二度目の幕末

京、壬生寺にて————


ゆっくりと浮上する意識。背に感じた冷たさとゴツゴツとした感覚に眉を寄せる。目蓋を開けば、辺りは闇に覆われて星が輝いていた。大きな満月だけが彼女を見つめていた。


「————っ。痛…。」


身体を起こし、辺りを見渡す。

自分の記憶が確かなら、倒れた場所は、光縁寺。だが、此処は……


「……壬生寺、だよね?」


街灯すらない寺の中を見渡すが、何度見渡しても、そこは壬生寺で、自分の記憶違いか?と、額に手を当てる。


「……あ、れ?」


目に映った袖は、自分が着ていた着物ではない。いよいよ気味が悪くなってきて、己の格好を確認する。


紺の着物に、黒い袴。腰には二本の日本刀。

髪を結い上げた赤い結い紐が、ユラユラと視界に入ってくる。


これは、幕末で着ていた着物……


そんな物はもう着られる状態ではなくなってしまった代物。足元に落ちたキャリーケースは、自分の所持品。


「……何が、起こったの?」


再び空へと視線を向ける。

キラキラと輝く空は、いつもより綺麗に見え、自分が置かれている状況が理解出来ないまま、冷たい風が通り過ぎていく。


頬をつねってみるも痛みがあり、コレは夢では無いと訴えてくる訳で、高鳴る鼓動をそのままに町へと駆ける。


(此処が幕末で、私が願った時であるならば、必ずある。)


目指すは、京都葭屋町よしやまちそこには、【大和屋】がある。

壬生浪士組筆頭局長・芹沢鴨が焼いた、大和屋が……。


行きゆく人は、夜の為に少ないものの、着物姿に丁髷姿であった。


「はぁ……はぁ……っ。あった……。」


目の前にそびえ立つのは、大和屋……

芹沢が焼いてしまってから、再建はされなかった。現存しているという事は、


「新選組が出来る前。」


肩で息をする千夜は、息が整うまで大和屋を眺めていた。


込み上げてくる感情を何とか堪える。

此処に来れたなら、会いたい人達が居た。もう一度、会いたいと思った人達が……



だが、日付は分からぬまま。

闇雲に動くには、自分の髪色は目立ち過ぎる。異人を殺す事件が多発していた。と記憶している。


「……とりあえず、壬生寺に戻ってから考えよ。」


戻る途中、居酒屋から声が聞こえた。


「将軍様が京に入京しはった聞いたんやけど、今日やっと、京に着いたわ。」


「昨日、人が凄かったんえ?

将軍様は、見えへんかったけど。」


「見たかったなぁ。大名行列。」


昨日?


時期的には、冬ぐらいの陽気。そして将軍の上洛は、大和屋が現存して居るのを見れば


文久3年3月4日


という事は、今日は、


「文久3年3月5日で、間違いない。

————浪士組は、京に居る。」


嬉しすぎて喜びは隠せないまま、キャリーバックを取りに行こうとしていた事すら忘れ、足は勝手に壬生浪士組屯所である八木邸へと向かっていた。


————もうすぐ、会えるんだ。彼らと…



***


寝てしまうには惜しいほどの綺麗な月を眺めながら、女顔の青年が切れ長の瞳を文机に向けたままの男に声を掛けた。


「月が、綺麗な夜ですねぇ。土方さん?」


コトッと、縁側に置いたお茶から湯気が立ち上がる。


「……」


なんの反応もない土方に、視線を向け不服そうな目をして数秒、人が話しかけたのにも関わらず、無視を決め込む土方に文句が溢れ落ちる。


「 はぁ。土方さん?聞いてます?」

「……あぁ。聞いてる。」


自室の文机に向かったままの土方を見て、絶対聞いてないと思う沖田。


「そんなに、楽しいですか?————ソレ。

京に来てから、書物を読んだり書いたり…

ちょっとは、京の風情も味わったら如何です?」


ほら、お茶も用意しましたし。


と、縁側に来いと遠回しに誘い続ける沖田に

土方は、とうとう折れて筆を置いた。


「……ったく、素直に、一緒に茶をしようって、言えばいいだろうが。」


と、腰を上げながら

やれやれと沖田に誘われ縁側へ。


「はい。いいですよ。」


ニッコリ笑って言った沖田に


やられた…


と、息を吐き出した。

これじゃあ、土方が茶を誘ったみたいだ。


「なんで、そんなにご機嫌なんだ?」


ニコニコと笑みを絶やさない沖田に疑問を投げかける土方


「そう見えます?」


と、首を傾ける沖田


「見えるから言ったんだろうが…」


特に、いつもと変わらないが、空を見上げ沖田は口角を上げた。


「だって、珍しく静かな夜で、月はいつもより大きくていい事がありそうな気がしません?」



そう言われ、月を見上げた土方。確かに、いつもより大きな月が緩やかな光を放っていた。


「どっちかっていうと、

面倒事が増えそうな気がするがな…」


と、沖田の用意してくれた茶に口をつけた。


「土方さんにわかってもらおうとした、僕が、馬鹿でした。」


口を尖らせて言った沖田を見て、土方は鼻で笑った。


「土方さん。」


そんな2人の前に現れた黒装束の男


「山崎か、どうした?」


「屯所の前に怪しい奴がおったらしい。どないします?」


「怪しい奴?」


「俺も聞いただけやけど、もしかしたら

長州と関係あるかもしれやん。」


んーっと土方は考え


「捕縛しろ。総司、お前も呑気に茶啜ってねぇで、行くぞ。」


「あーあ。折角のお茶が…」


ジト目で土方を見つめる沖田


「………。仕事してくれ…」


切実な、お願いが聞こえてきた。


「じゃ、今度、団子奢って下さいねー。」


そう言い残し、沖田は、その場からいなくなった。


「また、騙された…」

「……。」


意外に可哀想な人やな。と山崎は、思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る