罰と仲直り

パタパタと足音が聞こえ、部屋の前でそれは停止した。遠慮なく襖が開かれ、そちらに視線を向ければ、はにかんだ男が「よっ!」と声をかけてくる。


「あー。左之さんに平助に新八さんか。どうぞ。彼女の様子を見にきたなら、眠っちゃってますけどね。」


起き上がりながらそう言った沖田に苦笑しながら三人は、彼女の布団の周りに腰を落ち着かせた。


「辛そうだな。」


そう藤堂が口にしながらズレた手拭いを乗せ直す。


「今日は、ずっとこんな感じだよ。昨日は、一日中、気を張ってたみたいだしね。」


永倉と藤堂の顔色は、暗くなっていく一方で、


「眠れてる。って事は、回復に向かってるって事だろうに。見舞いに来た奴が、そんな暗い顔してどうすんだよ。」


そう原田が元気付け様と声を出すが、その力は、微力すぎて彼らの顔色は変わらぬまま。


「……平ちゃん?」


その声に皆の視線が桜色の髪へと向けられる。薄らと碧い瞳が藤堂を見つめていた。


「千夜。」


「風邪は、もう大丈夫?」


彼女と話したのは、拷問した2日後。

自分が風邪と言った事はない。だが、不思議な薬を山崎から手渡された事を思い出した。


自分のが苦しいだろうに、そう声を掛けてくれる。胸が熱くなり、鼻がツンッと痛くなる。


「もう治った。お前がくれた薬のおかげで、頭も痛くねぇし、咳も止まった。」


「そう。なら良かった。あ、お粥美味しかった。ありがとう。」


そう言って笑う彼女を見て、藤堂の瞳から涙が流れ落ちる。


「粥なんて、いつでも作ってやる。」


ゆっくりと藤堂の頬に伸びてきた手は、優しく涙を拭う。


「どうして泣くの?」


「千夜。俺たちに罰をくれ。」


突然、反対側に座っていた永倉がそう言うものだから「へ?」と、変な声が出てしまい、彼の方へ視線を向ければ、彼は、真剣な面持ちでこちらを見据えていた。


「新八さんは、寒空の下、水を被って、左之さんは、寒空の下で体を清め、平ちゃんは、あの後風邪を引いた。一昨日は、仲良く禁酒して、他に罰を与える必要あります?」


「……なんで、知ってんの?」


千夜は、クスッと笑って、昨日の朝餉で永倉の髪が濡れていて唇が青かった事。原田は、唇の色が悪かったのに食欲はあり、髪が濡れていなかった事に気付いたのだと話した。


幹部が勢揃いした夜中、会津藩お預かりとなる話が舞い込んだ日、永倉は部屋を後にする時に二人に向かって言ったのだ。飲み直そうぜ。だが彼らからは酒の匂いもなく、


「一昨日の嘘は、部屋を出ていく為の口実でしょ。新八さん、嘘つく時に耳を触る癖がありますし。」


耳を触りながら部屋を後にした彼らは、酒を飲まずに語らった事であろう事は直ぐにわかった。


「あー。しんぱっつぁんは、触るよな。耳。」

「俺たちだって最近だぜ?それに気付いたの。すげぇな嬢ちゃん。」


「元観察方なんで。」


そう言って笑う彼女に、罰の話しなんてもう出来るはずもなく、甘すぎる罰を受けたと言っても罪悪感は消えるはずなく胸に居座り続ける訳で、


「そうだ。今度、甘味屋に連れてってやるよ。好きなもんねぇのか?」


考えついた先にあったモノは、甘味屋に連れていくという、自分達がやった事の代償にしては、あまりに小さな償い方でしか無かった。


「好きなもの?甘味でです?」


「あぁ。」


千夜は、天井を見上げ考えてみるも、団子を山の様に食らう過去の沖田の記憶が蘇るだけで胸焼けをしそうになった事が多々あった。という、どうでもいい記憶が呼び起こされてしまい、


「……胸焼けしそう。」


ついつい、口にしてしまって「甘味嫌いか?」と、眉をハの字にした永倉が覗き込んでくる。


「いえ。えっと、甘辛のみたらし団子が好きですよ。」


「嬢ちゃん、はいからだな。」


この時代、みたらしと言えば醤油が塗られただけの団子が主流で、砂糖醤油で作られたモノは、珍しいモノであった。原田が言う"はいから"は、目新しく、変わっている。と言う意味合いだ。


(あ、そうか。みたらし団子って甘辛くなったの、第二次世界大戦の後だっけ?たしか。)


