45.「砂の民」

 その言葉を聞いて、メイベルが視線を客室の中へと向けた。


「どーするかな……」


 そう言われても、いきなり飛び出したのはメイベルだ。ここはリーダーらしくビシッと決めていただきたい。


「ごめん、ウソついた!」


 突然大声で宣言したのもメイベルだった。あまり友好的に見えないあの男に嘘を白状するのは少々不味いのではないか。あなたはブラスターガンを半ばまで引き抜き、引き金に人差し指をそっと乗せた。カレンも密かに手綱を握り、何時でも逃げられるよう備えている。


 そんなあなた達を尻目に、話は進んでいく。


「さっき行商人って言ったけど、あれ嘘。本当はあんた達に用があって来た王国の使いよ。なんか……それっぽい話聞いてない?」

「最初から正直でいれば良いものを」

「どう見たってあんた友好的じゃないもの。逆の立場なら同じことしたでしょ」

「私は嘘をつかない……話は聞いている」


 男は猫のような身軽さで木から飛び降りると、汽笛のような口笛を吹いた。特定のリズムを持った、なんらかの符丁。


 それから間を置かず、周囲の木立から複数の影が立ち上がった。ぼんやりとした輪郭のそれらが人影であると認識するには少しの時間がかかったが、その認識の僅かな遅れが実戦では致命的だ。


 緑色の布切れと草や枝を縫い付けた装備――あなたの世界ではギリースーツと呼ばれていたものに酷似していた。


 それを身に付けた男女が八名、幌馬車を包囲するように展開していた。通常であればあなたの嗅覚は人間の臭いを捉えたであろうが、生憎周囲はグールの臓物の悪臭が満ちている……あるいは、これも作戦の一つなのか。


「行こう、首都まで案内する」

「首都ですって?」

「我々は国家の中の小さな国家。集落を首都と呼んで何の不都合がある」

「いや別に……不都合はないけど」

「では行こう。馬を出せ」


 そう言うと男は、当たり前のような気軽さで幌馬車に乗った。右手で座席の背もたれを掴み、足を車輪の軸に置くSWATのようなスタイルだ。


 パーティーに奇妙な砂の民達を加え、幌馬車は進む。


「あの、名前を伺ってもいいですか? 私はカレンで、こちらの女性がメイベルさんです」

「私はイリヤだ……そこの大男、名は何と言う」


 あなたは名前に関心がなく、気分によって適当に名乗ることさえある。何とでも、好きなように呼べと言った。カレンもメイベルもそうしている。


「ほう、では大男と呼ぼう」


 イリヤは突如顔をよせ、あなたの顔をまじまじと観察した。顎に一発キツイのをお見舞いしてやろうかと思うあなただったが、衝動を堪える。


「お前、面白い眼をしているな」


 イリヤの黄色い瞳の奥に、あなたの同色の瞳が溶け込んでいる。


「目は口程に物を言う。お前は我々と同じ瞳をしているが、同じではない。私も人殺しの眼だが、お前はもっと悪い……怪物のようだ」


 たまらず、あなたはイリヤを突き飛ばした。しっかりと背もたれを掴んでいたので幌馬車から落ちることはなかったが、風に煽られる扉のようにぐらりと揺らいだ。


 男にせよ女にせよ、あなたは顔を覗き込まれるのを良しとしない。


「どうした、誇れ。お前は良い瞳をしている。呑み込まれそうな、強い瞳だ」

「イチャイチャしてんじゃないわよ」


 段々とあなたの纏う雰囲気が剣呑なものになってきたことを察してか、メイベルが場を和ませようと試みる。しかし、イリヤは未だあなたを見ていた。


「イリヤ、あんた良い鎧着けてるわね。上等な金属よそれ、あんたには身分不相応なぐらい」

「これは教会騎士の死体から剥いだものだ。破壊された鎧を分解し、個人に合わせて金属片を繋ぎ合わせて新たな鎧に仕立て上げる。見栄えは悪くとも、着心地も性能も十分だ」

「結局は戦場荒らしでしょうが」

「埋葬人の手間を省いてやっているのだ。戦場跡は宝の山だぞ、グールや同業人との争いにはなるが……そもそもこの大地を最初に見つけたのは我らの先祖だ。それを王国の愚か者共、力ずくで奪いおった」


