組の編成

なんだか気まずい空気となった広間で茶を啜る。正座をすると足が痛い。もっと言うなら、痛みは日に増してくる気さえする。


一旦、痛みは引いた筈なのに。


(もしかして、ヒビ入ってるのかな?足…)


「千夜。」


そう呼ばれ、男を見る。切れ長の美男子は、

「今日出掛けるっつったが、日を改めてくれねぇか?」


(今日、なんかあったっけ?)

3月11日……

孝明天皇が、賀茂社に行幸して、攘夷祈願する日。


「分かりました。」


素直に言う事を聞いておこうと返事を返せば、何故だか変な顔を向けてくる。


「やけに素直じゃねぇか。」


人が居ないのに、島原へ行くのは気が引けるし、この足で誰もついてきてくれないのも、少しばかり怖い気もする。


何故だか、この世界の京では、先詠みの巫女の話しが有名過ぎる。以蔵もそうだし、勇坊も知っていた。


自分の過去では、それは、絶対的に守られていた秘密であったが為に、巫女などと言って崇められた事など無い。血の事など、ごく僅かな人にしか知られては居なかった。


(まだ、異人と言われた方がマシだ。)


「……おい。突然、黙るな。」


「あぁ。すいません。でも、警護にいくなら、仕方ないですし。」


「すまねぇな。俺も日にちを見誤ってた。」


「……いえ。日を改めるんで大丈夫です。」


特に今日じゃなきゃ嫌。という訳でも無かった。

 ズキッと痛む脚に、少し腰を浮かし座り直す。


(……痛いな。足。)


右の太腿あたりに痛みが走る。


「千夜さん?足崩したら如何です?」

心配してくれる沖田に、大丈夫です。と言うも、いまだに心配そうにしてくれるのだが、茶を飲みながら、今日残してしまった食材達を見つめる。


半分食べられ無かった。これは、もう夕餉に回すものの、食事の量が減ってきている事に焦っていた。


「に、しても、勇坊に見られてたなんて……。」


と、笑う沖田に、切れ長の美男子は視線を向け、茶を啜る。


————

———


朝餉の後、芹沢派に斎藤と佐伯の紹介をしたのだが、土方達の目の前には、鉄扇を持って座る芹沢が居て、右に新見の姿。そこまでは、いつもの景色。


ゆっくりと畳の方へと視線を向ければ、髭を蓄えた芹沢の膝に、桜色の髪の女が向こうを向いて寝転がって居る。


近藤、山南を引き連れてやってきたのだが、皆、異様な光景だとは思いながらも、その事には触れなかった。誰かの羽織りが掛かってるあたり、彼女は、夢の中に居るのだろうが、芹沢の膝の上で寝る女の神経を疑うばかり。


土方の視線を感じたのか、芹沢が結われてない桜色の髪を撫でる。


「で、用は終わりか?」


「いえ。組の編成を。と思いまして、簡単に書き出してきました。」


長い紙を新見に手渡し、それは、芹沢の前に差し出される。視界はその内容を読んで居るのは分かるが、両手は鉄扇と女から離れない。


大事な組の編成である。何かのついでの様な芹沢の態度が気に入らなかった。


「自分で持って読んだら如何ですか?」


「歳……。」


近藤が、視線を送るが、切れ長の目は、芹沢を映したまま。


ふっ。っと漏れた笑いに、神経を逆撫でされる。


「……新見。」


膝の女を受け取れと言われ、手を掛けるが、それは嫌なのか、芹沢の方へと張り付いていく。


「ヒメ、そりゃ無いぜ。」


とっとと抱き上げれば良いものをしない男に呆れた視線を向ける。


「新見は、嫌か。なら、土方。」


妥協案を出した芹沢に、深く息を吐く。


「誰がやっても同じだろうに。寝てるんだから。」


仕方なく腰を上げ、女に歩み寄り抱き上げ様とすれば、新見の時とは違い、すんなりと腕の中へと収まった。


「土方がいいか。」


そんな言葉を言う芹沢を無視して、元の場所に戻れば、紙を持ち上げる音がして、芹沢が再び目を通し始める。


(呑気に寝やがって。)


