針治療とスキンシップ
帰って早々に、部屋に入って布団に寝かされた千夜。肉離れ。だと言えば、山崎が針を持ってきた。男達の前で袴の裾をめくり上げられ、針を打たれたのだが、
「あの、別に良いんですけど、部屋に帰らないんです?」
此処は、沖田と千夜が使ってる部屋で、男達がいる光景に、雲にも似た疑問を投げかける。
「そりゃあ、此処にいるだろうよ。」
皆が見てるのは足だ。太腿の上までめくり上がり丸みを帯びた形のいい尻まで見える。そんな状況で己の部屋に帰る輩はいないであろう。
「千夜の肌、白い。」
舐め回す様に見られるが、これは治療の一環であり、針を服の上から刺すなんて聞いた事も無い。
「とっとと部屋に戻ってくださいよ!!」
沖田に言われようと微動だにしない男達。
山崎が針を刺し終え、お灸を据える。
「……まさか、火つけるやつ?」
「せやけど?」
ふるふると首を振る千夜。昔から、それだけは苦手だと訴えるも、山崎の手には蝋燭があり、彼を鬼だと言い放てば、にやり笑った鬼が針につけたお灸に火をつけていく。
「――――っっ!!」
痛いし、熱いしでいっぱいで、布団を握りしめて顔を埋めて叫ぶ。
「大丈夫です?」
「……無理…痛い。これいつ抜けるの?」
針治療の針が憎く見えたのは初めてだ。刺さった針を伝い、熱が肌に届く。千夜の足は、赤みを帯びていく。
「もうしばらく待ってからや。」
もうしばらくってどれぐらいなのかは、定かでは無い。平成の様に何分後などという言葉は存在しない。時計ですら庶民は持たない。
もうしばらく……。は、大体であり、正確には分からない訳で、
「早く抜いて……。」
それしか言えない。
「まだや。言うとるやろ?」
「痛い。」
山崎と土方に向けて訴えるも、針は抜いてくれないらしく、寝返りさえ打てない千夜は、うつ伏せになる事しか許されない。
三馬鹿は、足をじっと見ている。布団に顔を埋める千夜の頭を行き来する大きな手。
「ありがとう。総ちゃん。」
「え?良くわかりましたね。僕だって。」
視界は遮られている筈なのに言い当てた千夜に驚いた。
「分かるよ。みんなの手は。」
「じゃあ、コレは誰の手か分かります?」
少し冷たい指先が自分の手に触れてくる。千夜は、布団に顔を埋めたままで、
「これ、よっちゃんの手。」
「じゃあコレは?」
節がない指が自分の指に触れ、握り締めれば彼女は、分かった。と言いながらその手を握る。
「烝の手。」
「あたりや。」
順々に皆の手を言い当てた彼女は、急に喋らなくなる。
「……寝ましたね。コレは。」
「はぁ?もうか?」
「千夜さん、寝つきがすこぶる良くて……。」
布団から少し首を持ち上げると、沖田の言う様に寝息を立てる千夜の顔が見えた。
針の熱を確認しながら、山崎が針を外していく。そして濡れた手拭いで足を拭き、袴の裾を直し布団を掛ける。
「まぁ、そう酷いもんでも無いから、何回か針して様子見るわ。」
「あぁ。頼むな。」
眠っている女を見ているだけで頬が緩む。
「俺、今から言う事変かもしれねぇんだけどよ。」
「なんだ?平助、あらたまって。」
「いや。別に改まった訳でもねぇんだけど。
千夜はさ、此処にいる皆んなが、凄く大切で、大好きだったんじゃねぇかって……思ったんだけど、…………やっぱり変な事言ってる?」
次第に声が小さくなっていくのは、自信がない証拠だ。
「千夜の過去の試衛館の仲間の話か?平助。」
永倉がそう言えば、
「そう!!だって、手で誰か分かるか?触れただけで……。凄いなって、どれだけの好きが有れば、そうなれるのかな。って、ちょっと思っちまって。」
藤堂は、一つ呼吸を置き、口を開く。
「羨ましいな。って単純に思ったんだよ。
