第7話
自堕落でバカでマヌケな俺の、唯一の長所と言えば、自分で言うのもなんだが運動神経が良いところだ。
元々は俺も、外で遊ぶのが大好きだった。いろんなスポーツを友達とやって、一生懸命努力して、とにかくがむしゃらに走ったりもした。勉強を急かす親も、外で遊んでくると言えば見逃してもらえた。
そうした経験と、結構恵まれた体格によって、俺はエリートスポーツマンになったのだ。
だが悲しいことに、現在では外で遊ぶより家でダラダラしてる方が好きで、唯一の長所すら棒に振る正真正銘のダメ人間に成り下がってしまった。
だが言い訳をさせてほしい。絵梨奈はたしかになんでもこなす完璧人間だが、運動だけは苦手なのだ。だから本人も、積極的に運動をしようとはしない。もちろんあの真面目な性格だから、体育の授業はきちんとやるが。
とにかく、絵梨奈はあまり運動が好きじゃない。だから外に出ない。昔の俺達は仲が良かったから、俺は積極的に絵梨奈の側にいようする。よって俺も外に出ない。
そうこうしてるうち、俺も運動をするのがめんどくさくなって、いつのまにやら立派なダメ男。
文化部には興味なんてないし、運動はしたくない。
なので当然、部活には入ってない。
だが運動神経は良い。
ということで、休日はたまに、助っ人として呼び出される。普通なら絶対に行かないのだが……まあ、色々奢ってもらえるし……ね?
はい。そんなわけで今日はサッカー部の一員として、近所の高校と試合だ。
「頑張ってー!」
マネージャー、部員の家族、部員の恋人。いろんな人からの声援が聞こえる。
もちろん俺にも、応援してくれる人はいる。
俺の両親だ。普段は忙しいけど、こうして何かしらの試合の日は絶対と言っていいほど観にくる。
それから絵梨奈の両親。俺のことは息子同然らしい。
そして……。
「絵梨奈、来てくれたんだな」
「仕方なくね。お母さんに誘われたから」
「でも、前は来なかったろ?」
「だからそれは! その……」
絵梨奈はぷいっと顔をそらす。
ぐへへ、可愛い。
「何笑ってんのよ」
「いや、なんでもない」
いかんいかん。気をしっかりもて。
そうなのだ。あの夕食での間接キス以降、なんだか距離が近くなったような気がする。というか、あれからまだ一度も喧嘩してない。
最初はセンチメンタルなシリアス顔で、「だから俺は、あいつが嫌いだ」だとか、「諦めきれない」とかなんとか言っていた俺だが、最近ではおや? と思うところがある。
もしかしたら絵梨奈が俺を嫌ってるというのは勘違いで、なんならワンチャンあるのではないだろうか。そんなことを考えてしまう。
だから珍しく、今日の試合には気合いが入っていた。俺が唯一、絵梨奈にかっこいいところを見せることができるもの。利用しない手はない。
「負けたら許さないから。あなたの唯一の長所でしょ?」
「へーへー、もちろんわかってるよ。だから、ちゃんと応援してくれよ」
「まあ、せっかく来たしね……」
俺は顔をパンッと叩いて、チームメイトの元に走った。
「竜太郎、今日はありがとうな」
キャプテンが俺の肩を叩いてそう言った。
「何言ってんすか。今さらでしょ」
「いやそうじゃなくて」
「は?」
「美崎さんを連れてきてくれて」
そっちかい。
「うおおおおお! 高まるー!」
キャプテンの目が七割増しで燃えている。
いや、キャプテンだけじゃない。
「そう……俺は恋というなのゴールを決める、あなただけのエースストライカー」
「俺のドリブルで、どんな障害だって乗り越えてみせるぜ。二人の愛のためなら、なっ」
「愛の壁……。俺達だけのディフェンスを作ろう!」
「どんな熱い想いも受け止めてみせます。自分、キーパーですから」
何言ってんだ。お前らは早く
プレイヤーだけじゃない。たまたま試合を観に来た生徒も、絵梨奈に釘付けだ。
