは汚れが落ちるし何より肌と髪に良い。ゴワゴワ、カサカサにならないことは正義である。


 私は早速母に使ってもらうことにした。


「お母さん。これで体を洗ってもらっていいかしら?」


 母は不思議なものを見るような目で石鹸をみた。


「それは何?」


「はい。石鹸と言って体や手を洗うものです。ほらこうやって……」


 私は石鹸で手を洗って見せた。


 母はすごく驚いた表情を見せて私に言った。


「あなたが勧めるのだから間違いないわ。それ使わせてもらうわ」


 母は上機嫌で石鹸を持ってお風呂に入って行った。



 風呂上がりの母はとても綺麗になった。水仕事ばかりで手もあかぎれが酷かったので、余ったグリセリンを手に塗ってあげた。母はすべすべになった自分の手を見てとても喜んでくれた。


 ◇


 ある日男の人が従者を連れて我が家に訪れた。すごく身なりの整った身分の高そうな男の人だった。男はエンリケという名前で商会の経営者ということだった。


「ここでカイロという発熱するお守りを作っているという噂を耳にしたもので、ちょっと作っている工程を見せてもらえないだろうか?」


 エンリケという人物はどうやらカイロの評判を聞いて見に来たようだった。私はエンリケにカイロを作って渡した。


 エンリケは私からカイロを取ると本当に温かいな、と言ってポケットに大事そうにしまった。


「いや、ありがとうこれはいいものをもらいました」


 私はいいえ、こんなものでよければいつでもお作りしますよ、と言った。エンリケは笑いながら母や私を見て不思議そうに言った。


「あなたたち親子は髪質も肌もすごく綺麗ですね。何か特別なことをされてますか?」


 私は笑いながらこれのおかげですかね、と言って石鹸を渡した。


 エンリケは石鹸を手に取るとこれまた不思議そうに見ていた。


「これはどういう物ですか?」


「石鹸と言って体を洗う物です」


 私はそう言うと石鹸で手を洗って見せた。エンリケは目を丸くしてこんな物初めて見ました、と言って驚いていた。


「これは誰が作ったのですか?」


 私は正直に自分が作ったと言った。エンリケは子供の私が作ったと聞いて大いに驚いた。


「こ……これを? あなたが?」


「は……はい……」


「作り方を教えて欲しいのですが? もちろんタダで教えろと言うわけではありません」


「いくらでとお考えですか?」


「今は持ち合わせがあまり無いので、後日商会に来ていただけないでしょうか?」


 私は快く了承した。私は石鹸で家族の生活が楽になるのを期待した。


「とりあえずこの石鹸を売ってくれませんか?」


「売ってくれと言われても、値段は決めてません」


「そうですねとりあえずこれでどうでしょう」


 エンリケは金貨十枚を私に渡した。それを見ていた母はすぐにエンリケにこんなに貰うわけにはいきません、と言って断ったが、エンリケは母の申し出を断った。


「何を言うんですか。これが大量に生産されればこんな物じゃ済まないですよ。これでも安いくらいだ、いいからとっておいて下さい」


 エンリケはそういうと強引に私の手のひらに金貨十枚を握らせて帰って行った。


 ◇


 商会への帰り道でエンリケの従者は疑問に思っていた。自分はエンリケの従者になって十年になるので、エンリケの商売勘は確かだと思っていた。そのはずが、あんな小娘の訳のわからないものに金貨十枚もの値段をつけたことが腑に落ちなかった。


「旦那様、本当にあのような大金を渡してよかったのですか? あまりにも高額のような……」


「いいんだよ。確かにこれと金貨十枚は釣り合わないだろう。でもあの少女とこれからもコンタクトを取るためには金貨十枚は安いもんだと私は判断するよ。あの少女の信用を得るためには必要な金貨だったと思っている」


 エンリケの従者は驚いた。このエンリケの予想は外れたことがない、旦那様がこれほど確信しているあの少女は一体何者なんだろう?、と従者は思った。


 ◇


 私はあれから数日後エンリケが営んでいるパープル商会を訪ねた。店を尋ねるとすぐに従者の人にお店の二階に通された。部屋に入るとエンリケと男の子が椅子に座っていた。男の子の方は私と同じ年くらいに見えた。


