第5話

「よし!やるぞ!」


 寮の前までやってきた俺は、頬をパチンと叩いて気合を入れ直した。


「じゃあ入ろうか」


 部屋の窓からではなく、今度は正面から扉を開いて中に入る。


「ただいま!」


 そして元気よく宣言した。


「え?」


 すると、目の前の管理人室から寮母さんの驚きの声が聞こえてきた。そりゃあ今は授業中だしね。


「ええええ!?!?!?」


 そして入ってきた人が何者かを確認しようとして寮母さんが窓越しにこちらを見た瞬間、再び驚きの声を上げ、今度はひっくり返った。


「大丈夫ですか!?」


 倒れ方が危なかったので、俺は荷物を置いて慌てて管理人室に向かう。


「いてて……」


 しかし、寮母さんは頭をさすって痛そうにするだけで大した怪我は無さそうだった。


「久しぶりです、寮母さん」


 俺は再び驚かせないように、出来る限り優しい声で挨拶をした。


「飛鳥、あんた帰ったんじゃなかったのかい?」


「そうですね、でも戻ってきちゃいました」


「何かあったようだね。出ていく前は表情が死んでいたけど、今は生命力に溢れてる」


「そんなに死んでました?」


 極力いつも通りに振る舞っていたつもりだったんだけど。


「死んでたどころじゃないよ。もはや死臭が漂っていたレベルだよ」


「そんなにですか……」


 思っていた以上にバレていたのか……


 でも言われてみれば『ポーカーフェイス』みたいな感じのスキルは一切出ていなかったな。確かに納得。


「まあ今が大丈夫なんだからもう過ぎた話さ。部屋に関してはそのまま残してあるから、普通に使って問題ないよ」


「ありがとうございます」


「頑張るんだよ」


「はい」


 そのまま俺は自室に戻り、荷物を机の上に置いた。


「これからどうしよっか」


 今すぐにでも学校に向かい、設備を借りて何かしらのスキルを獲得しに行きたい所なんだけど、今は授業中なんだよね。流石に怒られそう。


「部屋で出来る事をやろうか。一階だし、寮母さん以外誰も居ないから割と何やってもいいでしょ」


 何か無いか部屋を散策してみる。


「これだ」


 俺が目を付けたのは風呂の椅子。


 部屋まで椅子を持ってきて、周囲に何も無い所に設置した。


 そして俺はその上に立ち、そのまま降りる。


 そう、今からやるのは踏み台昇降である。多分スキルあるでしょ。


「とりあえず無心でひたすらやっていこう」


 正確なやり方は知らないけど、多分合っていると思う。それに間違ってたらそれはそれで別のスキルになるかもしれないしね。


 と始めてから10秒も経たないうちに、


『踏み台昇降の回数が100回を突破しました。よってスキル【バスチェア踏み台昇降[初級]】が取得可能になります』


 というスキルが取れたので迷わず取得。ってかこれって使う道具の種類別なんですね。


 ってことは別の物でも行けるよねってことで机とベッドも10回こなしてスキルを手に入れておいた。


 机の方は壊れそうで怖いから後でちゃんとした物を用意することにして、再びバスチェアで踏み台昇降を始めた。


 すると3分後に中級を獲得し、30分後に上級を獲得した。このペースだと、短く見積もっても最上級は200分くらいかかるのでベッドに変更。同じく上級を獲得した。


 それから枕を100回程投げて『枕投げ』の上級までを獲得したタイミングで部屋の外から声が聞こえてきた。授業が終わったらしい。


「よし、行こう」


 俺は急いで部屋を出て、そのまま学校に向かおうとしたら、


「あっ、落ちこぼれさんじゃないですか。才能が無いからってのこのこ孤児院に帰ったんじゃなかったっけ?」


 と声を掛けられると共に道を塞がれた。


 クラスメイトの千堂雷斗だ。


 今まではどう頑張っても強くなれない焦りと劣等感で毎回暗い気持ちにさせられていたけど、光明が見え、今すぐにやらなければならない事がある今は単に道を塞がれて邪魔だという感情しか湧いてこなかった。


「通してくれない?」


 というわけで面倒な言い争いを避けるべく、そのまま素通りしようとした。


「いやいやいや、何で俺たちがお前ごときに道を開けないといけないの?」


 すると、別の一人が馬鹿にした表情で道を塞いできた。


「いや、別に邪魔しなければお互い普通に通れるでしょ」


 道を塞いでいるのは5人だけど、通路は5人が横並びになっても後一人通れる位には余裕があった。それなのに両手を広げて俺が通るのを阻止しているという形だ。


「いやいやいや、落ちこぼれが俺たちの隣を通れると思っているんだよ。普通道を開けて俺たちが見えなくなるまで頭を下げるのが礼儀だろうが!」


 突然また別の一人がキレて、俺の頭を掴んで地面に付けさせようとしてきた。


 俺が一般人レベルの強さしかないと思っているので、死なない程度に力を抜いてはいるようだが、それでも逆らえないくらいには力強かった。


「うぐっ!」


「ゴミはゴミ箱で一生惨めに過ごしていろよ!」


「諦めたんなら帰ってくるなよ害虫が!」


「居るだけで気分が悪いんだよ!」


 俺に対して強い罵倒の言葉を向けながら、殴る蹴るなどの暴行を叩きこんできた。


 スキルのお陰で大分強くなっているとはいえ、かなり痛い。


 そもそも何で今日に限ってこんなことをしてくるんだ……?


 いつもならただ嫌味や暴言を吐いてきて終わりなのに。


 いくらこちらの事を見下してきたとしても、問題になるからって理由で直接的な暴力を振るってくることは無かった。


 何か嫌な事でもあったのか、それともいなくなる相手だから何やっても構わないとでも思っているのか。あるいは両方か。


 とにかく耐え続ける以外に方法は無さそうだ。


 1人居なくなっているので、寮母からの助けも望めないだろう。そして他の寮生からの助けも当然見込めるわけが……


「おい、何やってんだ!!!」


 なんてことを思っていたら、聞き覚えのある男の声が遠くから聞こえてきた。

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