42.「西日を追って」
あなたは休日を利用して、体調と装備を整えた。
コートやベルトの解れ、破れを補修などしたのだが、最も手を入れたのはソードオフ化したラッパ銃の調整だ。カレンの一件でラッパ銃のストックを短くしたのだが、実際はナイフの鋸刃で傷を付けて圧し折っただけで、断面は酷くささくれ立って危険だった。
目立つ部分を丁寧に切り落とし、やすりで削って平らに、片手で構えやすいように成形する。最後にストックにダクトテープを巻いて滑り止め加工を施し、商店で牛皮を買ってホルスターを制作した。それはベルトの左に下げる形となっており、丁度カレンが帯剣しているような形に仕上げた。
あなたは宿の曇った姿見の前に立ち、出来栄えの良さに満足を覚えた。
身体を半身に構え、右手でラッパ銃を抜いて『俺に用You talkinか?' to me?』などと言ってみた……思いの外、様になっている。
冷静に考えれば狂人じみた行いではあるが、すっかり気を良くしたあなたは街に出て飲み歩き、一日を終えた。
「それ自分で縫ったんですか。器用ですね」
「鏡の前でポーズ取るって何よ?」
最早お馴染となったあなた、カレン、メイベルの三人は王国書庫の集合場所を訪れていた。長旅ということで、各々の装具や何やらを詰めたバックパックを抱えて準備万端なのだが、シロアッフは姿を見せない。もう約束の時間を過ぎているのだが。
そこで暇を持て余したあなた達は、休日をどう過ごしたかを話していた。
「私はいつも通りでした。鍛錬と買い物とか」
「鍛錬って何やってんの?」
「剣の素振りだとか、外を軽く走ったりですね。メイベルさんも何かやってたり……」
「私そういうの嫌いなのよね。体動かすのはあまり好きじゃないわ」
その割には結構アクティブに見えるのだが……あなたはそう思った。
「動けないとは言ってないでしょ。座って魔術やって食べて行けるならそれが一番だけど、そうもいかないし」
「どこかにお勤めしたことはないんですか?」
「何回かあるけど……酒場で氷作ったって何も楽しくないわ」
あなたは酒場で氷を作るメイベルを想像してみたが、どうもしっくりこない。どちらかと言うと、彼女は酒場での揉め事を解決する方が向いていそうだ。
それで、メイベルは休日どうしていたのか。
「昼まで宿で寝て、それから夜まで本読んでたわ」
実は昼食にでも誘おうかと思った時があったのだが、寝ていたのなら誘わなくて正解だったろう。あなたの勝手な想像だが、メイベルは寝起きが悪そうだ。
「別に悪かないわよ、多分……」
「失礼、遅くなった」
重役出勤――事実ではあるが――で入室したのはシロアッフだ。
面白い物を見つけたと、メイベルがにやりと笑う。
「遅刻よ、シロアッフ。どう落とし前つけんの?」
「文句は上層部に言ってくれ。連中、我々のやる事なす事片っ端から文句を付けないと気が済まんらしくてな」
話を聞く限り、シロアッフは早朝から会議に呼び出され何やら詰められていたようだ。
幾ら政府機関と言えども、一枚岩ではない。どこの国でも同じことだ。
「まあ、君たちには関係のない話だ。休日は楽しんだか?」
「その話はさっきしてたのよ。あんたが来る前に」
「そうか……朝はちゃんと――」
「食べた食べた。いいから本題に入りなさい」
シロアッフは肩を竦めると、あなたの方を向いて小声で、「彼女から嫌われてるのか?」と聞いてきたが、あなたは何も答えなかった。メイベルがシロアッフをどう思ってるか定かではないが、少なくともあなたはシロアッフを好ましく思ってはいない。
「朝は紅茶とパンでした。休日は身体を休めたので大丈夫ですよ」
「それは良かった、何よりだ……聞いたか? 彼女が唯一の味方らしいな」
結局、助け舟を出したのはカレンだった。
味方と言うよりは、雑に扱われるシロアッフを憐れんだだけではないか? あなたはそう思ったが、口には出さず心中に留めておいた。
「まあいい、本題に入ろうか。西に向かって貰うと言ったな」
「物資は用意してくれるとも言ったわね」
「勿論。心配しなくて良い」
そこでようやくシロアッフは椅子に座り、机に広げられていた地図を指でなぞる。一際大きな都市、王都からずっと西へ進み、丸で小さく囲まれた場所で止まった。
「目的地はここだ。小さいが実質的な自治領……砂の民と言えば分かるだろうか」
「砂の民……」
「西って聞いた時点で嫌な予感はしてたけど。結構遠いわよね」
「長旅になると言ったはずだ。取り敢えず一週間の旅程で考えているが、生きて帰ってくれば一番だな」
思わぬ言葉が飛び出して、あなたは驚きを覚えた。それは他の二人も同様だったらしく、すっかり目を丸くしてしまっていた。
「俺が人命を躊躇なく潰すような人間だと思ったか? ……まあ相手によるが、君たちは有用だからな。長く国家に資して貰えればと思っている」
「国家に資する、ねぇ……」
「俺は慈悲深く、愛国心に溢れた人間だよ」
あなたは思わず声を上げて笑ってしまったが、どうやらジョークではなかったようなので、やめた。
「で、目的の本は?」
