第13話 不登校

 古賀に静音ちゃんの発作を見られた。

 愛佳ちゃんは知っていたようだが、古賀は初めてだったらしい。進んで話すことでもないけど、こうなった以上知ってもらった方がいいだろう。

 僕から話そうか、そういったけど静音ちゃんは目元を赤くはらしたまま首を横に振った。

 場の雰囲気が落ち着いたころ、静音ちゃんはぽつり、ぽつりと話し始める。

「私、不登校なんです」

 トランプをしまい、みんなが輪になって座る。

 普通の人間ならこういう時は表情を取り繕っても、トラブルに巻き込まれて嫌そうな感じがにじみ出る。

 だけどこの場にはそんな人はおらず、静音ちゃんのつぶやきに真剣に耳を傾ける。

「この頃はがんばって、週二、三回は学校に行ってるんですけど。でも行くのはきつくて、通った後はぐったりして」

「でも全然学校に行ってなかった時でも、愛佳ちゃんだけは仲良くしてくれました。プリント届けたりとか、してくれて。そのうちに家に上がって、話もするようになって」

「静音ちゃん面白かったしね! すっごく記憶力よくて、聞いてると楽しかったし」

 愛佳ちゃんにとっては何気ない言葉なのだろう。でも静音ちゃんの表情はほころび、軽く涙ぐむ。

「でも時々泣き叫んじゃうだけで仲間外れにされてるの、なんかいやな感じがした」

 愛佳ちゃんは手元にあったコップを取り、乱暴な手つきですすった。

 ガラガラという氷の入った飲み物をすする音が部屋に反響する。

「愛佳ちゃんと一緒なら学校に行けるって、少しずつ思えてきたんです。ある日勇気を出して、愛佳ちゃんに頼み込んで、一緒に登校してもらいました」

「でも愛佳ちゃんが仲間外れにならないか、すぐに怖くなりました。実際、愛佳ちゃん私と仲良くしてるせいで悪く言われたりして」

「そんなこと気にしないでいいんだよー。バカっていうやつがバカなんだよ!」

 くりくりした目を細めて、顔いっぱいに笑顔を浮かべて愛佳ちゃんは言う。

 明るい調子だからこそ、虚勢を張っているのが嫌というほど伝わってくる。

この年でここまで場の空気に気遣えることが逆に痛々しかった。

「だから、愛佳ちゃんにだけは悪いことしちゃいけないんです、それなのに……」

「気にしすぎだろ」

 静音ちゃんの声が途絶えたところで、古賀がそう言う。

「迷惑くらいかけたっていい。それがダチってもんだろ ……なあ西戸崎」

 静音ちゃんが身をすくませた。視線をそらし、体操すわりした膝の間に顔をうずめてしまう。反応が意外だったのか、古賀の言葉が珍しくしりすぼみになった。

 古賀が僕にも視線を向けたけど、さすがに面と向かって違うとは言えないから空気だけで否定した。

 言葉が響かないことに戸惑ったのか。相手の反応に、さすがに苛立ったのか。古賀の表情が険しくなる。

 古賀はやっぱり陽キャだな、と軽くむかついた。

その言葉は友達に恵まれた人間だから言えるセリフなんだよ。

 支えて支えられて、喧嘩して仲直りしてがごく当たり前だからの発想だよ。

 僕や静音ちゃんは、話せる相手が一人でもいることが奇跡だった。

そんな陰キャやコミュ障にとっては、人を傷つけるとか、怒らせることがすごく怖い。

一度怒らせて取り返しのつかないことになった経験が少なからずある。

 だから対人関係では友達を作らなくなったり、人の顔色をうかがってびくびくと震えるようになる。

「いいんだよ、静音ちゃん」

 今度は僕が言葉を紡いだ。

「迷惑かけて泣いたっていい。それは君がとびぬけて優しいからだよ。受け入れてくれる人がいるんだから、それでいい」

 そうやって、いつも通り静音ちゃんの背中を撫でていく。

 小学生だけど徐々に肉付きし始めた背中。ブラの紐をひっかけないよう、手つきを慎重にする。

「ありがとう、先生」

 目元を赤くしながらも、笑顔で僕を見上げる静音ちゃん。

「それと、愛佳ちゃんのお兄さん。ごめんなさい」

 正座して深々と頭を下げる彼女に、古賀も毒気を抜かれたらしく表情がすっかり落ち着いた。

 麦茶を片付けて、今度はみんなでババ抜きをする。

 それから古賀を注意深く観察する。

 口でなんと言おうとも、口だけでやさしいことを言って心の中で見下している人はいる。

 でも彼の目は汚いものを見るような目じゃない。

 ア〇ペガイ〇ジとか平然と言う人の雰囲気じゃない。

 穏やかな時間が、僕と静音ちゃんがおいとまするまで流れていった。

「またね~」

「西戸崎も、愛佳の友達も、またな。今日はいろいろあったけど、今度は楽しくやろうぜ」

 静音ちゃんのことは心配だけど。

 今はこれでいい。友達が増えて、安心して過ごせる時間が増えれば自然と落ち着く。

 僕がそうだったから、よくわかる。

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