「竜太郎ちゃん! アタシ一生懸命応援する!」
お前来てたんかい。
と、茶番はほどほどにして、試合が始まった。
俺のポジションはミッドフィルダーのボランチとかいうやつ。いくら運動神経が良いと言っても、ずっと家にいるから体力は落ちる。
ということで、ディフェンスほどではないが比較的守りを重視するこのポジションについた。まあ楽な場所なんてないんで結局一緒かもしれないが。
おっとボールを奪われたらしい。
早速俺の出番だ。
「頼むぞ竜太郎!」
敵の巧みなフェイントにも騙されず、それはそれは華麗にボールを奪う俺。そのまま二、三歩歩いて、すぐさまパスを出した。
「おい! 自分で持ち込めよ!」
と、総ツッコミをもらうが仕方ない。
なんせ体力がないんだから。もちろん、絵梨奈にかっこいいところを見せるつもりではいる。けど、だからってこんな序盤も序盤で走りまくったら絶対後半バテる。
すごくかっこ悪いことになる。
ペース配分を考える、必要最小限で最大限の活躍をする。俺の頭の中はそれだけだ。正直公式でもない試合の勝ち負けはどうでもいい。
まあ絵梨奈に負けたら許さない、なんて言われたから負けるつもりはないんだけど。
こうして前半中は、敵が来たらボールを奪い、程よく進んでパスを繰り返して、体力を温存しつついい感じに活躍した。
スコアは一対一で、ハーフタイムに入った。
「いやー竜太郎君大活躍だったねえ」
絵梨奈の父、美崎
「まあ、こんぐらいしか取り柄がないんで」
「これだけできたら十分すぎるくらいだよ。なあ?」
「そうそう」
おばさんも頷きながら言った。
「うちの絵梨奈だって、勉強ばっかりでスポーツはなーんにもできないし」
「そんなことないよ。絵梨奈ちゃんにはいっつもお世話になってるから〜」
で、すかさず母さんが参戦する。
こうなればもう止まらない。親四人で相手の子供の褒め合いから始まって、いつのまにか世間話へ。
俺と絵梨奈より、両親同士の方が仲がいいんだ。どのくらいかというと、年に一回俺達二人を置いて四人で旅行に行くくらい仲が良い。
いや連れてけよ。
「どうだった? 絵梨奈」
「別に」
様子が変だ。なんかむすっとしてる。
いや、別にいつも通りなんだけど、最近じゃ随分と見てない。
「おい、なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「…………なんで手を抜いたの?」
「お前……」
運動音痴なくせ、こういうのにはよく気付く。
「いや、あのな」
「あんだけかっこつけてたくせに、結局これ?」
「違うって。ペース配分を考えてただけだよ。後半バテたらまずいだろ」
「でもみんな、一生懸命プレイしてた。敵も味方も、あんた意外」
「仕方ないだろ。俺はずっと運動してなかったんだし。人より体力が劣るのも……」
「でもたしか、助っ人を頼まれたのは一週間以上前よね?」
「あ、ああ。それが何だよ」
「それからあんた、一回でも体力戻すように運動した? ペース配分を考えてってことは、最初からバテるのがわかってたってことよね? だったら助っ人を受けたときから、走ったり対策は練れたんじゃない?」
「それは……」
「がっかりね。せっかく観に来てあげたのに」
絵梨奈は俺を失望したって目で見る。
こんなに冷たかったっけ? なれたと思ってたんだけどな、この顔。
「なんだよ……。運動音痴のお前に言われたくねーよ」
絵梨奈の言ってることは正しい。俺が間違ってる。
わかってる。いつもそうだ。
だからこそ、腹が立つ。それもなぜだか、いつも以上に。
「最低ね。少なくとも私は、手を抜くようなことは絶対しないわ!」
「だから、それがお前にはわからないって言ってんだよ。口だけならなんとでも言えるぜ!」
「……なにそれ。ほんと最悪。今の竜太郎、大っ嫌い」
…………っ!