その辺に転がして置こうと思ったのだが、いつの間にか着物を握られて仕舞えば、どうしようも無く、先程の芹沢の様に膝だけ貸してやる事にした。


「いいだろう。新見は?」

「芹沢さんが局長で、ヒメが副長助勤なら文句は無い。本当は、ヒメが副長のが良いんですけど……。」


自分より寝ている女のが副長にふさわしい。そんな言葉に勝手に脳で変換される。


「女を副長助勤にしただけ、有難いと思ってくださいよ。コレから入ってくる隊士の恰好の餌食になりますよ。貴方の養子は。」


「土方君っ!」


山南が言い過ぎだと叱るが、目の前の男は、笑い声を上げた。


「そんな弱い奴なら、

————俺の性を名乗らせぬわ。」


絶対の信用がこの女にはある。武士である男が認めた、この桜色の髪の女。


「お前達も精々気をつけろ。

ヒメには、人を惹きつける力がある。人を動かす才がある。能無しの傀儡くぐつに成り下がらない様にな。」


くつくつと笑う新見。

だが、その場の空気が一瞬にして凍りつく。


斎藤が刀に手を掛けそうになる程の殺気が部屋の中に雪崩れ込む。


「……起きたか。」


芹沢の声に、女へと視線を向ける。

ゆっくりと開かれた碧い瞳。


「新見。誰が傀儡?」


「ヒメの耳は、寝ていても聞こえるのかよ。」


「新見。謝っておけ。あいつを怒らせると面倒だ。」


「言っとくがな、土方に言ったんじゃない!気をつけろ。と言っただけだ。とりあえず、その殺気を仕舞え!!」


殺気を放ってるのは、間違いなく女であった。背筋を凍らせるほどの殺気を寝起きの女が放っている。しかし女は、寝ぼけ眼のまま、目を擦っているのが現状で、やっと身体を起こし、辺りを見渡す。


「……殺気??出してた?」


「いいから、仕舞えって!」


(殺気を仕舞う……?どうやって??)


目に見えない殺気の処理の仕方など知らない。ふと見えた斎藤の姿に、千夜は、考える事を放棄した。


「はじめが居る。

はじめも警護いく?」


そう彼女が笑った瞬間、部屋にあった殺気は姿を消した。


「あ、あぁ。そのつもりだが。」


斎藤が答えれば、千夜は、喜びの声を上げた。


「……冷や汗をかきました。やはり、あの子は、敵にしたくない。」


戦って居るのならまだしも、寝起きの彼女が放つ殺気は、男達の身体から自由を奪った。あれが、戦場であるならば、恐ろしい力となる。


「女だと甘く見てると、殺られるぞ。」


芹沢の声も今は、納得する自分達がいる。


「あいつは、————化け物だ。」


それは、容姿云々の話しでは無い。強大な力を持つという、そういう意味合いだと男達は悟る。


「芹沢。それ酷く無い?」

「お前も芹沢だ。」


「ああ。そうか。」と言う女は、自分で気付いて居るのだろうか?今放った殺気も、己の力も……。


「今度稽古つけてよ。えっと……?」


なんて呼んだら良いのか考えてたのだが、


「クソガキ。まだ強くなりたいか。」


「当たり前でしょ?強くならなきゃダメなの。ってか、なんでクソガキ……。」


ガキでも無い年齢なのだが、そう言われた事には、腹が立つ訳で、


「クソガキにクソガキと言って何が悪い。」


「…………決めた。クソジジイって呼ぶ。」


反発心とは、人の言葉遣いというものさえ変えてしまう。


「自分の父をジジイと呼ぶかっ!」


「先にガキって言ったのは、そっちでしょ!」


芹沢が鉄扇を振り下ろすも、いとも簡単に交わしながら女は怒鳴る。


「先が思いやられるのは、私だけでしょうか?」


と、山南が言うが、


「いや。山南君だけでは無いと思うぞ。そう思ったのは。」


と、近藤までもが口を開く。土方は、やれやれと深く息を吐き出し、


「編成に異議がねぇなら失礼する。」


と、部屋を出る。

土方の後を追う山南と近藤。

挨拶の為に部屋へと行った斎藤と佐伯も部屋を出て、


「クソジジイ!」

「クソガキ!」


品のカケラもない互いの呼び方が響く。


 その日の空は、春らしい晴天で、コレから警護に行く、初の任務に期待に胸を躍らせる。


「将軍様の警護。」


夢見心地で呟いた近藤を土方は見つめる。


————この男をのし上げたい。


その想いは色あせる事など無い。その為であるならば、自分は、鬼であろうと修羅の道であろうと、なって歩いてやる。


「よっちゃん。私も行く。」


「……笠被れよ。」


何故だろう。コイツが居ると背を守ってくれる気がするのは、ついてくるのが当たり前だと感じ、口を出たのは、髪を隠せ。と言う言葉だけで、ついてくるな。などと言う言葉は、全く出てこなかった。


頑なに此処から出そうとしていた筈なのに、


————私は、土方歳三の懐刀ですから。


「……懐刀。ねぇ。」



護身用に懐に入れたり、帯の間に挟んで持ち歩いていた短刀。そこから、重要な計画や相談に参画している上司や主君に忠実であり絶大の信頼を得ている部下を"懐刀"そう呼ぶ。


