12.「レイニーデイ・ドリームアウェイ」
「……行った、かしら。どう、見える?」
あなたは木の幹から顔を覗かせ、森の木々の間を凝視した。様々なグラデーションの緑色と土、幹の茶色。ユニコーンの輝くような白毛は馬鹿みたいに目立つだろう。幸い、何処にもそんなものは見当たらなかった。
「そう、ならいいわ。命拾いしたわね」
そう言って、メイベルは深くため息をついた。
どうやら、差し迫った危機は過ぎ去ったようだ。しかし、あくまで過ぎ去っただけ。また何時戻ってきても可笑しくはない。何れ決戦の時が訪れるとすれば、敵の情報を知るに越した事はないだろう。あなたはメイベルにユニコーンの情報を求めた。
「そうね、アレは……夢の主とか一角獣とか色々言われてるけど、覚えとかなきゃいけないのは一つだけ。かなりヤバい相手だってこと」
メイベルは声量を落とし、囁くような声で語る。
「身をもって体感したと思うけど、ユニコーンは魔術を使うわ。あんたの魔道具を反射したり、周囲をぶっ壊したりしてたでしょ? 魔術を使う魔物は珍しくないけど、アレは別格ね。頑強な肉体に、頭も良い」
以前メイベルは、魔術を使うには理解が必要だと言っていた。となれば、逆説的に魔物は魔術を理解しているという事になる。あの化け物共に知性があったとは驚きだ。
「んー、はっきり言うと何故魔物が魔術を使えるのか分からないのよね。脳みそを覗けるわけないし……ていうか、こんな話してる場合じゃないでしょ」
その通りだった。話が本題から逸れるのはあなたの悪癖の一つだ。改めて、ユニコーンを倒す手段があるのかを訊ねた。
「無い訳じゃない。魔力を纏わせた刃で刺しまくればいいけど、問題点が一つ」
それは非常に困難である事だ。あなたはメイベルの二の句を継いだ。
「そ、角だけでも危険なのに、アレは筋肉の塊みたいなものだから。蹴られでもしたら……待って、静かに」
メイベルは人差し指を口元にやって、静かにするよう促した。何事かとあなたが耳を澄ませば、背後からガサガサと木々の揺れる音がする。少なくとも、風では無い。
嫌な予感を覚えたあなたが振り返ると、密集した木陰の間に輝くような白が目に入った。どうやらあなたの方へ向かって来ているらしく、近づいてくるにつれ荒々しい息遣いも聞こえてくる。幻影を追うのを諦め、大本を叩く事にしたのだろうか。あなたは静かに上体を戻し、大柄な体を精一杯縮こめた。
「クソッ……どうする、どうすればいい?」
メイベルが頭を抱え呟く。あなたも同じ気持ちだったが、嘆いていても何も変わらない事は良く知っている。ウェイストランドでは、そういう奴から死んでいった。どれ程困難な状況で絶望しようとも、まずは行動するべきだ。後悔は死んでからでも出来る。死後の世界云々は別にして。
それに、まだ気付かれると決まった訳ではないのだ。ユニコーンとて全能では無いだろう。運が良ければ、このままやり過ごせる。
だが、泣きっ面に蜂という言葉があるように、不幸とは得てして続くものだ。残念な事に、幸運の女神はあなたに二度微笑まなかった。あなたがそれに気付いたのは、ユニコーンとは逆方向、あなたの前方でがさがさと揺れる草陰を認めてからだった。
ややあって、それはひょこりと頭を覗かせた。言葉にすれば可愛らしいが、“それ”は可愛らしさとは真逆の存在だ。
肉食獣特有のずんぐりとした輪郭と、全体を覆う縞模様の毛皮。森林における捕食者の一つ、ヤマネコだ。大きな瞳を細め、あなたをじっと見据えている。五メートルも無い距離だ。持ち前の瞬発力を発揮すれば、一秒も掛からずにあなたの喉笛を食い千切るだろう。
あなたはメイベルの肩を軽く叩き、極力驚かせないようにヤマネコの存在を伝えた。目が合うや否や小さく悲鳴を上げそうになった所を見るに、咄嗟に口元を手で覆ったのは正解だったらしい。
三秒だ。あなたはそう囁いて、ブラスターガンの銃口をヤマネコに向ける。左手の指を三本立て、頭の中で一秒数える事に折ってゆく。
きっかり三秒、全ての指を折り、あなたは引き金を絞った。銃声、砕け散るヤマネコの頭部、ユニコーンの嘶き。同時にあなた達も飛び出す。背後には目もくれず、ただ前に向かって。
「ああもう! そもそもなんでユニコーンがこんな所にいるのよ! どう考えたって可笑しいでしょうが!」
全速力で走りつつ、メイベルは鬱憤を晴らすかのように叫んだ。
あなたはブラスターガンをホルスターに収め、ナイフを抜く。最早逃げ切るのは不可能だ。これから始まるゲームのルールは至極簡単。殺すか、殺されるか。苛烈な戦いの気配に、あなたの内側が沸き立つのを感じた。