「じゃあ帰れよ! 嫌いなやつの試合なんて見ても仕方ないだろ!」
「は?」
「俺だってな。お前に見られてちゃ目障りで集中できねーんだよ」
「あっそ! もう知らない!」
「こっちのセリフだ!」
くそっ。なんだあいつ。やっぱり勘違いだったみたいだ。
あいつとは根本的に価値観が合わない。昔みたいに気兼ねなく遊んで仲良く過ごすなんて、無理だったんだ。
俺は早足でチームに戻る。
かっこいいところを見せようなんて思ってたが、そんなのやめだやめ。
「あっ、竜太郎。いいプレイだったよ。この調子でじゃんじゃん守ってくれ」
「はい。もちろんです」
ハーフタイムも終わり、後半が始まった。
ボールは敵チームから。
もやもやを払うように走って、ボールを奪う。自分で持ち込める。パスを要求する声を無視して一気に攻める。
相手も俺が直接来ると思ってなかったのか、警戒が薄い。あっという間に二人抜いて、キーパーと一対一。
柄にもなく大声出しながら蹴る。
ボールは右上端の際どいところへ飛ぶが、ギリギリで弾かれる。
「おっしいー!」
観客やチームメイトはドンマイドンマイと手を叩く。
敵は焦ったように集まって、俺をちらちら見ながら作戦会議している。
けどそのどれも気にならなかった。
敵でも味方でもない。ただの幼馴染の言葉に対抗心を燃やして、息も気にせずプレイした。走り続けた。
俺をバカにしたこと、絶対に謝らせてやる。見返してやる。
プレイして、走って、走って。
そうして限界が来て、一瞬足がもつれた瞬間。
「危ない!」
敵の蹴ったボールがこめかみに激突した。
グラウンドの上に勢いよく倒れて、俺はそのまま意識を失った。
目が覚めたのは、試合が終わってしばらくした頃だったらしい。
俺は保健室で寝ていて、キャプテンとチームの同級生が横に座っていた。
「竜太郎! よかった目が覚めたのか」
「お、俺は……」
「軽い脳震盪だってさ」
「あ、そうっすか。試合は?」
「おかげさまで勝てたよ。前半のお前の守りと、後半の攻めのおかげでな。……なのに、悪かった。竜太郎はあくまで助っ人なんだ。それを倒れさせるなんて俺の意識が甘かった」
「いやいや。たまたまボールが当たっちゃっただけで、先輩は悪くないですって」
「いや、それでも……悪い」
「俺の方こそ迷惑かけちゃって。こんな時間まで拘束してしちまったし。打ち上げあるんでしょ? 俺はいいからそっち行ってください」
「あ、ああ……、そうだな。これ以上は俺達にできることもない、よな」
「そうです。大丈夫です」
「じゃあ、このお詫びは今度必ずするから。また……」
キャプテン達は、最後まで頭をぺこぺこ下げながら保健室を出て行った。
その後すぐ、息つく暇もなく扉が開いた。
「リュウ君! 無事?」
「遥! なんで?」
遥は俺を見ると、勢いよく抱きついてきた。
「やっぱり気付いてなかったか。私後半から観戦してたんだよ?」
「あ、そう。なんか悪いな。せっかく来てもらったのに」
「リュウ君が謝ることじゃないよ」
「そうだな……。えっと、絵梨奈見てない?」
こうして倒れて、目が覚めて、ようやく冷静になった。
せっかくいい流れだったのに、さっきの喧嘩のせいで全部おじゃんだ。早く会って、謝りたい。
「えーちゃん? ここで? 来るわけないじゃん。あ、でも最近は喧嘩してないか……」
「ああ、そっか……」
やっぱり、帰っちまったよなあ。
帰れって言ったのは俺だしなあ……。
「ああでもそういえば、リュウ君が倒れる前なら見たよ」
「えっ?」
「私が学校に向かってる途中にね。なんか他校の男子と……あれ? もしかしてえーちゃん今日来てたの?」
「いや、まあ……」
「そっか、どおりで」
絵梨奈は合点がいったとばかりに何度も頷く。
「おい、何かあったのか?」
「ん? 知らないの?」
「何が?」
「いやだからさ。私が学校に行ってる途中に見たんだよ。えーちゃんと他校の男子が一緒に歩いてくの。随分仲良さそうな雰囲気だったよ」
「は……?」
「その男の人、そういえば対戦相手のユニフォーム着てたなあって思って。彼氏かな? よくわかんないけど、今日はその子の応援に来てたんだろうって思ったんだけど、違うの……?」
「いや、多分、あってる……」
「だよねだよね! これはニュースだよ。どんな告白も断り続けてたえーちゃんに春到来!」
今日応援に来てたのは、そいつのため。
機嫌が悪かったのは、俺がことごとく敵のシュートチャンスを潰したから? いや、真面目なあいつのことだ。チャンスを潰したことよりも、潰したくせに手を抜いていた俺に腹を立てたから。そいつへの侮辱だと思ったんだ。
何だよ、それ……。なんなんだよ。
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