13.「王都へ」

 目覚めると、あなたは宇宙にいた。

 ……またかよ、クソッタレ。

 あなたは心中で呟く。


 高次元暗黒との邂逅はこれが初めてではないが、一度たりとて望んだことは無かった。多くの科学者に夢を与えた神秘的な交わりも、あなたにとってはただの悪夢でしかないのだ。


 無限に広がる闇に眼を凝らしていると、囁き声が辺りに木霊する。始め一つでしかなかったそれも、次第に数が増え、不快なハウリング音のように増強を始めた。


 ――懐かしい。


 奇妙にも、あなたの心の中に温かな感情が広がる。頭蓋が破裂する程の音に耳を塞ぎ、眉をしかめる最中に郷愁の念を覚えたのだ。故郷でもない、高次元暗黒に。


 早く目覚めなければ。こんなのは間違ってる。


 悪夢から目覚める方法は知っていた。これまで何度もそうしたように、悪夢の中で眠れば良いのだ。起きている間に悪夢を見るのであれば、それを解く鍵は眠りにある。


 あなたは何時ものように、無重力に身を横たえた。


 ――目覚めると、あなたはベットの上にいた。


 怠い肉体に鞭打って上半身を起こすと、どうやらいつぞやの安宿らしい。


 湿ったベットに敷かれたシート、日差しの悪い部屋……どうやら、どこかの親切な人が――十中八九メイベルだろう――部屋まで運んできてくれたようだ。


 ところで、彼女は無事だろうか。飲みすぎて捨てられた時といい、いつもいつも倒れるのはあなたばかりだ。自分よりも若い、しかも少女に助けられているという事実は、あなたの自尊心を少しばかり傷付けた。


 だが、今は自身の自尊心よりメイベルの安否を優先すべきだろう。そう考えてベットから降りると、古びたサイドテーブルの上に一枚の紙が置かれているのを見つけた。


 『ラウラの店で待ってる』


 たった一文だけ、そう書かれていた。


◇ ◇ ◇


 体感上では随分と長い事寝ていたように感じだが、実際はそうでもないと街の時計塔を見ればすぐに分かった。ユニコーンとの戦いから逆算しておよそ八時間弱。良く寝たと言えるが、眠りすぎとは言わないだろう。


 街の少し外れ、ラウラの店は変わらずそこにあった。プレートも掲げられていない、民家のような建物。


 勝手知ったるなんとやら。ノックも無しに、扉を開け放つ。


「いらっしゃー……おっと、これはこれは」


 店が変わらなければ、店主も変わらない。ラウラは気怠げな瞳を僅かに開き、あなたを迎えた。


 ちらと店内を見回すが、メイベルの姿が見えない。


「メイベルなら裏にいるよ。どれ、呼んできてやろう」


 ラウラはゆるりと立ち上がり、店の奥へと入っていった。ややあって、分厚い本片手にメイベルが現れる。その右腕は、包帯でぐるぐるに巻かれていた。


「あ、起きたの。遅かったわね」


 そんなに寝てない……というか、その包帯はどうしたのだろう。ユニコーンにやられた傷だろうか。


「違うわよ、魔術の反動でこうなっただけ。久しぶりだったから」


 まだ痛むけどね。と痛々しい右腕を振るメイベルだったが、不意にあなたを見て顔を顰めた。何か嫌われるような事でもしただろうか。まさか臭うとか? ウェイストランドにいた頃と違って衛生面には気を使っているつもりだが、自分の体臭は自分では分からないと言う。


「臭くないっての。ただ、あんたが私の魔術喰らって五体満足なのが気に食わないだけよ。右腕の一本くらい落としとくのが礼儀じゃなくて?」


 もの凄い言いがかりだ。四肢を失う礼儀など聞いた事が無い。というか、あなただって怪我をしたのだ。傷ついた場所から治癒していたので既に跡形も無いが、痛みの記憶は本物である。


 まあ何はともあれ、お互い無事で何よりではないか。


「んー、まあそうなんだけど」

「納得いかないよねぇ。割に合わないって感じ?」


 そう言うと、ラウラは白い布で包まれた槍状の物体を取り出してカウンターに置いた。ゴトリ、と硬質な音を立てたそれの包みが取り払われ、純白の角が現れる。


 これは……忘れる筈もない。ユニコーンの角だ。何故ここにあるのかは分からないが。戦利品のつもりだろうか。だとすれば素晴らしい、是非とも分けて頂きたいものだ。ペンダントなんかに加工して。


「ホント、加工出来たらよかったのにね。ペンダントなんかにはさせないけど」


 カウンターに肘を突き、深いため息と共に呟くメイベル。あなたには話が見えないのだが、何か不味い事になっているのだろうか。


 あなたが一人悩んでいると、ラウラが答えをくれた。


「まあこれはユニコーンの角なんだけど……本当の価値は知ってる?」


 飾って嬉しい。ではないだろう、流石に。


 ともすれば……武器に転用するなどうだろう。鋭さと固さは身をもって体感済みだ。適当な持ち手でもつければ、立派なランスになる。


「戦う事しか頭にないわけ? ていうか何処の学校でも教わる事じゃない?」

「まぁまぁ、頭に筋肉詰まってそうだし、多少の無知は見逃してあげなよ」


 流れるような罵倒は何時もの事だ。一々反応してはいられない。

 大人しく、あなたは教えを乞うとした。


「ユニコーンの角は適切な加工を加えれば万能薬になるのよ。あらゆる病を忽ちに治す、夢のような薬に。当然、馬鹿みたいに高く売れる」


 そいつは素晴らしい、最高だ。強敵と戦ったからといって素敵な見返りを期待するのは間違っているが、素敵な見返りがあるのならそれに越した事はない。ユニコーンと戦った甲斐もあるというものだ。


 幸い、あなた達は万能薬を必要とするような疾患を抱えてはいない。早い所加工して、それを必要とする誰かへ高値で売りつけてやろうではないか。


「そう、そこが問題」

「あたしの店じゃムリ。傷一つ付けらんない」

「ラウラに出来なきゃ他の誰にもできないわ。この街ではね」


 ほら。そう言ってメイベルは一枚の銀貨をあなたに投げ渡した。


「それが薬草の報酬。忘れてたでしょ」


 忘れていた……というか正直言って不服である。冒したリスクに対して適当な見返りとは思えない。


「それは私も同感。だから、旅に出るわよ」


 何処へ? あなたの心中で生じた疑問を感じ取ったかのように、メイベルは不敵に笑った。


「明日、王都へ向かうわ。荷物を纏めなさい」

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