団子がいつ変わったなんて考えずに言ったものの、なんだか気まずくしてしまったかも知れない。


「普通のみたらしも好きですけど。」


「んじゃ、早く治してもらわねぇとな。」


いつまでも横になったままでは失礼かと思い、起き上がろうとすれば肩を押されてしまう。


「朝よりは、楽になりましたよ?」


「だめだ。寝ててくれ。」


そんな永倉の真剣な表情に、起き上がる事を諦めた。


「千夜、夜も粥食うか?」


藤堂の声に嬉しく思うも、昨日朝餉の粥を残した事を告げれば、


「あれで半合だったんだけど。四分の一って、随分色が細えんだな。」


そう言われて仕舞えば苦笑いするしか無い。


「んじゃ、そろそろ俺たちは…。」


「わざわざ、お見舞いに来てくれてありがと。」


「いいって事よ。早く良くなってもらえたらそれだけでな。」


永倉の大きな手が頭に乗る。それだけで安心感が押し寄せてくる。


「ちゃんと寝てろよ?」

指を指していう藤堂が可愛らしく、千夜はクスッと笑う。


「なんで俺の時ばっかり笑うんだよ!」

「平ちゃん可愛いよね。」


そう言っただけなのに藤堂の顔は、真っ赤に染まる。


「俺は男だぞ!!可愛……、可愛いって言うなっ!!」

「だって、可愛いもん。」


さらに赤くなる藤堂に平然と言い退けた千夜に原田と永倉が苦笑しながら藤堂を慰めながら部屋を後にして行った。


襖を見ながら、頬を緩ませた千夜は、ずっと無言を貫いていた部屋の主人に声をかけた。


「……自分には、罰は無かったのにって、おもってるでしょ?」


沖田が動いた気配がして、ゆっくりとそちらへと視線を動かせば、桶に手拭いを浸した彼と視線が交わる。


「その通りですよ。」

観念したかの様な声色に、千夜は、迷う事なく口を開いた。


「貴方は、私を押し付けられたでしょう?他にも罰が欲しいんですか?」


「押し付けられたとは、思ってませんよ。ただ、さっき話してるのを聞いて思った事が一つありました。」


「……何です?」


「僕たちに罰を与えない事が、罰なんでしょう?」


罰を与えず、罪悪感に苦しむ。相手が近くにいる事で、その痛みは、罪悪感が多ければ多いほどに、肥大する。


「良く分かりましたね。

がっかりしました?こんな女で。」


「……いえ。」


「女である事をどれだけ悔いたか分かりません。貴方達と同じ男で生まれたかった。どうして、私には、死がこないのでしょう?分からない事ばかり。神様なんて居やしない。少なくとも、私には……。」


目を閉じた彼女の目尻から涙が流れ落ちる。

それは、熱から来るものなのかすら分からない。


「今は、身体を治す事だけ考えて下さい。時期に夕餉です。また、持ってきますから。」


頷く彼女に手を伸ばす。流れたままの涙をそっと拭い、赤みが少し引いた頬を撫でる。


(この傷が無くなったら、気にかけなくなるのかな?)


そんな事を考える。

彼女の熱が下がったのは、翌日の事だった。


鳥の囀りに、襖へと光が注ぎ込む。気持ち良い日差しに沖田は目蓋を持ち上げていき、寝ぼけ眼で差し込む光をしばし見つめ、隣の布団に視線を移せば、眠る彼女に笑い掛ける。


「千夜さん?起きてください。」

「……ん。」


数日過ごして分かった事だが、彼女は朝が弱い。そして、着乱れた襦袢から覗く柔らかそうな肌に喉を上下させるのも、いつもの事になっていた。


「……布団からは出てないのに、どうしてそんなに着乱れるんです?」


そう文句を言っても当の本人は未だ夢の中。


彼女は、きちっと布団の中に居るのに、いつも襦袢は肌蹴てしまうのが疑問であった。

自分の布団を畳み、押し入れに片付け、再び千夜の布団へと歩み寄る。


「千夜さん?」


ゆらゆらと身体を揺らしてみれば、ようやく碧い瞳がこちらを向く


「……総ちゃん。おはよう。」


腕を伸ばしてくる彼女は、とても可愛らしいが、コレは完璧に寝ぼけている。あの日から、彼女が自分を呼ぶ時は、"沖田さん"で定着している。


(まぁ、いいか。)


半端諦めに近い溜息を吐き、


「はいはい。総ちゃんが起こしてあげますから、襦袢を直して下さい。」


そう言いながら、掛け布団を剥ぎ畳み出した沖田に腕を引かれ、立ち上がった千夜は身震いさせる。


「…………寒い。」


そう言いながら、ようやく襦袢の乱れを直した。


「総ちゃん、仲直りしよう?」


敷布団を畳んでいた沖田の手が止まる。喧嘩をした覚えは無い。普通に昨日までも話していた訳で、考えられるのは、咳で苦しんだ彼女が部屋を出ていった時しか思い当たる節がなく、


「……意外と、根に持つ方です?」


「しないならいい。」


拗ねた様にいう彼女は、幼い感じもするが、こういう一面を見せてくれるのは、少なからず心を許してくれているという事であり、


「します。仲直り。」


だが、どうしていればいいか分からず、立ち尽くす。


「んじゃ、仲直りね。」


ぎゅっと抱きしめてくる彼女は、自分よりも頭一個分ぐらい背丈が低い。


(可愛い。)