絶対の信頼をコイツに寄せる日が来るのかは定かでは無いが、自分の中での見方は、確実に変わってきている。それは、確かな事。


「あ。八木さんに挨拶しなきゃ。」


そんな女の声が聞こえて、慌しく掛けていく音が耳に届く。


「我々は、支度をしますかね。」


山南の声に、皆部屋へと消えていく。

浪士組の編成も決まり、町の人が"壬生浪"などと呼ぶ。誠忠浪士組とか色々な名前が考えられたが、この日より————壬生浪士組と名が決められた。


壬生にある浪士組。

名前は、そのままの意味合いだが、名を知られなければ話しにならない。


八木邸の門には、その名を書きつけた看板が張り付けられる。自分達は、この京で名を刻んでやる。そんな想いの中、それを見つめる男達。


「————会津藩御預かり、壬生浪士組。」


それを読み上げる女の声に、男達は振り返る。


「気に入ったか?」

「とってもね。」


芹沢の問いに、笑う女は、いたくご機嫌で、


「そりゃ、何よりだ。」


と、鼻で笑う芹沢も機嫌が良いらしい。女の被った笠を軽く叩けば、ムッとした顔と桜色の髪が覗く。


「笠を被るとは珍しい。」

「よっちゃんが被れって。」


そう人の所為にする女を見れば、


「お前は、すぐに土方の名を呼ぶ。」


不貞腐れた芹沢の言葉に内心驚き、


「そんなに呼んでないでしょ!」


そう怒った女と偶然視線が合えば、

「あ、よっちゃん支度出来た?」と、聞いてくる。


「ほら、また"よっちゃん"だ。」


口数の少ない芹沢が、そんな事を言っているのは珍しく、そこに居た人達は、視線を男へと向けていく。


「よっちゃんに、よっちゃんって言ったらダメなの?」

「ほら、二度言った。」


自分は、きっと遊ばれてるのだと気付いた女は、しばし黙り、


「…………。クソジジイ。」


憎しみを込めて言い放つ。


「クソガキが。」


そう言いながら、目を細める男は、八木邸へと足を動かす。


「行かないの?」


「お前には、土方が居るだろうに。」


「……まだ言うか。クソジジイが。

まぁ、人混みで迷子になられたら困るし、いいけど。」


素知らぬ顔で、嫌味を言った女は、土方では無く斎藤の手を取る。


「誰が迷子になるか!戯けがっ!!」


「はいはい。帰って来たら遊んであげるから。行こ。はじめ。」


「…………。」


「梅の花愛でるのも良いけど、たまには、椿の花も愛でて欲しいんだけどな。」


芹沢の瞳が僅かに見開くも、それは直ぐに細められる。


「珍しく、愛い事を言う。

だが、椿の花は、俺からしたら高貴な花でな。」


その意味が分かるのは、この中には数人しか居ない。


「————っ!?千夜さん。それはダメです!」


呆れた様に斎藤は言う。


「……総司のダメが始まった。」


彼女が言った意味合いは、愛して。と言う意味では無い。子として可愛がって欲しい。そっちの意味だ。


だが、斎藤にも分からぬ事もあり、


(梅とは、誰だろうか?)


と、騒ぐ沖田を置き去りに一人考える。


壬生浪士組は、町へと足を向ける。

と言っても、此処に居るのは、試衛館の面々である。


「何で、はじめ君なんです?この前は、平助でしたし……。」


「気分だけど?」


彼女からしたら意味など無い。

その返答に、沖田は、ガックリと肩を落とす。


なんだか、可哀想になり、

「手繋ぐ?」と聞くとパッと表情を変える沖田だが、


「警護に行くのに、手なんて繋いでんじゃねぇよ!」


土方の声に、掴もうとした手は離れていく。


「……クソ土方。」


「なんか言ったか?」

「いえ。何も。ちょっと真似したくなりまして、言ってみただけですよ。」


悪気もなく言い放たれる言葉に、眉を潜める土方。眉間にシワを寄せる彼が懐かしく思い、歩きながら横から覗き込む。


「その顔、久しぶりに見た。」


突然出て来たものだから、つい笠を叩いてしまう。


「叩く事ないじゃん!」


「うるせぇ。急に人の顔を覗き込んでくるから悪ぃんだよ。」


「————鬼さん。」


その言葉に土方の足が止まる。


「テメェは、いちいち人の気に触る事しか言えねぇのか?」


「気に触ったんだ。」


「…………。」


「鬼さんが気に触るんです?」


千夜だけならまだしも、沖田までもが参戦する。

「…………。」


二人の追求に土方は、再び足を動かす。


「え?教えてくれないんです?土方さん!」


鬼になると決めたんだ。

再び決意した途端に、あの女は、鬼さん。なんて言うから……。


全てを見透かされてる気がした。まるで、お前には、なれない。そう言われた気がしたんだ。

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