 シロアッフは実質的な自治領と言っていた。つまり、正式な認可を受けていない……武力や何らかの方法によって土地を切り拓いている、そういうことだろうか。


「その通り、当初我々にあてがわれた土地は西の果てくれ、何もない砂漠だった。我々が砂の民と呼ばれる所以は、そこにある。我々に残されていた物は僅かな生き残りと己が肉体のみ」

「砂漠……」


 カレンが手綱を手に、進路を見据えたまま言った。


「砂漠など見たこともないだろう。暑さと砂ばかりの呪われた土地だ」

「それで、今は東を目指しているんですか」

「その通り、余裕を持つべく必死でな。余裕がなければ文化が生まれず、文化がなければ国が生まれない。今は、雌伏の時だ」

「まさか王国と戦争するつもりじゃないですよね」


 戦争において重要なのは誰が長い棒を持つかではなく、どれだけ多くの人間に短い棒を持たせられるかだ。砂の民が強いであろうことは理解できる。イリヤも、周囲の取り巻きも実力者であろうとあなたの本能は言っている。


 しかし、それでは戦争には勝てない。幾ら局地戦で勝利を収めようとも戦線を張れず、王国の長大な戦線に押しつぶされてゲームセット。オチは見えている。


「そう急くな大男、今は雌伏の時と言っただろう。戦火を呼ぶ火種はそこらじゅうに転がっている。隣の大陸に目を向けてみろ」

「あー、そういやなんか揉めてるんだっけ。あんま興味ないけど」

「忠誠心に欠ける故、己が国のことも知らんか。ならば、何に忠を尽くす?」

「自分に」


 メイベルの答えはシンプルで、困難なものだった。自分に忠を尽くして世界を確立し、何物にも揺らがぬ価値観を造り上げる。そうでなければ強い魔術師にはなれない。だがメイベルはそうやって生きてきたし、これからもそうして生きていく。


 その答えはイリヤにとって満足のいくものだったらしく、それ以上何も言わなかった。


「……今の王は戦争に消極的だと聞きましたが」

「人はいずれ死ぬ。火種が呼ぶのは戦争でなくとも混乱であれば良い。玉座が次の者に移る時、疫病で風紀が乱れた時……その時こそ、我ら反旗を翻すのだ」


 ほとんど行き当たりばったりのノープランではないかとあなたは思う。

 砂の民と聞いて多少は警戒……期待したのだが、実際は腕っぷしに任せた単純馬鹿だった。恐らく、どんな機会が巡ってこようとも臨んだ結果は得られないだろう。


 静かに、どこまでも冷静に野心と狂気を飼いならす者こそが時代を動かすのだ。


 あなたが思うに、シロアッフは時代を動かせる人間だ。砂の民が反旗を翻した時、シロアッフがただ指をくわえて静観するとは、とても思えなかった。


「着いたぞ」


 幌馬車が門の前で止まる。あなたの眼前に広がるのは木で組まれた大きな囲いと、隙間から見えるテント群。移動を続けているだけあって、住居も持ち運びを想定しているらしい。


 微かな血の香りを目で追うと、槍に男の生首が掲げられていた。それは半ば腐りかけていて、悪臭を放っている。


「そいつらは誰だ、イリヤ!」

「以前話した王国の使いだ。首長に会わせるぞ」

「確かなんだろうな!?」

「この話は外部に漏れていない」


 高く組まれた櫓から、若い男の声。見れば、バリスタに装填された矢の矢じりがキラリと光っている。


 恐らく彼らが作ったものではなく、略奪品だろうとあなたは考えた。何故なら、一瞬だが木に掘られた教会騎士の紋章が見えたからだ。


「……下手に動くなよ」


 囲いの門が開き、あなた達を迎え入れた。

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