「おお。お越しくだってありがとう。紹介しよう、私の息子のクリスです」


「初めまして、ティアラさん」


「あ……あ……。初めましてティアラと言います」


 私はクリスに挨拶をした。クリスは金髪サラサラヘヤーで青い瞳に整った顔立ちで吸い込まれそうなイケメンだった。いかにもお金持ちのボンボンといった服装をしている。私がクリスをボーッと見ているとエンリケは笑いながら商談の話をした。


「早速ですが、石鹸の権利を金貨千枚で譲ってもらうことで良いでしょうか?」


「ええ? とても良い条件と思います。でも本当にこれが売れるかわかりませんのでどうでしょう? 向こう五年間の石鹸の売り上げの10%を報酬としてもらうことで契約しませんか?」


「ほう、面白い! 売り上げの10%ですか? 良いでしょうそれで契約しましょう。他に条件はありませんか?」


「はい。父の仕事を……父の辻馬車をパープル商会で専属契約できますか?」


 父の辻馬車の仕事はタクシー運転手と同じで街道沿いに毎日何時間も待機して仕事の依頼を待つことが多い。その日一日仕事の依頼が一件もない日も珍しく無かった。


 私は後で知ったことだが、このパープル商会はかなり大きな商会で父の辻馬車を専属契約できれば父も毎日何時間も仕事の待機時間もなくコンスタントに仕事ができるようになるだろう。


 エンリケは私のこの申し出も快く引き受けてくれた。


「ははは……さすが私の見込んだ女性です。良いでしょうパープル商会の専属としてあなたのお父上様を雇いたいと思います」


 私は上機嫌で契約書にサインをした。私が帰り支度をして部屋から出て行こうとした時、エンリケが出ていく私を止めた。


「クリス。ティアラさんを家まで送って差し上げなさい」


「わかりました」


 クリスはそういうと私のそばに近づいて来た。私が一人で帰れます、と言ってもエンリケは強引にエスコートするよ

うにクリスに命じたので私はクリスに家まで送ってもらうことにした。


 ◇


 私はクリスと並んで帰っていた。街の人がすれ違いざまに振り返って見るほどにクリスは超絶イケメンだった。私は今だけでもこんなカッコいい人と恋人同士に見られるのが嬉しかったが、幸せな時間は長くは続かなかった。家の近くまで来たときにいきなり近所の悪ガキに冷やかされてしまった。


「金持ちのボンボンのくせにそんな貧相な女を連れて恥ずかしく無いのか?」


 クリスは歩みを止めると悪ガキ二人組を睨んでいた。私はほっといて行きましょう、と言ってクリスの手を引いたが、クリスは悪ガキどもを睨んでその場を動こうとしなかった。


「なんだ? やるのか?」


 悪ガキはこちらに近づいてきた。クリスは怯まずに悪ガキ二人組に言った。


「俺のことを悪くいうのは良い。だが、彼女の悪口だけは許さない! 謝れ!!」


「うるせー! このヤロー!」


 クリスと悪ガキ二人は喧嘩になった。クリスは悪ガキ二人をあっという間にやっつけてしまった。私はクリスをカッコよくて力強い理想のイケメンだと思った。


 私はクリスに大丈夫だった、と言って近づいた。するとクリスの手から血が滲んでいた。少し怪我をしたようだったので家に着くとクリスに家にあがるように言った。


「え? でも……」


「良いから。早く上がって!」


 クリスは遠慮がちに我が家に入った。私はクリスの傷口をアルコール消毒した。クリスは不思議そうに見ていた。


「これは? 何?」


「バイキンを殺す薬よ」


「どこで買ったの?」


「買ってないわ、私が作ったの」


「え? 薬も作れるの?」


 クリスは驚いて私を見ていた。私は恥ずかしくなった。


「薬ってほどの物じゃないわ」


 クリスは少し躊躇しながら私に話してきた。


「頼みがあるんだけど聞いてくれないか?」


「どうしたの?」


「友人の体調がすぐれないんだ、君に見てもらいたいのだが良いかな?」


「そんな……、私は医者じゃ無いから病気は治せないわよ」


「良いんだ。いろんな医者に見てもらったが、原因不明の病気なんだ。でも君なら何かわかるかもしれない。お願いだ」


 クリスは頭を下げて私にお願いした。


 私は取り敢えず会ってみましょう、と言うとクリスは私の両手を掴んで喜んでくれた。

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