最強執事くんの悩み事〜魔王様が勇者に恋しようとしているので、全力で止めてみせる〜

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プロローグ

始まりは魔王様のきまぐれから

 


 話の始まりは、僕の主──魔王レイアス様の一言だった。


「なぁ、リヴィアンよ。我は、今猛烈に恋がしたいのだが」


 僕は、レイアス様に目覚めの紅茶を淹れながら、こいつバカか? と思った。

 魔王として、今やるべき事はそんなことじゃない。


 僕達魔界の魔族は、度々人間界に降りて世界征服する為、戦ってきた。

 その度に、忌々しい女勇者、アイリスにコテンパンにやられてきた。


 先週だって、何の成果もあげれず撤退したばかり。

 人間界に送った兵達も、いまだ疲弊しきったまま。

 まずは彼らの魔力回復と、その後は強すぎるアイリスに対する打開策を考えなければ、僕達魔族に勝ち目は無い。


 それを考えるのが、今の魔王の仕事だと言うのに、朝目覚めて開口1番に恋がしたいとか、意味が分からない。

 バカとしか言いようがない。

 魔王様のバカ、大馬鹿!


 ……なんて事は、専属執事として主には絶対言えないので、振り上げそうになる拳を抑えて、極めて冷静に答える。


「魔王様、恋もよろしいのですが、次の勇者との戦いについての作戦を練りませんと」


「そうだ、魔鳩マクに恋文を付けて飛ばしたらどうだ!? 魔界の誰かに読まれて、恋愛に発展するかもしれん!」


 魔鳩というのは、伝書鳩のようなもので、魔界に住む者なら誰でも飼っている。魔鳩は頭が良いので、彼らに宛先を言うだけでその住所まで手紙を送ってくれる。


 住所を言わなければ、彼らが気まぐれに選んだ者に手紙が運ばれる。魔王様は、その性質を利用して、顔も分からない魔族に恋文を送るつもりらしいが、こいつどんだけ恋愛したいんだよ。


 脳内お花畑か!

 第一、魔族の王から恋文来たら引くわ!

 恐れ多くて、手紙読めねぇわ! 恋愛に発展するわけねぇだろ。


「レイアス様、貴方は魔界の長。そんな方から突然の恋文を受け取ってしまったのが、もし一般魔族の民だったなら、その手紙を飾って祀る事でしょう。そうなれば、その恋は一方通行で終わってしまうと思われます」


「なるほど、身分を隠して一般魔族になりきる必要があると言うわけか。さすが、我の信頼する執事リヴィアンだ。恋文を書く際の参考にするとしよう」


「えっ、いや……あの……」


「というわけで、我はこれより執筆時間に入る! しばらく部屋に入ってくるなよ! 他の臣下達にも、そう伝えておけ」


 そう叫んで、僕を追い出し、勢いよく部屋の扉を閉めてしまった。

 こうなった魔王様は、何を言おうとも話を聞いてくれない。


「はぁ……」


 ため息をつく。

 まぁいつもの事だ。いきなり何かを思いついて集中されるが、飽き性でもあるのでしばらくすると熱中していたものをやめて放り出す。

 今のうちに、魔王城の掃除とか昼食の準備とかをしておこう。


 この時の僕は、自分の仕事をしているうちに、魔王様の恋文についてすっかり忘れていた。




 ーーそして、2時間後。



「リヴィアン! 我の渾身の出来だ! ぜひ見てくれ」


 昼食を作っていると、魔王様が突如厨房にやってきた。

 いきなりなんですか、と言いそうになったのだが、彼が部屋に篭る事になった原因を思い出す。


「あぁ、例の恋文ですか。というか、僕なんかが読んでよろしいのですか?」


「よい。お前は、臣下の中で1番頼りになるし、なんでも出来るからな。我の文章の推敲など、お手の物だろう。遠慮なく見るが良い」


 そう言って、手紙を手渡される。

 1番頼りになるなんて言われたら、嬉しくなって思わず顔がにやけてしまうのだが、執事は常にクールでいなければならない。

 そのポリシーを持っているので、僕は極めて冷静に努めた。


「では、失礼します」


 魔界では手紙にて意思疎通を図る事が多いので、沢山の種類の便箋がある。受け取った便箋は、下線が10行ほど書かれた基本的なものだったが、魔王様も女の子に宛てて書くことを意識したのか、右下部分に四葉のクローバーの絵が描かれた可愛らしいものを使っている。


 これだけなら、僕も何も思わなかった。

 だが、手紙の文を見て愕然とする。


《我の手紙を受け取った者よ


 我は、恋がしたい。

 だが、我に伴侶を見つける自信は無い。

 だから、我の手紙を読んだ者だけに褒美として、我の妻となる権利を与える。

 承諾するならば、期日は問わぬ。気兼ねなく城を訪ねるが良い。


 貴様も知らぬ、どこかの一般市民より》


「どうだ!? 手直しがいるなら、遠慮なく言え。リヴィアンなら、許す」


「えーと……」


 もう正直、突っ込み所が多すぎていた。

 なんか文面が、超偉そうだし。

 そもそも、この魔界でこんな上から目線の上に"我"って言う一人称使うやつなんて、レイアス様しかいないし。

 城、とか書いちゃってるし。もうほぼ魔王様に違いないって分かってしまう。


 けれど、レイアス様が感想を求めていらっしゃる。

 臣下として、主の期待に応えねばならない。


「そうですねー……」


「うむ、何だ。言ってみろ」


 考えに、考えて。

 僕は、1つの答えを出した。


「とても……相手に伝わりやすい文だと思います」


 絞り出した答えは、これが精一杯だった。









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