そこまでの好きを持てる仲間が千夜には居て、その中に俺が居た。だけど、それは、――――同じ名前の違う人間。」
そう思うと、いたたまれないのだと藤堂は言う。
「彼女には、人を惹きつける力があると、新見さんが言っていました。」
数日で、彼女の見方が変わったのは、その力の所為かも知れないと、皆が思う。
「今日だけで分かったことは、巫女の噂は、この京では、有名だと言うこと。そして、その象徴である彼女の髪は、目立ちすぎると言う事です。」
町人が、巫女だと声を上げた。今日は、確かにそれだけであったものの、彼女の髪は、何処にいるのか分かるほどに目立っていたのは事実な事。それに加えて、巫女の血の存在が、男達の頭を悩ます要因となる。
「あぁ。巫女の血を狙う輩が、現れる可能性も出来た今、彼女を1人にすることは、大変危険だ。」
「……その辺の事は、心配ご無用です。」
ゆっくりと碧い瞳が開かれ、半身を起こす女は、太腿を摩りながら辺りを見渡す。
「千夜さん、心配ご無用って……。」
「だから言ったじゃ無いですか。私、変装得意なんだって。」
「あの、男装の事です?」
「まぁ、今に分かりますよ。手の内を見せると後が面白くないんで、楽しみにしててくださいな。」
「足の方はどうだ?」
そんな土方の声に、今は痛みを感じない足を見る。
「痛みは、無くなりましたけど、立ってみないと……。」
布団を退かし、その場に立ってみるが、痛みは先程より無い。
「あんまり動かすと烝に怒られるけど、今は痛みはさっきよりは無いです。」
「少しは痛い。言う事やな。」
山崎の声に、皆が息を吐き出した。
この女は、頑固な性格の持ち主で、弱音を吐く事が大っ嫌いだと、今日だけで垣間見えた彼女の性格に、厄介な女と評価した土方が正しかった。と皆に知らしめることになった。
――――
―――
翌日、芹沢一派は出掛けてしまい、千夜は、縁側で斎藤の背中にもたれかかっていた。
「何してんだ?」
そう声を掛けて来たのは、切れ長の美男子だ。
「スキンシップとってるの。」
ついつい出て来てしまう横文字に、眉間のシワを寄せる土方。
「んーっと、親睦を深めてるの。心の交流中。」
「心の交流?」
「そう。触れてると感じる事もあるんだよ。はじめは、喋るの苦手だし。」
「苦手だとは、言ってないがな。」
「質問されるの嫌いでしょ。特に自分の事聞かれるのが。」
彼女が来る前、原田や永倉、藤堂までもが、京に来る前何をしてたか聞いて来た。それを聞かれた後に今の状態になったのだが
「そうか。」
こうする事で、自分を守ってくれてると思えば、心に温もりを感じる訳で、嬉しくも思う。自分の肩に掛かる桜色の髪を見つめる斎藤の頬は、少しばかり緩んでいく。
「に、しても芹沢の野郎、気に食わねぇ。」
「うまく行ってないのですか?」
土方の苛立ちの声にそう言った斎藤は、肩の桜色の髪を指に絡みつけて遊ぶ。なにしろ背中に彼女の背があり、ぐいぐいと座っている斎藤を押しているのが現状で、刀の手入れなどできやしない。
「まぁな。」
「あのさ、私、一応は、養子なんだけど?」
彼女がいる前で愚痴を吐いた土方は、鼻で笑う。
「テメェは、裏切らねぇんだろ?」
「まぁ、私は、よっちゃん派なんで。」
「…………何だよ。その、よっちゃん派っつうのは。」
「言葉のままだけど?」
他の男の背にもたれ掛かりながらそう言った女は、斎藤の手が頭に乗ると気持ちよさそうに目を細める。
「……猫かよ。お前は。」
自由気ままな猫にしか見えず、そういえば、
「にゃおん。」
と、鳴いてみせる女に呆れた視線を向ける。
だが、この女がこういった顔をするのは、試衛館の面々の前だけである事に土方は気付いていた。
「飼い猫に噛まれる主人には、なりたくねぇな。」
「猫飼うの?」
「……。」
「……。」
