『光』『蜘蛛』『役に立たない枝』
熾火灯
『光』『蜘蛛』『役に立たない枝』
両目の激痛で目が醒めた。
悲鳴は呻き声となり、嗚咽混じりに消える。
ここはどこだ。最後の記憶を引っ張り出して、自分が誰かに襲われたことを思い出す。
他人事のように思っていた連続殺人のニュース記事が浮かんで、ぞわと鳥肌が立った。
心拍数が上がるのに反して、心はだんだんと冷えていった。痛みで混乱していた頭が冷静さを取り戻す。
眼の奥をじりじりと焼くような痛みは一向にひかない。けれど、瞼を開けることが叶うくらいには、痛みに慣れてきた。
瞼を開けても差し込む光はなく、辺りに光源らしきものもない。薬品じみた刺激臭、木々の葉擦れの音。そして、両手首に強く食い込む縄の荒い感触。両目の痛み。それが全てだった。
監禁されているらしい。
ジタバタと身体を動かして、床の上を這い回る。足を欠損した蜘蛛のように、ぐるぐると。
なんとか体勢を整える。立ち上がって、壁に身体をもたれつつ、擦るように進む。四方の壁には何もない。肌に触れるコンクリート壁の感触が、ひやりとした鉄製のものに変わる。扉だ。
抜け出せる、と希望を持った。縛られたまま、後ろ手に取手を探る。暗順応もクソもない。しかし、外なら──。
私の視力が奪われていたことに気付いたのは、扉を開けてすぐだった。
ジリと肌を焼く日差しの暖かさ。じんと痛む眼球の奥。瞼を開けても暗黒の視界。これじゃ、脱出したって幸いとは限らない。
頬を伝う雫が涙か血か、それすらも今の私には分からない。
ざり、と。小屋の方から足音がした。
同時に直感する。避けがたい死がすぐそばまで迫っているのだと。
その場に尻餅をついてへたりこむ。尻の下で乾いた音がした。枝か何か──。
ざり、ざりと、死が近づいてくる。
役に立たない枝を掴む。どうせ死ぬなら、せいぜい暴れてやろう。手傷の一つでも負わせてやろう。
ざり、ざり。
枝をぐっと握りしめる。思い切り体重を込めれば、刺し傷くらいは作れるだろう。自分の中にも凶暴性が潜んでいたのだと知って、笑いが零れた。
ざり。と、私から二歩ほどの距離で足音が止まる。
何故、コイツは私をすぐに殺さなかったのか。スキならいくらでもあっただろうに。
小屋? から飛び出た私を後から追うまでもなく。鍵だって閉めていれば……。
鈍い私でも流石に気づいた。最悪だ。
コイツはずっと見ていたのだ。私が必死こいて足掻くのを。一縷の望みを抱いて扉を開き、視覚が失われたことに絶望する瞬間を。
──ああ、なんて間抜け。
足音とともに、首元に何かが触れる。どうでもいい。痛みも、首から滴る血液も、くらと重くなる頭も、何もかも。
相変わらずの暗黒を映す視界が、最後に歪んだ口元を映す。妄想か幻視か、死にゆく私には無価値な問だ。
けれど、その口元は笑っている。
そうだろう。最初からここは蜘蛛の巣だ。私は捕食者の前で藻掻く羽虫に過ぎなかったのだから。
『光』『蜘蛛』『役に立たない枝』 熾火灯 @tomoshi_okibi
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