第12話 ギフテッド

「おい、嘘だろ」

 開始五分で古賀が呆然と呟いた。

 それもそのはず、カードのほとんどが静音ちゃんの手元にあるのだ。

「静音ちゃん、すっごく記憶力いいんだよ!」

愛佳ちゃんはくりくりした目を細め、まるで自分が勝ったかのように喜んだ。

 事実、静音ちゃんは一度めくられたカードをほとんど忘れることなく取っていった。

 序盤こそほとんど差がつかなかったものの、終盤になると四、五組は一気に取っていってしまう。

「……天才かよ」

 場に残ったカードがなくなったとき、わずか二組のカードしか持っていない古賀と、その十倍は持っている静音ちゃん。

 両側で結った髪を揺らしながら四十枚近くのカードを几帳面にそろえていた。

 兄の表情をドヤ顔で見つめながら、ゲームの親である愛佳ちゃんはカードを集め始める。

「お兄ちゃん、もう一回やる? それとも別のゲームでも……」

「このままで終われるか、もう一回だ」

 むきになった様子の古賀に、静音ちゃんはようやく表情を緩めた。その拍子に細い栗色の瞳が細まり、黒い糸のように見える。

 そこでちょっとしたアクシデントが起きた。愛佳ちゃんに自分のカードを渡そうとした静音ちゃんは、うっかりわきのコップに手をひっかけてこぼしてしまった。

じわりと、真新しいトランプにコーヒーのシミが広がっていく。

「あ……」

 普通ならごめん、と言って終わりだろう。汚れたといってもトランプだし、床はフローリングだから拭けばいいだけだ。

 でも静音ちゃんは。

 汚れたトランプと床を見て一瞬呆然とし、かすれたような呼吸音が喉の奥から聞こえた。

 ああ。「また」始まるな。

 僕は心の準備をし、次に起こることに備える。

「う、うわああぁぁ」

 栗色の瞳から涙をとめどなく流し、引きつったように大声で泣き叫ぶ。

 尋常でない泣き方に、古賀が軽くパニックに陥るほどだった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「コーヒーぐらい大丈夫だから、そんなに泣くなよ、」

 古賀がかるくたしなめるが、静音ちゃんは泣き止む気配がない。

 スカートのポケットからハンカチを取り出し、トランプを何度も何度もこすっている。

「愛佳ちゃんが、せっかく、」

 まるで強迫観念に突き動かされるようにトランプをぬぐい、愛佳ちゃんに泣きながら謝っている。

 締め切られたガラス越しにでも聞こえそうな大声で泣き続け、すでに顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 僕は腰を浮かせて、静音ちゃんに近づこうとする。だけど兄と違って落ち着いた様子の愛佳ちゃんは、泣き叫ぶ静音ちゃんにそっと触れる。

 静音ちゃんは一瞬だけ体を震わせるけど振り払わない。愛佳ちゃんは相手の反応を一つ一つ確認するようにしながら、そのままそっと抱きしめた。

「うっ、うっ、う」

 えずくような声はまだ喉の奥から漏れている。けれど、愛佳ちゃんはくりくりした瞳を細めてそっと静音ちゃんの背中を撫でていた。

「大丈夫だよ」

 その一言だけをシンプルに伝えながら、ただ彼女をあやしていく。

 やがて静音ちゃんが落ち着いてくると。

 また、やっちゃった。そんなふうに弱弱しくつぶやいた。



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