この女は、本当は莫迦なのか。と、二人は思ったに違いない。
「猫なら、この辺りに沢山いる。今朝も見かけたからな。」
「なぁーんだ。」
猫になりたいと思った事があった。自由気ままな猫に。だけどそれは、外だけで、猫だって戦っている。食うものにありつける様に、人にひどい事をされる事だってある。懸命に生きているんだ。明日を生きられる様に……
「はじめ、ありがとう。」
「俺は、何もしていないが?」
「元気を分けて貰ったよ。だから、ありがとう。」
眩しい笑顔を向けられ、斎藤は、目を細める。元気を貰ったのは自分だし、守ってくれていたのは彼女なのに、
「いや。こちらこそ。」
「そうだ。これから"充電"って呼ぼ。」
彼女が命名した、"充電"は、抱きしめて心音を聞く手段である。自分の希望の彼らが生きているという証である心音を耳にし、抱きしめられる事に温もりを感じる。息遣いも、何もかもが、――――生きている時にしか感じられない。
「さて、そろそろ行くか。姫さん。」
約束していた場所に行く為に、声を掛けた土方だが、
「テメェ呼びの次は、姫さんですか?」
心底不服そうな姫様は、土方を視界に捉えたまま、そう言い放つ。
「芹沢一派は、そう呼ぶだろうに。」
段々と分かってくる、彼女の性格。怒らせると厄介。芹沢がそういう理由もうなずける自分が居る。
「好きじゃないんだよね。それ。」
「じゃあ姫様は、何で呼んだら喜ぶんでしょうか?」
「…………。ちぃ。って呼んで。」
少しの間を開け、素直に呼んで欲しい名を告げた彼女の頬は、赤みを帯びる。
(太腿晒しても顔を染めないくせに……)
「"ちぃ"って呼べば満足で?」
「え。いいの?」
そう呼んで欲しいから、そう言った癖に、確認をとる彼女が可笑しくて、
「そんな喜ぶ事か?千夜。って呼んでも、ちぃって呼んでも変わらねーけどな。」
案外と、変化については容易く受け入れられる性格の土方。流石は、行商をしていただけはある。
「もう一回呼んで?」
せがむ彼女に根負けして、再び「ちぃ。」と呼べば、勢いよく抱きついてくる彼女が小刻みに肩を揺らす。
刀を手入れし出した斎藤がチラリと視線を向けるも、すぐさま刀の手入れを再開させる。
「ほら、泣くなって。出掛けるんだろ?」
「だって、嬉しくて。」
「これから呼ぶ度に泣くのかよ。」
「泣かないもん。」
殴って蹴った男に、この女は、一度たりとも文句を言ったことは無い。
「お前は、強い女だよ。本当に。」
ぎゅっと抱きついてくる彼女を見て、思い出した、儀式の存在。
「これは、仲直りのヤツか?」
「そう。」
以前、朝餉の席で勇坊がした事で、原田やらが騒いだのが記憶に新しい。
「これ考えたのは、」
「よっちゃん。」
だろうな。聞くまでもねぇか。
「ちぃ。」
呼ばれて上を向く千夜の目が見開かれる。
触れてるだけの唇は、そのまま離れていくが、やった本人が顔を染め上げそっぽを向いた。
「恥ずかしがるなら、やらなくていいのに。」
「うるせぇ!」
「でも、ありがとう。」
唇を奪った男に礼をいう千夜。
「仲直りちゃんと出来た。って意味だから。口付け。」
これを教えた土方歳三は、相当の莫迦だ。と、同じ名前を持つ男は、思うわけで、それを受け入れるのは、幼い頃からそうしていた習慣が為せる技だ。
「本気でぶん殴りてぇ。」
同じ名前の男を……。
「私を?仲直りしたのに?」
「ちげぇ!!お前を育てた土方歳三をだ!」
「……??自分で自分なぐるの?痛いからよしなよ。」
「…………。お前は、賢いのか、莫迦なのかハッキリしてくれねぇか?」
切実なお願いを聞いても、千夜は首を傾げるだけであった。
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