第19話

 週が明けて。

 教室に入ると、むわっとした熱風が体を包み込む。

 下敷きやうちわ、ここ数年で一般化した携帯扇風機を自分に向けて涼をとるクラスメイト達が目に映った。

 ワイシャツのボタンを開け、氷がカラコロとなるボトルを傾け、女子の一部はスカートを振って風を入れている。

開けっぴろげなそのしぐさからは、色気もクソもない。やっぱり女の子はおしとやかなのが最高だ。

 都会のコンクリートで熱せられた空気に比べればまだマシとはいえ、この宮若町も初夏ともなれば十分に暑い。

 でもこの暑さは嫌いじゃない。近頃の高校にしては珍しく木造の古めかしい校舎。窓を開けると気まぐれに肌を撫でる涼やかな風や、夕立の前後のひやりとする風を感じられる。

「あ~」

 冷房が欲しいという声に比べれば少数派だけど。風が吹くと両手を広げて思いっきり浴びようとする人や、目をつぶって堪能する人もいる。

 冷房は体調を崩すという声も聞くし、逆に少数派だけど苦手という人たちもいるだろう。

 少数派の意見は多数派につぶされるけれど。

「それでね、」

 想い人の声で僕の思考は中断される。

「昨日のドラマ見た?」

「見た見た、菊池健、イケメンでめっちゃいいよね」

 隣のクラスの子だろうか、いつもと違ったメンバーを話している祇園さんを見つけた。

 隣といってもこんな田舎の学園ではクラスが少なく、二年生は二クラスしかない。

 昔は生徒数も多かったそうだけど、過疎化と少子化で入学者数はだいぶ減った。

 祇園さんは相変わらず社交的だ。常に笑顔を絶やさず、誰にでも愛想がいい。相手の話に熱が入っているときは聞き上手に徹して、相手を不快にさせることがない。

 でも、いつも無理してる。

 ずっと彼女のことを気にして。同じ班になって、色々と議論を重ねて。まだかみ合わないけれど、好きな本の話しもして。

 彼女の口調や仕草から、より深く感情を感じ取れるようになった気がする。

「菊池健、確かにいいよね、わかる~」

 まただ。ほんのわずかで周囲のギャルには気づかれてないけれど、戸惑いやためらいがある。

 わかるといいながら、本当のところは全然わかっても共感してもいないのだろう。

 どうしてあそこまでして、友達なんかと付き合うのだろう。



 夜の自室。森の木々をざわめかせ、湿った土のにおいと田んぼの清涼な香りを風が運ぶ。僕は蛍光灯をすべて消し、冷房はおろか扇風機すらつけずに過ごしていた。

 室内には机上のライトスタンドとスマホしか明かりがない。でも、本を読むだけならこれで十分だ。

 お金は大事だし、無駄遣いはよくない。

 机の上には図書館で借りてきた小野不由美先生の著作と、ネット小説を表示したスマホ。

 僕はあらためて、祇園さんの好きな小説と向かい合っていた。

 祇園さんが好む本のジャンルは、女性が書いた大衆小説や女子向けのティーンズノベル。

 近頃は特に、悪役令嬢ものを好むらしい。フランス革命が好きで、そのつながりで読み始めたという。

僕はジャンルくらいは聞いたことがあるけど、詳しくは知らない。

 とりあえず無料の小説サイトで、ランキング上位に入っているものを片端から読んでいく。

 まず文章を流し読みして。文体や作品全体から感じる雰囲気が肌に合うものから読み込んでいく。

 気が付くと、スマホのバッテリーがなくなりかけていた。時計を見ると読み始めてから二時間以上が経過し、日付もとうに変わっている。

 コミカライズしたものも、ニコニコ静画であるのでそちらにも目を通す。漫画と小説を一緒に読むと、頭に入りやすい。

 祇園さんからお勧めされたものもいくつかコミカライズされていて。一緒に読み進めていくと、面白さがわかってきた。

 悪役令嬢ものも基本はラノベと似ている。

 ざまあ展開もあれば、現代知識を生かしたチートもある。バトルは少ないけれど、日常系と思えばさほど気にならなくなる。

 面白さに気が付くと、のめりこむのはあっという間だった。

 お勧めの小野不由美先生の小説も改めて読み返した。

女性が作者のせいか、挿絵が少なめで文章が固いせいか、初めは抵抗感があったけど。徐々に面白くなっていって、最後まで読むとラノベっぽいなと感じた。

 一気に読むのは頭が疲れて大変だったが、一週間で前後巻を二度読んでしまった。ラノベより文章量が多く、伏線も複雑で頭に入ってきにくいところはあったけれど。

 主人公が同年代の男子でなく女子だったり、小さな子供だったり、大人だったりする。

 だけど抱えている悩みはみんな同じ。今の自分が嫌いで、なんとかしたくて、でもどうにもならないことばかり。

 そんな中でも必死にあがいているうちに自分が特別な存在と気づいていく。

 ラノベのエンターテインメント性と、純文学の重厚さを併せ持った傑作だと思った。

 そこまで考えが至り、ふと閃いて気がつく。

 祇園さんだってこんな重厚な本を楽しんで、詳しくなるには大分時間をかけただろう。

 それを早く仲良くなりたいと焦って、話を合わせようとしたのが無理だったのかもしれない。

 そう思いながら通学鞄をちらりと見た。

 鞄の中身には古賀のアドバイス通りに入れた、とあるものが入っている。


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