そんなあなたを見て、メイベルも短剣を抜いた。腹を決めたようだ。
「やる、やるわ! ぶっ殺すッ!」
三秒だ! あなたは叫ぶ。そして三秒後、二手に分かれ、回り込むような形でユニコーンの側面を突いた。
「集え、月光!」
メイベルの持つ短剣に光の粒子が集い、青白い刃を形成する。いつぞやの幽霊屋敷と同様だ。しかし、敵は亡霊程ヤワではない。当然のように刃は弾かれ、あなたのナイフも同様だった。
あなたは上半身を反らし、ユニコーンの角を回避。その勢いを利用して後方へ一回転すると同時にユニコーンの首を蹴り上げる。が、まるで丸太を蹴ったかのような感触だ。全く効いている様子は無い。
「とにかく打ち込みまくって、力で押すしかない!」
斬撃、刺突、殴打。縦横無尽な攻撃を仕掛けるメイベルが叫ぶ。
なるほど、そいつはいい。だが、言うは易く行うは難し、という言葉があるのだ。その言葉は、この状況にこそ当てはまる。
何か策を練らなければなるまい。力でねじ伏せられないのであれば、小手先で凌ぐのみ。楽観的嗜好ではあるが、世界が逆立ちするようなアイデアだって沸くかもしれないではないか……状況が許してくれれば、だが。
その点、ユニコーンは利口だと言えるだろう。メイベルが繰り出す剣戟への対応を放棄し、全能力をあなたを殺す事に傾注したのだから。
魔術と戦闘能力が高度に融合した者を相手するより、己の肉体に頼るしかない者を相手する方が簡単なのは明白だ。
ユニコーンは、あなた目がけて執拗かつ猛烈な攻撃を開始した。
貫くような突きを躱せば、風を切る横薙ぎの一撃が。それを躱せば、今度は体当たりが。角と頑強な肉体を駆使して、あなたをどこまでも追い詰める。メイベルの必死の援護虚しく、ユニコーンはあなたに夢中らしい。
必死になって避け続け、冷静になった時にはもう遅く、あなたは大木を背に追い詰められていた。
ユニコーンが半歩引き、頭を下げて角をあなたに向けて低い唸りを上げる。明確な突きの合図だ。
この距離での回避は難しい。頭の中で何通りかのシュミレーションを行うが、成功したものは皆無だった。彼我の距離は一メートルも無いだろう。それに対し、ユニコーンの突きの速度は音速に近いのだ。躱せるはずが無い。
死の気配が忍び寄る。あなたの奥深くに秘匿された何かが叫び、人間性の鎖から放たれようと蠢いた。
本来であれば、それに身を委ねるべきでは無かったのだろう。しかし、この窮地を脱するには、それしか手が無かったのだ。
あなたは鎖を僅かに緩めた。自らの意識が僅かに沈み、その分だけ何かが浮かび上がる。
あなたは最早一人では無かった。
私なのは私だけだ。あなたなのはあなただけか?
「危ないッ!」
メイベルの叫びを最後に、あなたの聴覚は機能を停止した。
景色から色が失せ、モノトーンの世界が広がる。その中で、ゆっくりと迫るユニコーンの角だけがはっきりと見て取れた。
恐れる必要はない……そうだ、我々なら。
超高速で迫るユニコーンの角。それを、あなたは両手でしっかりと掴んだ。
両足で地面を思い切り踏み込み、強烈な力を真正面から抑え込む。目には目を、力には力を。自然に前傾姿勢となり、突き刺さる寸前の所での攻防だ。
やっちまえ! そうあなたは叫んだつもりだった。それが届いたかどうかなど、無音の世界では知る由も無かったが、どうやらメイベルには伝わったらしい。
短剣を頭の右側の位置に、切っ先を牛の角のように向ける構え。
明らかに長剣向けの構えであるが、メイベルが行ったのは魔術の準備動作だ。
次第に短剣に月光が宿り始める。それは光波などとは比較にもならない、暴力的と言っても良いほどだ。
それに呼応、あるいは対抗するかのように、ユニコーンの角に虹のプリズムが集い始める。衝撃波かと身構えたが、違う。あなたの両手を襲ったのは熱量だった。
まるで燃え盛る火を直で掴んでいるような、そんな感覚。
あなたの両手を守っていたミリタリーグローブは一瞬で溶け落ち、なんの防護もなされていない生身が熱に晒される。
だが、それでも手を放さない。表皮が焼け焦げれば、すぐに新たな組織が再生する。当然、文字通りの焼けるような激痛に襲われるが、有り余るアドレナリンが和らげていた。
「――月光奔流」
メイベルの魔術が迫る。眩い光を最後に、あなたの意識は消失した。
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