沖田がそんな事を考えてたら、唇に触れた温もりに目を見開く。


「はい。仲直りお終い。」


やり終えた彼女にとったら、沖田には用は無いわけで、背を向けた彼女を呼び止める口調は、かなり慌てしまっていた。


「ちょ、ちょっと待ってください。コレって、もしかしなくても試衛館の仲間全員にしてました?」


「うん。」


笑顔付きで返事をされてしまい、未だ唇に残る感覚に戸惑いを覚える。何しろ初めての接吻……。


「コレ考えたの……。」


彼女が答えなくとも分かってしまう事だが、

「よっちゃんだけど?」


「……でしょうね。あの人の考えそうな事ですよ。」


「???」


「いいですか?仲直りの時は、抱きしめるだけにして下さい。」


真面目に言う沖田に、千夜は頷くだけだった。


(絶対、なんでダメか分かってない。土方さん、なんて育て方をしたんですか。)


そう思わずには居られなかった。



今日は何故だか機嫌が良い彼女。

昨日は、微熱があったから部屋から出ては居なかった。髪を解かす彼女を見ながら布団を片付け終わり、押し入れの襖を閉めながら彼女に声をかけた。


「今日は、やけにご機嫌なんですね?」


「近々ね、はじめが来る気がするの。私の事知らないだろうけど、会えるのは、嬉しいでしょ?」


そう言って笑う彼女は、本当に嬉しそうで、頬が緩んでしまう。


「はじめ君が来るんだ。」


それは、自分にも嬉しい事。


「総ちゃんも嬉しいでしょ?だって、好敵手だもんね。」


笑う彼女の異変に気づいたのはその時だった。髪をとくだけで、一向に結う事をしない事に変だな。と思った。


小刻みに震える指先は、櫛を真っ直ぐには通ってくれず、困った様に眉を垂れた彼女。


————私の事知らないだろうけど。


会うのは楽しみ。だけど彼女は、怖いんだ。僕たちが敵視した様になる事が。


そう気付いてしまえば可哀想になってしまう訳で、


「貸してください。僕がやりますよ。」


そう名乗り出てしまう。


「あ。ありがとう。」


サラサラとした桜色の髪をとかし結い上げる。彼女がいつもしている赤い結い紐には、見覚えがあった。


「……これ、土方さんのと同じだ。」

「へ?そうなの?これ、近藤さんの襲名試合の時によっちゃんがしてたハチマキで作ったやつって聞いたけど、赤組だったじゃない?よっちゃん。」


「……うん。そうだね。」


何故だろう。チクリと胸が痛む。


「でも赤だと女の子っぽいよね。袴着てるのに。」


意地悪な言葉を言ってしまうのは、この結い紐を使って欲しくないからで、


「……総ちゃんの好きな色は?」

「えっと。そうだな、花紺青はなこんじょうとか、水浅葱みずあさぎとか好きだけど。」


「……青っぽい色が好きなんだ。花紺青って紺に近いいろで、水浅葱は、ちょっと黄緑色っぽい色だけど青なんだよね。分類的に。」


「千夜さんは、何色が好きなんです?」


「浅葱色。」


「……即答ですね。」

「そのうち分かるよ。総ちゃんにも。私がどうしてその色が好きなのか。」


「楽しみにしときますよ。結えましたけど、痛くないです?」


一つに結い上げた髪は、あの日拷問にかけた時と同じ髪型で、同じ着物。体調を崩してから髪を結う事もなかった。


「…………うん。大丈夫。ありがとう。」


櫛を片付け、沖田は千夜に向かい合う。首を傾げた彼女。


「抱きしめても良いですか?」


「うん。」


抱きしめる身体は柔らかく、小さい。


「右の頬、殴ってすいませんでした。」


彼女の頬の赤みは消えたものの、ずっと謝らぬのは気が引けた。それに、千夜の格好が背を押す形で謝罪に至った訳だ。


「いいって言ったのに……。」


「今の格好見てたら、どうしても思い出してしまって。どう見ても女の子なのに。」


その言葉に、沖田の背に回ろうとしていた腕は、行く手を失う。


「これでも男装してるの!女の子って言わないで。」


完璧な筈の男装を一刀両断されたのだ。これで過去では通じたのに、女の子と言われたら苛立ちすら湧き上がる訳であり、元観察方の名が廃るというもの。


「浪士組の皆には、貴女が言ってしまったんでしょうに。」


大名の娘と言ったのは自分。その事実を思い出し、頭を抱える。過去の自分を恨むも、それは取り消せない事実である。


「大丈夫。私、変装得意だから。何とかなる。」


「はいはい。朝餉を食べに行きましょうね。」


自信満々な千夜の言葉は、信じてもらえなかった様で、背を押す沖田に強制連行されて広間へと向かうのだった。



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