「これまた厄介。その名も、『偽真空の書』だ」
「……聞いたことないわね」
「使われると、どうなるんですか」
カレンがあなた達の疑問を代表した。
「酸素が消える。それだけでも問題だが、困ったことに正確な加害範囲が分からない。指先程の小さな空間で収まる時もあるし、一部屋が真空になる時もある。最悪国ごと真空だ」
「詳しくは分かってないのね、結局」
「試そうにも危険すぎて試せないからな。ひょっとすると、我々の知らない効果があるかも知れん――世界が崩壊するとか」
子供が適当に考えたような話だが、あなたはこれが現実だと知っている。魔術には無限に近しい可能性があり、無から有を生み、有を無に帰す。
しかし、酸素がないのはそんなに危険なのだろうか。あなただって息を止めたことは、当然ある。すごく馬鹿な質問をしている気がしないでもないが。
「君はジョークのセンスもあるらしいな」
「真空と息を止めるのは全然違うでしょ。海が蒸発とかするんじゃないの?」
「流石はメイベル殿、その通りだ。実際は前回の実験に携わった三人の鼓膜が破裂し、実験室の壁が崩壊した。これはほんの一秒未満で起きたことだ」
なんだかよく分からないが、危険であることはあなたの頭でも理解できた。
失われた魔術書を探すのが仕事だとは百も承知だが、まあよくもそんな危険な物をぽんぽんと無くすものだ。
「奪われたんだよ。もう十年以上前になるか……我々と砂の民との間で争いがあったことを知らないか?」
「あー、なんかあったとは聞いたわね。子供だったから覚えてないけど」
「その一件でな、我々の宝物や魔術書が奪われてしまったのさ」
「砂の民は基本的に魔術使えないでしょ。魔術書なんて持ってどうすんの」
「さあ、連中の考えることは分からんよ」
砂の民とやらは随分好戦的で、戦上手らしい。そう言えば、あなたもメイベルと初めて会った時は砂の民だと誤解されていた。もうあなたの素性に関しての詮索は止めたようだが。
「まあ目的地も目当ての品も分かったわ。でも方法はどうするの。砂の民と一線交えるのは御免なんだけど」
「そんなに……強いんですか?」
「産まれついての人殺しみたいな連中よ」
名前自体は度々耳にしていたが、実のところあなたは一度とてお目に掛かったことがない。
戦ってみると、どんな気分になれるのだろう。最近は誰も殺していない。類まれなる強者との戦いは、自らの刃を研ぎ澄ませる一助となるだろうか。
「殺しは無しだ……予定ではな」
あなたの心中を見透かしたかのように、シロアッフが言った。
「ちょっとした困りごとがあるらしくてな。王国への忠誠心に欠ける者を何人か寄越して問題を解決すれば、それと引き換えに本を渡すそうだ」
「……反故にされたら、どうします」
「殺してでも奪い取れ。分かり切ったことだ」
とは言え、とシロアッフは続ける。
「これ以上の関係悪化は我々としても避けたいので、なるべく穏便に頼む」
穏やかな仕事が望みなら、人選を間違っている気がしないでもないのだが。
「伝達事項は以上、質問が無いなら行け」
「ん、一つあるわ」
あなたとカレンは出発しかけていたのだが、出鼻をくじかれた。あなたは腰が砕けたようにずるずると椅子に座りなおす。
「私達が逃げるとか、そういう可能性は考えてないわけ?」
その疑問はあなたの心の片隅に常に存在し、しかし無視されていたものだった。
今思えば、監視役は――知る限りでは――付いていない。無意識化に逃げ場はないとばかり思っていたが、やりようによっては逃げられるのではないか。例えば、王都から遠く離れる仕事の時などに。
シロアッフは微笑を浮かべるばかり。それで、あなたの考えが間違っていると分かった。
「監視が付いてないと思っているのか? 違う、我々の眼は国家だ。我々はこの国で起きた全てを、これから起こる全てを知っている。我々は君たちを見ているし、何を話しているかさえ知っているんだよ」
シロアッフが用意したのは、二頭引きの立派な客室のついた幌馬車だった。キャンパス製の幌は真っ白で、日光を鮮やかに反射している。
「一週間分の物資は全て揃っています。ご確認ください」
「乾燥食品と水ばっかりじゃない。野菜と果物は?」
「ご自身でお好きな物を用意してください」
「親切ね」
「親切こそ我らが美徳です」
メイベルの皮肉も何のその。シロアッフの部下という男は、およそ感情が抜け落ちているようだ。彼に比べれば、シロアッフの方が余程ユーモラスに見える。
この男の名前は知らないが、あなたにとってはどうでも良いことだった。
「地図と馬の飼料を確認してください。それが最も重要です」
「そこらへんの雑草でも食べさせとけばいいでしょ……よし、私は準備良いわ。あんたたちはどう?」
「私も大丈夫です」
あなたの準備も万全だった。そこはウェイストランダー、わが身一つで生き抜く術だって知っているのだ。
幌馬車はあなたたちを乗せ、西に向かって走り出す。
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