追憶の華

@hiduki1210

戊辰戦争終結

王政復古を経て、薩摩藩・長州藩・土佐藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府勢力および奥羽越列藩同盟が戦った日本の内戦が、————戊辰戦争である。


戊辰戦争が始まったのは、慶応四年の一月の事。

幕府が偉いのが当たり前の時代、それなのに錦の御旗が掲げられれば、あっという間に旧幕府軍は、逆賊とされた。


国の為に将軍の為に刀を持った男達は、新兵器の前に次々と倒れて行った。北へ。北へと、まるで邪魔者を片付けるかの様に追いやられ、


明治二年五月十八日

国内に他の交戦団体が消滅した事で、戦争は終結した。

その日は、清々しすぎるほどの晴天。

本土では、すでに初夏の陽気だったのに此処には、まだ春が残って居た。そこは、

————蝦夷えぞ


桜も見頃を終えて、地に散った桜の花弁は、人々に踏まれて、黒く醜く変わっていた。

周りは、旧幕府軍の武器が散乱し、屍があちらこちらに倒れて居た。足が止まった場所は、一本木関門。


浅葱色の羽織を着た袴姿の人物は、その惨状に息を飲む。その人物は、女顔で片付けられる程の容姿。顔には赤をつけ、羽織も赤く染まり上がって居た。髪は、辛うじて桜の木に咲いている花と同じ桜色。腰には刀を刺し、息を切らし着いた場所は、想像を絶する光景であった。


視線を彷徨わせた後、一点を見つめ歩み寄る。

そこに転がったモノに足が吸い寄せられていく感覚だった。

自分の命の恩人が戦になってから片時も離す事の無かった、誠の文字が書かれた隊旗。

赤地の旗が、そこに踏みつけられ落ちていた。

無残にも、焼け焦げ汚れたソレに、腰が砕けたかの様に崩れ落ちる人物。その旗を手に持つ事は出来なかった。


————いや。違う。

それを手にして仕舞えば、全てを受け入れなければならなくなる。だから手にしたく無かったのだ。


しかし、現実は甘く無かった。彼女の目の前に広がる、赤。

そして、そこに落ちている見覚えのある髪結い紐に、手を伸ばした。これは、命の恩人に渡したモノ。


————はい。よっちゃん。お揃いだね。


そう言って渡した浅葱色の髪結い紐は、赤く染まり、コレが、現実だと突きつけている様にしか見えなかった。


「………。うそ…だよね?」


ゆらゆらと風で揺れる、揃いの髪結い紐。

赤く染まった地。落ちてた髪結い紐。


此処で、誰かが亡くなった。

赤の量からも、それは理解はしている。



だが、

————それは、誰のもの?


頭は、最悪の想定しかしてくれず、腰が砕けたかの様に崩れ落ちる。


『いいか?ちぃ。

必ずだ、必ず俺に追いつけ。

お前の力が、必要なんだ。俺には……。』


彼は、そう言った。

だから、一人になっても此処まで来れた。

蝦夷で、彼が待っていると、信じて疑わなかったから………。


しかし、突きつけられた現実は、想像とは真逆。地べたに座ったまま、彼女は、髪結い紐を大事そうに抱きしめる。


そこから匂う、煙管の匂いに胸が張り裂けそうにズキズキと痛んだ。


「————っ。

一緒に、生きようって言ったじゃんっ!」


そんな声が、誰に聞かれる事もなく

蝦夷の地に———消えていった。



最後の武士。そう呼ばれた己の命の恩人、土方歳三は、彼女が到着した一週間も前に、一本木関門で命を落とした。彼に追いつく事すら出来ず、仲間の最後の言葉すら叶える事が出来なかった。


空に見えた、浅葱色————


「私を、置いていかないで…。

………1人にしないでよ………。」


私もあなた達の元へ

————逝かせてください。


彼女は、そう、願わずには居られなかった。

そのまま彼女は、歳をとり死を迎える。




————その筈だった。

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