シャッター通りの雑貨屋さん

@ramia294

第1話

 シャッター通り商店街。


 かつての古き都。

 神の使い、シカが集い。

 巨大な仏が、腰を降ろす。

 平和と、幸福と、常春の楽園。


 しかし…。

 それは、過ぎ去った日々。


 かつての面影。

 今は、街の中を。

 シャッター通り商店街を吹き抜ける風の中の僅かな…。

 不思議のみ。


 神が、与える。

 仏が、ほどこす。

 不思議のみ。


 このまちに暮らす人々。

 風の中の不思議を集め、楽しく、楽しく、暮らす。


 駅からは、少し離れた、商店街。

 その昔。

 見捨てられた、鉄道がありました。

 大仏鉄道。

 駅が、あった頃。

 賑わっていたのでしょうか?

 駅の跡に、集まる…。


 不思議。


 シャッター通り商店街。

 駅跡に、連なる商店街。



 電車で通う高校生。

 商店街は、通学路。

 文具も扱う雑貨屋さん。 

 高校生に人気です。


 例えば、


『気分しだいのボールペン』


 あなたの気分で、色が変わります。

 テスト前は、憂鬱なグレー。

 夏休み前のきらめくオレンジ。


 例えば、


『失恋消しゴム』


 あなたが、落とした涙。

 ノートに残る、悲しい恋の形見。

 消してくれます。


 ひとつ涙の痕を消すたび。

 あなたの心が背負ってしまった、つらい思い出。

 少しづつ消えていくと。

 学生たちは、信じています。


 どちらも人気商品。

 高校生の必需品。


 シャッター通りの雑貨屋さん。

 とても、小さな雑貨店。

 お店の名前は、


『魔法屋』


 小さな、小さな、不思議。

 宿す雑貨。


 女子高生に人気です。

 男子高校生の。

 隠れファンも多いです。


 季節は、巡り。

 この街の吹く風に、枯れ葉が、便乗。

 気ままなフライト、楽しみます。

 街のあちこちを枯れ葉が、訪ねる季節。


 魔法屋が、売り出す目玉商品。

 一年一度。

 たった、ひとつだけ…。

 女子高生、商品を求めて、お店の前に行列を作ります。

 シカは、目を丸くして。

 リスは電線で、抱き合い。

 足元の枯れ葉、再び舞い上がります。


 冬が、来る前に。

 卒業する前に。

 憧れのあの人。

 夢見る恋。

 掴まえるため。


 狙った相手を恋に落とす落とし穴。

 恋の落とし穴を作る…。

 スコップ。

 四角でもなく、丸でもない。

 落とし穴を掘るハートの形スコップ。

 魔法屋、いちばんの人気商品。


 ハートスコップは、一年に、ひとつだけ…。


 抽選に、なります。

 年に、いちどの抽選会。

 必ず、幸せになれる。

 大切な抽選会。


 賑やかな、シャッター通り。

 溢れる女子高生。

 スコップのために、抽選券を求めます。


 今年は、私が当たりました。

 ハートスコップは、私の元に。


 私は、胸をはずませて。

 あの人の元へ。

 先生の元へ。

 卒業したら、もう会えない。

 誰にも言えない。

 私の。

 憧れの。

 数学の…先生。


 私は、先生の夢の中へ。

 スコップを持って侵入しました。

 たくさんの、数字や数式を押しのけて、彼の心に、恋の落とし穴。

 一生懸命、掘りました。

 私の幸せを掘りました。


 その時、先生が、目覚めました。

 私は、夢から、弾き飛ばされ。

 自分の部屋のベッドに。

 右手に、スコップを持っています。

 しかし…。

 恋の落とし穴。

 私の幸せ。

 上手く掘れました。


 左手には、i。

 アイ?

 虚数?

 弾き飛ばされたとき、近くにあった虚数単位。

 掴んでしまったようです。


 翌日の授業。

 数学の時間。

 ときめきの時間。


 でも、どうしたのでしょう。

 彼は、私を見ようともしません。

 恋の落とし穴。

 彼は、落ちないのかしら?


 忘れていました。

 彼は数学者。

 数字に恋する数学者。


 先生の好きな人。

 ラマヌジャン、フェルマー、リーマン。

 そして、ワイルズ。


 恋に無縁の数学者。

 恋の落とし穴。

 彼は、落ちない落とし穴。


 私の恋の小さな炎。

 このまま、消えていくのでしょうか?

 私のペンケースの中で、ずっとお休みしていた失恋消しゴム。

 どうやら、初めての出番です。


 黒板に書かれていく、数式。

 写すノート。

 私のボールペンの色。

 夏休み前の色に。

 先生の顔が、長い間、見る事の出来ない憂鬱の色に。

 ノートを濡らす涙。

 手に取る消しゴム。


 その時。

 黒板と、チョークの奏でる軽快なリズム。

 止まりました。


 とっても易しい方程式。

 解の公式。

 先生の手が、止まりました。


「あれ?何か違う」


 先生のつぶやき。

 私は、駆け寄り、先生に渡しました。

 先生の。

 そして、今は…。

 私の手の中のアイ。


「そう。虚数単位を忘れて…」


 その時、先生の動きが、止まりました。

 私を見つめる熱い視線。

 まっすぐで、まっすぐで、熱い、熱い、視線。


「君は、数学者になりなさい」


 先生の言葉。

 恋には、不器用な数学者。


 それでも…。


 恋の落とし穴。

 私の作った落とし穴。

 先生が、落ちたようです。


 とても複雑な先生の心の中。

 忘れられて、隅っこに、置き去りにされていた大切な恋の方程式。


 先生の恋の。

 解の公式。

 先生が、導いた解。

 私の笑顔で、良かったかしら?

 私の泣き顔も?


 私は、先生の母校。

 数学科へ。

 そして、卒業。

 数学者の胸に飛び込む私。


 私の…。

 たったひとりの…。

 憧れの人。


 私の初恋。

 実を結びました。


 今夜から、呼びかける、その人の名は。

 先生。

 では、なく。


    「あ・な・た」


 必ず幸せが、訪れます。

 恋の落とし穴。

 ハートスコップ。

 あなたも抽選会に、参加しませんか?


        Q.E.D.



 

 


 



 

 

 



 

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